2015年11月18日水曜日

パリ同時多発テロ(2):原発テロの悪夢にうなされるフランス、自爆覚悟のテロは、防ぐのが難しい

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東洋経済オンライン 2015年11月18日 清谷 信一 :軍事ジャーナリスト
http://toyokeizai.net/articles/-/93096

フランスは原発テロの悪夢にうなされている
自爆覚悟のテロは、防ぐのが難しい


●フランス警察は原発周辺の警備も強化する必要がある(写真:REUTERS/Charles Platiau)

 11月13日夜、パリ市内及び郊外で大規模な多発テロが起こり、フランス政府は非常の高いレベルの警戒を行っている。
 筆者はパリに友人知人が多く、また11月17日から20日までは隔年で行われる隔年で行われる軍や法執行機関向けの軍事・セキュリティの見本市、「ミリポール」が開催され、これに参加する予定だった。

 これまで筆者は「ミリポール」にほぼ毎回参加してきたが、その場合は前週からパリに入り、11区の常宿に滞在するのが常だった。
 今回はテロとは別の諸処の事情で取材をキャンセルしたが、今回のテロは筆者にとっても他人事ではない。

■もっとも警戒するべきは原発テロ

 フランス政府が今後最も警戒すべきは原発に対するテロだ。
 原発に対するテロを受ければフランスは政治的、経済的、環境的にも極めて大きな打撃を受ける。

 週刊漫画ゴラクに連載中の悪徳警官が主人公のマンガ、「クロコーチ」では我が国でカルト宗教団体が原発テロを計画するというお話があったが、フランス国内では銃器だけではなく、RPG(携行型ロケット)や、重火器などの調達も比較的に可能であろう。
 またそれらの扱いに習熟しているフランスおよびその他の軍隊経験者のリクルートも容易だ。

 例えば、まず射程が数キロある60~81ミリ迫撃砲をトラックに積んで移動し、陣地変換をしながらアウトレンジで射撃する。
 警備部隊はパニックに陥るだろう。
 対迫撃砲レーダー程度は装備している可能性はあるが、装備しても対抗手段がない。

 その間にRPGやアサルトライフル、グレネードランチャー、あるいはSUVなどに機銃を搭載したテクニカルなどで武装突入部隊が自爆覚悟で突入すれば良い。
 指揮官は市販のドローンを使って指揮通信を行えばより効率的な指揮が可能である。

 またドローンを使って塩素ガスなど化学物質を散布すれば防御側にダメージを与えて、攻撃部隊を支援することもできる。
 それに突撃部隊は自爆覚悟であるので生還のための緻密な作戦も必要ない。

■1カ所の襲撃に必要な人数は少ない

 2~3カ所の発電所を同時に襲うにしても各原発の襲撃隊は後方支援を含めても1個小隊、即ち30人程度あればなんとかなるだろう。
 2個部隊で約60名、3カ所でも100名程度で可能である。

 よく知られているように、フランスは発電における原発依存率は約8割と非常に高い。
 これを攻撃されたら大きな被害をうけるフランスは農産物の輸出国である。
 ことにワインやチーズ、フォアグラなどの農産物加工品も高いブランド力を持っており、利益率も高い。

 放射能によって土壌が汚染されれば、これらの輸出は止まるだろう。
 仮に汚染のレベルが問題ないほどの低レベルでも風評被害を受けて、輸出はままならなくなる。
 これは農業国フランスにとって死活問題だ。
 更に漁業も同様の損害を被るだろう。
 東日本大震災の例を見ればそれは明白だ。

 それだけではない同様の問題はルイ・ヴィトンやエルメスなどの高級ブランドの革製品などにまで及ぶ可能性があり、フランスの輸出は大きく落ち込むだろう。

 当然ながら放射性物質が撒き散らされればフランスだけではなく、ドイツ、イタリア、英国、スペイン、オランダなどEU主要国を含む欧州中心部が放射能に汚染される。
 欧州が受ける経済的、社会的な打撃はチェルノブイリや東日本大震災の福島の事故よりも遥かに深刻なダメージを受けるだろう。

 原子炉に対する攻撃は成功しなくとも効果はある。
 原子力発電所が襲撃され、一定の被害を与えるだけでもテロリスト側には大きなメリットがある。
 原発がテロの対象になり、破壊されるおそれがあることをフランス国民及び欧州の市民に魅せつけるだけで、フランスや欧州の市民に大きな恐怖を与えることができる。

