2015年11月19日木曜日

『 シフト 』 2035年の未来:アメリカ情報機関が予測する驚愕の未来はいかに

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【主な目次】

第1部 メガトレンド――未来への大転換はすでに始まっている
1章 「個人」へのパワーシフト
産業革命以来の重大な「シフト」
「中間所得者層」こそが世界の命運を握っている
2章 台頭する新興国と多極化する世界
「国家」の終焉
非「西側」へのパワーシフト
日本は「過去」の国になる
3章 人類は神を越えるのか
私たちは「ポストヒューマン」なのか
「熟年国家」は財政破綻を避けられない
人間とコンピュータの主従が逆転する未来
4章 人口爆発が「滅亡」を招くまでのシナリオ
このままでは人口爆発に対応できない
2100年、世界の人口は110億人に達する

第2部 ゲーム・チェンジャー――世界を変える4つの要因
5章 中国――もう一つの超大国の「真実」
中所得国が落ちる「罠」とは
経済成長する前に老いる中国
6章 テクノロジーは人類にとって福音なのか、黙示録なのか
第4の産業革命
雇用破壊のスピードは雇用創出のペースよりも早い
合成生物学は新しい「人間」を創るのか
再生可能エネルギーは不要になる
7章 第3次世界大戦を誘発するいくつかの不安要因
市民の抵抗が「原理主義」を生む皮肉
インド洋と太平洋が21世紀の「水路」となる
8章 撤退するアメリカ
パックス・アメリカーナの終焉
ドルは基軸通貨であり続けるのか
欧米経済圏 VS. 中国経済圏

第3部 もう一つの世界
9章 「核」の未来
イスラエルとサウジアラビアの共謀
イラン核兵器製造施設を攻撃
10章 生物兵器テロの恐怖
インドで拘束された生物学専攻の米国人学生
11章 シリコンバレーを占拠しろ
テクノロジー大手を「公益企業」にすべきか
「オキュパイ・シリコンバレー」
民主党でも共和党でもない大統領?


ダイヤモンドオンライン 2015年11月19日
マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/81894

日中関係に21世紀のアジアの繁栄は託されている
『シフト』著者が語る「日本人へのメッセージ」

 大統領の指針ともなる最高情報機関・米国国家会議(NIC)。
 CIA、国防総省、国土安全保障省――米国16の情報機関のデータを統括するNICトップ分析官が辞任後、初めて著した全米話題作『シフト 2035年、米国最高情報機関が予測する驚愕の未来』が11月19日に発売された。
 在任中には明かせなかった政治・経済・軍事・テクノロジーなど多岐に渡る分析のなかから本連載では、そのエッセンスを紹介する。

第1回は、『シフト』本邦版刊行に際して、
 著者マシュー・バロウズが語る「日本人へのメッセージ」だ。

■日本の読者へ

 『シフト』が日本の読者のために翻訳され、出版されることをとても光栄に思う。
 本書はもともと、迫り来るメガトレンドと、急速に変化する国際環境について、アメリカ人に真剣に考えてほしくて書いた。
 だが、アメリカ人であろうが日本人であろうが、未来がどうなるかによって、経済や社会が大きく左右されるのは同じだ。

 日本では少子高齢化が急速に進んでいる。
 それは、高齢化が進んでも経済の活力が失われるわけではないことを世界に示すチャンスでもある。
 世界経済の成長が減速すれば、あらゆる国の未来は暗くなる。
 日本は、ロボット工学や自動化技術など新しいテクノロジーを考案し、実用化するリーダーだ。
 こうした技術は雇用の減少につながるおそれがあるが、日本、アメリカ、そして中国も含む先進工業国が現在の生活水準を維持するには、退職年齢の引き上げや、働く女性の増加、労働市場の流動性確保や移民の受け入れ拡大など、より破壊的な改革が不可欠だ。
 西側世界の衰退を食い止めるには、日本とヨーロッパとアメリカが、高齢化問題に取り組むことが非常に重要だ。