 襲撃された原発の被害がTVなどで報道されれば、多くの市民が恐怖を感じるだろう。
 そうすれば原発反対の世論が形成さる可能性は高い。
 またテロリスト側がドローンや突入部隊にビデオカメラを装備させて、実況放送を行うなり、動画を散布すれば更に効果は拡大するだろう。

 フランス政府が全ての原発を即座停止するとは思えないが、攻撃を受けた原発及び、防御が難しい原発を幾つか止めれば、電力の供給は不安定になる。
 フランスは原発で発電した電力をドイツに輸出しているが、これを止めて国内需要を優先して賄おうとすれば、ドイツとの外交問題にも発展するだろう。

■フランスの原子力政策も揺さ振られる

 テロを受けて、原発の停止や原発中止の発電を見直すことになればフランスの原子力政策は大きな見直しをせざるをえない。
 例えば発電を原子力から火力などの通常の発電所に切り替え、既存の原子炉を廃炉にするならば、建設費と燃料代に莫大な費用がかかる。

 太陽光発電などのいわゆる「持続可能な発電」を採用するならばコストは更に膨らむ。
 ただでさえ高いフランスでの工業生産コストは更に高いコストを強要されて国際競争力が減じるだろう。
 そうなれば、外国企業は撤退も加速し、失業問題は更に深刻になるだろう。
 むろん、フランスから電力を買っているドイツも影響を受け、電力政策の見直しを迫られるだろう。

 いずれにしてもフランスのみならず、EU諸国は深刻な打撃を受ける可能性がある。
 恐らくフランス政府も原発に対する警戒を強めてはいるだろうが、長期にわたって相応のサイズの警察、内務省に属する国家憲兵隊、軍隊の部隊を張り付けておくわけにはいかないし、張り付けておけば相応のコストもかかる。
 これを永続的に行うのは難しい。

 現状フランス政府がどれほどの防御を原発にほどこしているかは明らかではないが原発に、攻撃に対する抗堪性を上げるための工事やドイツのラインメタル社が提案している、防御システムなどの導入な必要だろうが、これまた原発のコスト増大に繋がる。
 また防御力を上げて、原子炉を守り切っても、先述のように攻撃を受けたという事実だけで世論が動く可能性は否定出来ない。

 フランス政府にとって原発防御は極めて頭の痛い問題だろう。



2015.11.20(金) Financial Times
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45316

ISISには経済を破壊する力はない
イスラム主義者のテロのロジックと限界
(2015年11月19日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 パリが攻撃を受けて数日経っても、テロリストの標的にされた店の名前がなかなか言えない。
 公共の施設――バタクラン劇場と国立競技場スタッド・ド・フランス――は覚えやすいが、パリ東部地区のカフェやバー――ル・カリヨン、コントワール・ボルテール、ラ・ベル・エキップ――は、それ自体象徴的な場所ではなかった。
 ただ人々が集うだけの場所だった。

 また、流血の惨事があったにもかかわらず、都市としての基本的な構造が物理的にひどい損傷を受けたわけでもない。
 確かに、窓ガラスが割れていたり、爆発の爪痕が残っていたりはするが、それを除けば、パリの姿は攻撃の前とほとんど変わらない。
 物理的なインフラや経済――フランスのエネルギー供給、通信、サプライチェーン――を停止させるという点では、イラク・シリアのイスラム国(ISIS)はわざわざ攻撃などしなくてもよかったくらいだ。

■アルカイダはフランチャイズ型、ISISはアウトソース型

 アルカイダの国境を越えた経営モデルは、グローバルなフランチャイズビジネスと比較される。
 半ば独立したいろいろな集団がアルカイダというブランドを掲げつつ、独自の攻撃計画を練って実行するからだ。

 パリの事件から判断するに、ISISはアウトソーシングの方を好んでいる。
 軍隊仕様の兵器のサプライチェーンを擁するところから爆破計画を外国で策定するところまで、この団体はまるで多国籍企業のようだ。
 「デザインはシリア、生産はベルギー」がISISのスローガンであってもおかしくない。

 しかし、できるだけ多くの人を死に至らしめようという考えに取り憑かれたイスラム主義者のテロリストが経済に及ぼすインパクトは、観光旅行業を別にすれば、最小限にとどまるのが普通だ。
 2001年9月11日のテロ攻撃は最初に900億ドルの損害をもたらしたものの、その後は長期的な影響をほとんど及ぼさなかった。
 2008年の世界金融危機や、世界のサプライチェーンが断たれた2011年の日本の大地震の方が打撃は大きかった。

 パリでは死者がかなりの数に上ったが、金銭面での影響は、2012年にドイツの化学工場で起きた爆発事故のそれにも及ばなかった。
 この事故では従業員が2人死亡し、自動車のブレーキ・燃料系統の部品に用いる樹脂の生産が止まって欧米の自動車メーカーへの部品供給が滞った。

 この理由だけでも、ISISとの戦争だとするフランソワ・オランド大統領の発言は見当違いだ。

 確かにISISは、制圧した地域内の石油産業を支配することによりシリアとイラクの領内で国家を築いた。
 しかし、国境を越えるISIS流のテロは戦争とは違う。

■ISISの攻撃が戦争ではない理由

 人を殺すのは恐ろしいことだが、それだけでは戦争とは言えない。
 1940年代にナチスがロンドン東部の港を爆撃したように、インフラを破壊したり、物資の供給に打撃を与えたりしなければならないのだ。

 財界の要人を主たる標的にすることが多かった左翼テロを1990年代半ばに凌駕したイスラム主義者のテロは、これをやらない。
 ISISの言うところの「グレーゾーン(カリフ制国家に囚われることを好まず、どこかほかの場所で自由を謳歌したいと考える何百万人もの人々のこと)」でテロを扇動することにより、文明の衝突を激化させようとする。

 「売春と悪の都を標的にする」ことについて冷酷な言葉遣いをする裏側で、ISISは現実をちゃんと理解している。
 フランス経済を破壊したいと思っているが、それほどの力は持っていないことを分かっているのだ。

 テキサス大学でテロの経済的影響を研究しているトッド・サンドラー教授が述べているように、
 「彼らは我々をとても怖がらせることはできるが、
 経済には大きな影響を与えないように思われる」。

 これは規模の問題でもある。
 テロ攻撃はそのほとんどが小規模で、影響が及ぶのは特定の地域に限られる。
 今回のパリのものでさえもそうだ。
 発生した時に近くにいなければ危険はない。
 またこれは、多角化した現代経済の復元力の反映でもある。
 確かに、電力や通信のインフラには急所がいくつか存在するが、その大半はしっかり守られている。
 テロリストの標的になりやすいものは、金銭的にはさほど重要ではないのだ。

 「個々の企業は困るかもしれないが、産業全体は非常に頑強だ」。
 マサチューセッツ工科大学(MIT)のヨッシー・シェフィー教授はこう話す。
 テロが長期的なダメージをもたらすためには、継続的に実行し、的を絞り、かつ小さな地域に狙いを定める必要がある。

 スペインのバスク地方では、分離主義者の20年に及ぶ活動によって経済全体の産出額が10%押し下げられたと推計されている。
 この活動はイスラム主義者のテロとは異なり、大半が産業施設を狙ったものだった。

 一部の国が示唆しているように出入国管理を再開し、ヒオとモノの自由な移動を認めるシェンゲン協定を骨抜きにするという対応を各国政府が取れば、今回のパリへの攻撃はフランスやほかの欧州諸国の経済を減速させるかもしれない。
 シティグループのエコノミストらは今週、「グローバル化の柱の1つに対する反発が強まっている」と警告を発した。

 ISISはこれを自分たちの宗教的な攻撃の経済的副作用として歓迎するだろうが、それも既定事実ではない。
 ニューヨークの世界貿易センターに対するテロ攻撃や2004年のマドリード列車爆破テロといった攻撃は、国際貿易の伸びを鈍らせなかった。
 貿易の伸びの減退――1987年から2007年にかけての伸びが平均7.1%だったのに対し、2013年には3%に低下した――には、ほかに原因があった。

 国際通貨基金(IMF)のある研究によれば、最も重要な要因は、米国と欧州から中国、アジアへの生産アウトソーシングが長期にわたって成長した後、サプライチェーンの細分化と工業部品の「行き来」が安定したことだ。
 グローバル化が休止したのは、
 テロや貿易保護主義のせいではなく、それが限界に達したからだ。

■テロのロジックと限界

 テロリズムには独自のロジックがある。
 テロは、それがもたらす危険をはるかに超えた恐怖を助長する。
 人員採用のためのマーケティングキャンペーンでもある。
 テロは、その立案者が望むことをやる。
 だが、地震などの自然事象や産業と貿易の盛衰と比べると、大規模な攻撃でさえ経済的には大したことではない。

 残虐な行為に直面した時に心に留めておくのは難しいが、それが現実だ。
 多くのパリ市民が倒れたが、パリは立っている。

By John Gapper
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現代ビジネス 2015年11月20日(金) 川口マーン惠美
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46460