 中国の動向は、日本だけでなく世界じゅうに重大な影響をもたらす。
 中国は過去30年にわたり目覚しい成長を遂げてきた。
 世界の歴史を振り返っても、これほど長期にわたり一貫した高成長を維持した国はない。
 しかしいま、その勢いは鈍化し、政府指導部は右肩上がりの成長に慣れた人民に、雇用などの経済的機会を与えるのに苦労している。

 こうした困難に直面したとき、多くの国の指導者はナショナリズムをあおり、人民の目を国内の問題からそらしてきた。
 ナショナリズムは、2度の世界大戦に先立つ帝国主義をエスカレートさせ、20世紀半ばのヨーロッパを衰退させた。
 一部の専門家は、アジアが同じ道を歩むことを危惧している。
 東シナ海と南シナ海における中国と日本など近隣諸国の緊張の高まりは、危険な大戦争の前兆であり、21世紀のアジアの繁栄をむしばむおそれがあるというのだ。

■アメリカなしで日本は中国と向き合うことができるか

 しかし歴史が繰り返すとは限らない。
 人類は過去の失敗から学ぶことができると、私は強く信じている。
 ナショナリズムがかつて世界にいかに破壊的な影響を与えたかを理解すれば、その繰り返しは防げるはずだ。
 ヨーロッパにとって戦争に明け暮れた時代は遠い過去になった。もはやヨーロッパ全体を巻き込む大戦争が起きることは、考えられない。
 アジアはアメリカに平和と安全保障を頼るのではなく、争いを仲裁し、制限する地域機構を構築する必要がある。

 わたしは長年CIAで、アメリカが陥ってはならないシナリオを歴代大統領に示してきた。
 その警告の一部は深刻に受け止められたが、オバマ政権をはじめとするいくつかの政権は、未来に向けてアメリカの準備を整える仕事を十分にしてこなかった。
 CIA本部のロビーには、聖書の一節が壁に刻み込まれている。

「……されば汝は真実を知り、真実は汝を自由にする」

 これこそが未来のトレンドを分析する目的だと、私は思う。
 未来について知識がありながら、それに基づく行動を起こさないなら、物事がうまくいかなかったとき、私たちは自らを責めるしかない。

■訳者あとがき

  「日本ではいまも文化的に、母親が家にいることが理想と考えられており、女性が結婚と家庭と仕事のバランスを取るのは難しい」。
 日本の労働年齢人口について論じた部分(第2章)で、著者マシュー・バロウズはこのように指摘している。

 この分厚い本のなかで、バロウズが日本の状況を論じる部分は決して多くない。
 個人のエンパワメント、世界の多極化、中国の台頭、アフリカの人口爆発と食料問題、プライバシーと民主主義、宗教的アイデンティティーと都市化の問題……と、バロウズは世界情勢を文字通り多面的かつ多層的に論じる。

 そんななかで触れた日本に関する分析で、バロウズは少子高齢化や女性の就労を取り巻く状況、そして安全保障問題について、驚くほど簡潔に、驚くほど的確な指摘をする。
 それを見ると、本書で指摘されている他の国や地域の状況も、CIAをはじめとするアメリカの政府機関が集めた、多種多様な情報に裏打ちされているに違いないと思わずにいられない。
 もちろん軍事から文化にいたる膨大な情報から、問題点を的確に見抜くバロウズの分析能力にも脱帽だ。

 バロウズの淡々とした論調は、本書の魅力の一つだろう。
 本人は、「CIA勤務が長いから、なんでもついあら探しをしてしまう」と語っているが、バロウズの論調には妙に批判的だったり、悲観的だったりするところはない。
 もしかすると、それゆえに、本書を単調で退屈だと感じる読者もおられるかもしれない。