EUを覆う「恐怖」と「不安」
〜テロリストの目的は達成された
【現地レポート】もうどこにも逃げ場がない……

■心に残るザラザラとした小さな破片

 2ヵ月半ぶりにドイツへ戻ったら、そこは春のようだった。
 11月は普通なら暗くて寒い。
 霧も多い。
 一年で一番嫌いな月が11月だというドイツ人は少なくない。

 ところがその11月のシュトゥットガルトが、私が戻ってきて以来10日間、ほぼ毎日快晴なのだ。
 しかも信じられないほど暖かく、木にはまだ色づいた葉っぱがくっついている。
 春だと勘違いして土から何やら芽が吹き出し、蜂も飛ぶ。
 買い物がてらに街を巡回してみたら、なんと、屋外のカフェが繁盛していた。
 皆が、これが最後のチャンスとばかりに、陽の光に顔を向けて座っている。
 広場には大道芸人はいる、ストリート・ミュージシャンはいる、その横を、アイスクリームを舐めながらブラブラと歩いて行く人がいる。
 当然、道行く人々の服装もめちゃくちゃで、ダウンのコートを着ている人がいるかと思うと、Tシャツ1枚だったり……。
 まさに異常気象による倒錯的光景だ。
 薄手のセーターの上にウールのコートを羽織って出かけた私は、すっかり汗だくになってしまった。

 しかし、この平和な光景は、100パーセント真実ではない。
 あの夜以来、あの、パリでテロがあった夜以来、誰の心の中にも、何とも説明できない不快なものが、ザラザラとした小さな破片のような感じで残っている。
 どこへいっても、それは大気の中にどんよりと漂っており、消えることがない。

■こんな不思議なパリの光景を見たことはない

 あの日、私はめずらしくサッカーを見ていた。
 パリで行われた独仏親善試合のTV中継だ。
 突然、ドカーンというものすごい爆発音がした。
 アナウンサーが「何でしょうね……」と訝(いぶか)しがった。
 このとき、スタジアムのVIP席には、フランスのオランド大統領とドイツのシュタインマイアー外相が仲良く並んで座っていた。

 しかし爆発音の後まもなく、SPからの報せでオランド大統領は退席、裏で非常事態についての対策を協議し、そのあいだシュタインマイアー外相は、観客がパニックに陥らぬよう、何食わぬ顔で観戦を続けるよう頼まれたという。
 まだこの時点では、スタジアムの観客はもちろん、中継を見ていた私たちも、フランスの戦後史上最大のテロがパリを襲い始めているとは夢にも思わなかった。

 しかし、サッカーが終わると、状況は一変した。
 街にはすでに非常事態宣言が出ており、地下鉄は動いていなかった。スタジアムのゲート2ヵ所が閉じられたため、8万人の観客は突然、不安になった。
 どうやって家に帰れば良いのかわからなかったのだ。

 このテロの衝撃は甚大だった。
 翌日も、その翌日も、一日中、臨時ニュースが流れ続けた。
 非常事態宣言は解かれず、週末だというのに、美術館もエッフェル塔もすべてが閉まったままだった。
 シャンゼリゼは空っぽで、人っ子一人見当たらなかった。
 こんな不思議なパリの光景を、おそらく今まで誰も目にしたことはなかっただろう。
 このテロにより、EU市民の心には次第に、「もう逃げようがないのだ」という絶望的な気持ちが広がっていったように思う。
 エリゼ宮やド・ゴール空港ではなくコンサートホールやカフェが、そして、政府高官ではなく一般の若者たちが犠牲になった。
 しかも、週末の夜、皆が、ごく普通に楽しんでいるところをやられたのだ。
 これからのテロは、用心したくてもできない。
 おりしも13日の金曜日。
 すべてが申し合わせたように象徴的だった。

■テロリストたちの目的は完全に達成された

 多くのドイツ人は、独仏の親善試合が狙われたことを気に病み、次はベルリンかと戦慄した。
 いずれにしても、パリに、当たり前のようにカラシニコフが何丁も存在したということは、EUの治安は保たれていないのだ。
 モヤモヤとした気味の悪さは拭い去ることができなかった。

 17日、今度はドイツのハノーヴァーで、ドイツ対オランダのサッカー試合が予定されていた。
 「テロに屈してはいけない!」、
 「勝ち負けではなく、我々の団結を示すためにも試合は行う!」
というのが、ドイツサッカー協会の強い意思だった。
 試合前の国歌の演奏は、オランダとドイツのそれではなく、フランスへの友情を示すため、「ラ・マルセイエーズ」に切り替えられることになった。
 こうなると、すでに普通の試合ではなかった。メ
 ルケル首相、ガブリエル副首相、デ・メジエール内相、マース法相が観戦することも決まっていた。

 その夜、7時のニュースでは、会場で着々とその準備が進んでいる様子が映し出されていた。
 試合開始は8時半だ。
 ところが、8時のニュースをつけると、すでに臨時ニュースで騒然としていた。
 7時15分に突然、試合中止が決定されたというのだ。
 具体的なテロの危険があるという。
 会場の周りをもの凄い数のパトカーが囲み、スピーカーからは、「観客は"一刻も早く"スタジアムを離れ、できれば帰宅して家で過ごすように」という放送が暗い夜空に響いていた。
 テロリストたちの目的が、人々を不安に陥れることだったとしたなら、それは完全に成功したと言えるだろう。

 一方、「テロには屈しない」という試みも多くのところでなされている。
 シュトゥットガルトのフランスの総領事館へ行ってみたら、玄関のところにたくさんの花束と蝋燭が並んでいた。
 手紙も添えてあった。
 地面に画用紙を広げて絵を描いている人もいた。
 犠牲者の遺族と悲しみを共にするために、あるいは、テロリストへの怒りに駆られて、皆、足を運ばずにはいられなかったのだろう。

 ドイツでは、ここ数ヵ月、難民政策が非常に混乱している。
 難民は、今年だけで100万人以上がやってくると予想されており、シリア難民を無制限に入れようとするメルケル首相と、制限を設けて秩序立った受け入れに変えていかなければ大変なことになるという人たちが、与党内で激しく対立している。
 もちろん、難民の中にイスラム過激派が混じり込む危険は、前々から指摘されていた。

 しかし、パリのテロの後、彼らはこれを争点にすることを一時中止している。
 難民はテロから逃れて来た人たちであり、テロリストではないという解釈を、超党で前面に出しているのだ。
 「テロリストはすでにEUの国籍を持っており、EUのパスポートで、シリアでもどこでも自由に出たり入ったりしている。
 いまさら難民を装う必要はない」
という見解は、おそらく真実だ。
 フランスでマークされているイスラム過激派は3000人、ドイツでは2000人と言われている。

 ツイッターでは「#PrayForParis」というハッシュタグで、事件後3日間に650万の書き込みがあったという。
 しかし、興味深いことに、イスラム過激派の襲撃を1月に受けたシャルリ・エブド紙のカリカチュア画家が、それに異議を挟んだ。そこにはこう書かれていた。


●https://www.instagram.com/p/-C-NNrHZXh/

 「全世界の友人たちよ、#PrayforParis をありがとう。
 でも、もう宗教は要りません!
 私たちの信じるものは音楽です!
 キスです!
 ライフです!
 シャンパンと、そして喜びです!
 #ParisisaboutLife」

 確かにこちらの方がよいのかもしれない。

 宗教を信じている人たちを傷つけず、侮辱せず、一つの社会で仲良く暮らすことは簡単ではない。
 しかし、よく考えてみると、我々日本人こそ、それが結構得意な国民のような気がするのだが、違うだろうか?
 フランスのオランド大統領は、テロの2日後から、激しい勢いでシリアのIS拠点を空爆し始めた。
 EU市民がテロの恐怖から解放される日は遠い。



現代ビジネス 2015年11月20日(金) 長谷川 幸洋
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46454

世界はなぜ「暴力の時代」に逆戻りしたのか? 
ターニングポイントは中・露の「無法行為」だった!
「話せば分かる」はもう通じない

■なぜ「暴力の時代」に逆戻りしたのか

 パリが同時多発テロに襲われた。

 私は1月のシャルリーエブド襲撃事件の後、2月20日公開コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/premium01/42185)
で「世界は『テロと戦争の時代』にモードチェンジしたのではないか」と疑問形で書いたが、残念ながら、それは正しかったようだ。
 オランド仏大統領は「フランスは戦争状態にある」と言明した。
 事件の詳細はテレビや新聞が連日報じているから、ここでは長期的な視点から事件を考えてみる。
 世界はどのようにして、テロと戦争の時代に逆戻りしてしまったのか。