 しかし大げさな表現を使ったり、個人的な批判を混ぜたりしていないからこそ、バロウズの指摘する地殻変動は真実味を持って私たちに迫ってくる。
 職場の自動化がもたらす雇用への壊滅的影響しかり、人口動態が中東情勢にもたらす影響しかりだ。

 本書の第3部は、いわば20年後の世界を描く短編小説集になっている。
 それまで淡々と論じられてきた未来のシナリオが、打って変わって具体的なシチュエーションのなかで描き出される。
 そのうちの一つの物語で、バロウズがシリコンバレーのテクノロジー企業について「利益を独り占めにしている」と明確に批判しているのは興味深い。

 バロウズは2013年に国家情報会議(NIC)を辞めて、現在はワシントンにある超党派のシンクタンク、アトランティック・カウンシルに勤務している
 。戦略フォーサイト・イニシアチブ(SFI)という部門で、20年スパンのグローバル・トレンドを分析しているというから、今後もその鋭い世界分析を定期的に発表してくれそうだ。



ダイヤモンドオンライン  2015年11月20日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82014?page=2

民主主義の徹底は世界を混沌に陥れるのか

 第2回のテーマは「個人」のエンパワメントだ。
 世界中の誰もがしかるべき権利を与えられ、自分の能力を最大限に発揮できるようになることは「民主主義」の夢といえるはずだ。
 しかし、それが現実化しつつある21世紀への評価は実際に分かれている。

■民主主義という「悪夢」?

 個人のエンパワメント(自ら物事を決定し、その力を活用すること)は最高にすばらしいことだと、私は信じている。
 当然だろう。
 人種や国籍や性別と関係なく、誰もが自分の潜在能力をフルに発揮するチャンスを得るのだから。
 それは民主主義の夢ではなかったか。
 私たちの親や祖父母やもっと上の世代が、手に入れようと奮闘してきたものではなかったか。
 それを喜ぶべきでない理由などあるはずがない。

 誰もが個人のエンパワメントを歓迎しているわけではないと、私が初めて知ったのは、『グローバル・トレンド』を執筆するために、世界各地を訪問していたときだ。

 ケニアの会議出席者はこう語った。
 「個人のエンパワメントは大きな危険をはらんでいる。
 民族ごとの集まりが政治的に利用されて、紛争の種になるおそれもある。
 アンチ市場、アンチ社会保障、アンチ政府を唱える大衆迎合主義が高まっている」。
 さらにこの人物は最大の懸念を口にした。
 「ケニアが20〜30年後も統一国家でいられるという確信が私にはない」。
 個人のエンパワメントによって国の一体性が失われつつあるからだ。

 ブラジルでは、閣僚経験のある政治家が、個人のエンパワメントをあざ笑った。
 「アイデンティティ政治(社会的に不公平に扱われている集団が承認を得るために行う政治運動)は分裂をもたらすだけで、価値観の収斂にはつながらない。
 アイデンティティ政治は、他人との共通点ではなく、違いを強調するからだ」。
 さらに彼は言った。
 「私に言わせれば、この世界はホッブズ的であって、カント的ではない」

 トマス・ホッブズは17世紀のイギリスの哲学者で、国家のあり方を論じた政治哲学書『リバイアサン』で、対立や内戦を防ぐには強力な中央政府が必要だと主張した。
 他方、イマヌエル・カントはホッブズの100年後に活躍したドイツの哲学者で、人間は外的権威から解放されて自律的に考えなくてはいけないと唱えた。

 カントはフランス革命とアメリカ独立戦争、そしてイギリスに対して自治拡大を求めるアイルランドの闘争を熱狂的に支持した。
 ただしカントは、非常に規則正しい生活を送ったことで知られ、フランス革命の火蓋を切ったパリのバスティーユ監獄襲撃の知らせを聞いたときも、日課の散歩を短く切り上げただけだったとされる。
 カントは著書『永遠平和のために』で、国家が法に基づき統治されているかぎり、戦争に疲弊したヨーロッパにも平和を築くことができると主張した。