 1945年の第2次大戦終結後、世界を揺るがすような大規模テロはしばらく起きなかった。
 その代わり、米国と旧ソ連が東西両陣営に分かれて冷戦を戦った。
 冷戦はどんな戦いだったか。
 若い読者にはなじみがないだろうから、簡単にふりかえろう。
 冷戦は米ソ両国がそれぞれ自前の核兵器を手にしたうえで、集団的自衛権に基づいて仲間の国と同盟関係を作って相手に対峙した戦いである。
 米欧の西側が結成したのは北大西洋条約機構(NATO)、ソ連の東側はワルシャワ条約機構(WTO)だ。
 集団的自衛権というと、日本では「戦争につながる」などとトンチンカンな議論が横行したが、そもそもは他国に攻撃されないよう仲間を作る権利だ。
 「仲間に手を出せば全員で報復するぞ」と牽制したのである。

 日本はNATOに加わらなかったが、米国と安全保障条約を結んだ。
 だから西側の一員だ。そ
 んな世界の安保枠組みができた結果、どうなったか。
 朝鮮やベトナム、アフガニスタン、アンゴラ、ソマリアなど各地で局地的な戦争や内戦は起きたが、米ソの大国同士が直接、激突して火花を散らす大戦争は起きなかった。
 熱い戦い(ホット・ウォー)の代わりに、冷たいにらみ合いが続いたから冷戦(コールド・ウォー)と呼ぶ。

 46年から始まった冷戦が終結したのは、半世紀近く経った89年である。
 だから、冷戦期は逆説的に「長い平和」の時代ともいわれている。
 冷戦期を支配した戦略思考の基本は、双方が「相手は敵」とみなす敵対関係である。
 ただし、互いににらみ合ったまま「共存」するのは認める。
 けっして核兵器を使ったりはしない。
 なぜかといえば、相手も核兵器を持っているから攻撃すれば必ず報復され、自分が滅びかねなかったからだ。
 この「殺れば殺られる」関係を「相互確証破壊(Mutual Assured Destruction=MAD)」と呼んでいた。
 まさにMAD(狂気)のような関係である。

 核廃絶は理想的だが、だからといって一方的に核兵器を手放せば、MADのバランスが崩れて熱戦を招く危険がある。
 MADに基づく冷戦は熱戦を避ける両陣営のリアリズムでもあった。

■冷戦の終わりが恐怖の時代の始まりだった

 共存は認めても「共栄」は目指していない。
 相手の経済がどうなろうと知ったことではない。
 互いに「そっちはそっちで勝手にやってくれ」と突き放し、経済交流は長い間、最低レベルにとどまっていた。
 そのうち相手が自滅してくれれば、ありがたいという話である。

 すると、東側は共産主義体制の非効率性が次第に覆い隠せなくなり、本当に自滅してしまった。
 91年にはソ連が崩壊する。
 冷戦が終わったのは、その直前である。
 ソ連は自分の国が崩壊しかかって、もはや冷戦を戦うどころの話ではなくなってしまったのだ。

 西側はどうだったかといえば、市場経済と自由貿易を軸に生産性を向上させ、経済成長を謳歌した。
 市場経済・自由貿易路線の正しさは冷戦終結後、ロシアが西側のG7(主要国首脳会議)に加わり、東欧諸国も雪崩を打って欧州連合(EU)に加盟したことで証明されている。
 冷戦期の西側と冷戦終結後の世界を一言で表せば、「平和と繁栄の時代」と呼ぶことができる。
 「平和と繁栄の時代」を形成した基本原理はなんだったか。
 それは「相互依存関係」だ。
 相手の繁栄なくして自分の繁栄もない。
 逆に、自分が豊かになれば相手も豊かになる。
 そういう関係である。

 企業経営者であれば、これは実感として理解できるはずだ。
 国と国の関係も同じである。
 自国の繁栄のためには貿易相手国の繁栄が不可欠だから、相手との平和が大事になる。
 西側はグループ内の仲間同士で共存に加えて共栄も目指していた。

 ここが冷戦期を支配した「敵対関係」と決定的に違う点である。
 共存共栄の相互依存関係の下では、本質的に相手と敵対しない。
 相手を叩き潰せば、自分も共倒れになってしまうからだ。
 企業でも国同士でも、原材料や部品を供給してくれる取引相手を破滅させれば、自分が製品を作れなくなる。
 西側は冷戦期、仲間同士でそういう共存共栄関係を築きあげて繁栄した。
 冷戦に勝利した後はロシアや東欧も暖かく仲間に迎え入れた。

 ところが、世界はそれでハッピーとはならなかった。
 成長の果実を得られなかった地域で過激勢力が台頭してきたからだ。
 節目になったのは、2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロだった。

■中国とは「ウィンウィン」になれない?

 意外に思われるかもしれないが、ロシアと西側の一体化には、実はこのときの大規模テロが一役買っている。
 米同時多発テロがロシアの世界貿易機関(WTO)加盟を後押ししたのである。
 ロシアは旧ソ連時代から世界貿易機関の前身である関税貿易一般協定(GATT)への加盟を希望していた。
 ところが、米国はソ連の自由貿易への姿勢を疑って加盟に反対していた。
 米国の姿勢を変えるきっかけになったのが、9.11テロなのだ。

 どういうことかといえば、ロシアは9.11テロの後、テロリストと対決する姿勢を鮮明にした。
 米国はそれを評価し、ロシアの市場経済化を後戻りさせないためにも、ロシアのWTO加盟賛成に転じたのである。
 ロシアは12年にWTO加盟を果たす。

 とりあえず、以上から何が言えるか。
 ソ連崩壊後、しばらくの間、ロシアが相互依存関係を重視して平和と繁栄を目指したのは間違いない。
 日米欧もそう認識したからこそ、G7の新たな仲間として迎え入れた。
 ところが、事態はガラリと変わってしまう。
 ロシアは13年3月、クリミアに侵攻した。
 日米欧は露骨な主権と領土の侵害を看過できず、ロシアをG8から追放する。
 以後のロシアは相互依存の強化ではなく、かつての敵対関係に逆戻りしてしまったかのようだ。

 ロシアだけではない。
  中国もそうだ。
 中国はロシアより一足早く01年にWTOに加盟し、市場経済化と自由貿易に基づく平和と繁栄を追求するかに見えた。
 ところが、江沢民政権時代から次第に対外強硬路線に傾斜していく。
 いまの習近平国家主席が実権を握った12年以降は覇権主義的思考が一層、鮮明になった。
 中国は相互依存関係を強めようとしているのか、それとも敵対関係に逆戻りしようとしているのか。
 日本にとっては、ここがもっとも重要な点である。
 私ははっきり言って「中国は敵対関係に戻りつつある」とみる。

 中国はときに「ウインウイン関係」という言葉も使う。
 だから、あたかも相互依存を目指しているように思われるかもしれない。
 それは目くらましだ。
 彼らのいう「ウインウイン関係」とは、私たちが理解しているような相互依存に基づく共存共栄関係ではない。
 単なる「互いの縄張り尊重」である。

 それがはっきりしたのは、13年6月の米中首脳会談だった。
 11月6日公開コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/premium01/46233)で書いたように、中国は米国との間で太平洋の縄張り分割を目論んでいた。
 ハワイを分岐点に東側は米国の縄張り、西側は中国の縄張りとして米中が互いに尊重する。
 習国家主席はオバマ大統領にそういう提案をして一蹴された。
 米中の縄張り談合が最終的に成立しなかったからこそ、3年半も拒否していた日中韓首脳会談にいまになって応じるハメになった。
 だからといって、縄張り思考を捨てたわけではない。

 「南シナ海は古来から中国のものだ」という主張が証拠である。
 太平洋分割がうまくいかなかったから、より中国に近い南シナ海に舞台を移したにすぎない。
 そもそも「自分たちの縄張りとして尊重せよ」という思考自体が「他国と相互依存にある」という認識と相容れない。
 「自分たちの繁栄のためには相手の繁栄が不可欠だ」という認識が欠如しているのである。
 目的は自分たちの繁栄だけだ。
 「他国は他国の縄張りで勝手にやってくれ。
 オレの縄張りには触らせないよ」
というヤクザの思考とまったく同じなのである。

 縄張り思考は本質的に敵対思考である。
 自分の縄張りに入ってきたら、相手を蹴散らすと考えている。
 南シナ海で起きている事態は、まさに敵対思考そのものだ。
 米国のイージス駆逐艦が人工島周辺に進入してくると「必要なあらゆる措置をとる」と威嚇した。
 実際には、何もできなかったが…。

 中東のテロリストたちがここ数年で一段と過激化した背景には、中国とロシアの無法がある。
 ロシアがクリミアに侵攻し、中国が勝手に「南シナ海も尖閣諸島もオレのもの」と言っているなら、「イラクとシリアの砂漠はオレの国」と言って何が悪いのか。
 テロリストはそう考えているに違いない。

 中国とロシアの無法がテロリストに伝染し、無法と残虐行為を一層、加速させている。
 言ってみれば、いま中学校の学級崩壊が世界レベルで起きている。
 そんな事態である。
 放置すれば、どうなるか。
 無法は一段と過激化し、世界の縄張り分割が進むに違いない。
 それで平和は実現しない。
 本質的な敵対関係が残るからだ。

 敵対思考は過激派組織「イスラム国」(IS)に対する反撃でも、一段と鮮明になっている。
 典型がフランスとロシアによる共同作戦の合意だ。
 フランスはクリミアに侵攻したロシアに対して制裁を課している。
 にもかかわらず、対イスラム国でロシアと共闘するのは、双方が「敵の敵は味方」とみたからだ。

 航空機を爆破されたロシアにとっても、テロ事件を起こされたフランスにとっても、敵はイスラム国で共通している。
 つまり両国を動かしたのは敵対思考であり、けっして双方が相互依存関係にあると認識したからではない。
 ということは、もしもイスラム国が滅びれば、両国は再び敵対する可能性もある。

 こうした敵対思考は今後、ますます強くなっていくだろう。
 敵対思考に傾斜した相手に対して、いま相互依存思考で語りかけるのは間違っているだけでなく、効果もなく危険である。
 思考の原理そのものがまったく異なるからだ。
 敵対思考は基本的に相手を「敵か友人か」で判断する。
 これに対して、相互依存思考は基本的に相手を友人として扱う。
 経済原理を重視するエコノミストは相互依存思考で世界を理解しようとする。
 相互依存を深めれば、自然に平和も達成できると考えて、相手を相互依存原理で説得しようとする。
 「話せば分かる」という議論である。

 だが、いま私たちが向き合っているテロリストや中国は初めから「話して分かる」相手ではない。
 いつかは話して分かる可能性もあるかもしれないが、まずは話しても分からない相手という認識に立って、戦略を組み立てなければならない。
 相手は自分たちを敵とみているのだ。

■「平和と繁栄の時代」は終わった

 中国に比べれば、日本にとってはロシアのほうがまだましかもしれない。
 ロシアはソ連崩壊を経験し、G8のメンバー国になった経験もある。
 しかも、いま経済は中国以上に停滞し、とりわけ日本の経済協力は是が非でも手に入れたい。
 だから、ロシアとは相互依存関係に基づいた取引が成立する可能性が残っている。
 だが、中国はいまだ南シナ海支配の妄想にとりつかれ、経済もようやく崩壊劇が始まったばかりである。
 米国と覇権を競って負けたロシアに比べれば一周遅れ、いや二周も三周も遅れているのだ。
 いま、中東のテロリストたちは相互依存関係の構築など、まったく頭の片隅にもないだろう。
 彼らはどんな暴力に訴えても、自分たちの縄張り構築が最優先と思っている。

 私たちが相互依存原理を捨て去る必要はまったくないし、いつか日本が中東の繁栄に一肌脱ぐ日もくるだろう。
 だが、いまテロリストたちに「話せば分かる」式で対応しても仕方がない。
 「武力の応酬で問題は解決しない」という主張は一見、美しく響くだけで、どうすべきか、何も政策を語っていない。
 日本は日本自身の存立が脅かされない限り武力行使をしないが、テロリストとの戦いでフランスと連帯すべきである。

 フランスは国境の監視強化どころか、非常事態宣言を発して令状なしの家宅捜索、逮捕に踏み切った。
 この後、テロ防止対策に法改正や憲法改正にも乗り出す方針という。
 人権宣言をしたフランスでさえも、テロと戦争の時代には人権の制限もやむを得ない、という現実的判断に立っている。

 日本が対応しなければならないのは、そんなテロリストと中国、それから北朝鮮なのだ。
 テロリストも中国も北朝鮮も相互依存思考ではなく、敵対思考にとらわれている点で共通している。
 そういう原理の文脈においてこそ、テロはけっして他人事ではない。

 残念ながら、世界は「平和と繁栄の時代」から「テロと戦争の時代」に完全にモードチェンジした。
 いまは、その意味をかみしめる必要がある。



TBS系(JNN) 12月5日(土)18時41分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20151205-00000042-jnn-int

 空母視察の仏・オランド大統領、「イスラム国」掃討で攻撃強化



 フランスのオランド大統領は4日、過激派組織「イスラム国」掃討のため派遣した原子力空母を訪れ、今後さらに攻撃を強化していくと表明しました。
 オランド大統領は、同時多発テロ事件を受け、シリア沖に派遣した原子力空母「シャルル・ドゴール」を視察し、「イスラム国」掃討作戦の進捗状況を確認しました。
 また、乗組員を激励しながら、「数日後、新たな場所で任務にあたってもらう」と述べ、空母をペルシャ湾に移動させる方針を明らかにしました。
 「シャルル・ドゴール」は、今後ペルシャ湾でアメリカが主導する有志連合と空爆作戦を続けるなど、来年3月まで活動する予定です。










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