■中間層による「革命」

 大学時代の哲学の授業が、未来を考えるときこれほど役に立つとは思わなかったが、『グローバル・トレンド』を書く過程で私は何度も政治哲学に立ち戻ることになった。
 未来は楽観的なのか、悲観的なのか。
 個人のエンパワメントは国に何をもたらすのか。
 世界は多くの血が流された17世紀や18世紀のヨーロッパのような、新しいカオスの時代に突入しつつあるのか。

 現在の技術革命は、過去の技術革命に乗り遅れた人々が飛躍的な発展を遂げる助けにもなっている。
 アフリカでは2002年以降、携帯電話の契約数が毎年倍増しており、最近ではインターネットを使えるスマートフォンも増えている。
 現在使われている携帯端末の数は、アメリカの2倍だ。アフリカにおける携帯電話の急速な普及は、モバイル技術が有線インフラの欠如を補い、コミュニケーションとコネクティビティを高める格好の例だろう。
 モバイルバンキングなど一部の技術分野で、途上国のほうが普及が進んでいる理由の一つは、もともと実店舗が少ないため、モバイルツールのニーズが高いことがある。

 個人のエンパワメントは複雑なプロセスであり、最終的にはプラスとマイナス両方の影響があるだろう。
 プラスがマイナスを上回ることを祈りたいが、短〜中期的には(15〜16世紀と同じように)、新しいテクノロジーによって力を得た中間層の台頭が、破壊的な結果をもたらすおそれがある。



ダイヤモンドオンライン 2015年11月24日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82017

2030年、世界は「中間層」によって動かされる

第3回のテーマは世界の命運を握る「中間層」だ。
 中国やインドなどの新興国では今後20年で「中流」層が急拡大する。
 政治や経済動向によって中間層が没落するようなことになれば、国力は大いに下がることになる。
 拡大する「中間層」のインパクトを分析する。

■2030年、世界人口の半分が「中流」になる

 個人のパワーが大きくなっている最大かつ最も明白な理由は、経済的な豊かさだ。
 これは世界じゅうで中間層が拡大していることにも表れている。
 未来を理解するうえで、中間層の拡大がいかに重要な役割を果たすかは、どんなに強調しても足りないほどだ。

 向こう20年間、世界の人口の半分以上は困窮しない。
 そして西側諸国だけでなく世界じゅうの国で、中間層は最も重要な経済的・社会的グループになるだろう。

 中間層とは何か。
 通常は1人当たりの消費額によって定義される。
 私が利用している
★.「インターナショナル・フューチャーズ」モデルでは、
 1日の世帯支出が10〜50ドル(購買力平価ベース)と定義
している。
★.ゴールドマン・サックスは、1人当たり国内総生産(GDP)が年間6000〜3万ドル
としている。

 定義によって中間層の規模は変わってくるが、現在は10億人程度で、2030年には20億人超に増えると見られている。
 これは控えめな見積もりだ。
 なかには30億人に達するという予測もある。
 あるEUの報告書は、過去10年間、毎年7000万人以上が中間層に加わったとしている。
 それによると、「2030年までに、世界の人口の過半数」が中間層になると見られる。
 2030年の世界の人口は83億人と推測されているから、EUの見積もりでは40億人以上が中間層に属することになる。

 ある調査によれば、
★.2010年に中国の中間層は人口の4%に過ぎなかったが、
 「2020年までにアメリカを抜き、世界最大の中間層市場となる可能性がある」。
 しかしその中国も、その次の10年でインドに抜かれそうだ。
★.インドでは中国よりも急速に人口が増加するとともに、中国よりも平等な所得分配が実現する
と見られている。

 アメリカと西ヨーロッパで、『グローバル・トレンド』の暫定版(特に中間層の台頭)を説明するのは、なかなか勇気がいることだった。
 中間層が活気づくという見方に、多くが信じられないという顔をした。
 むしろ彼らは、中間層は消滅するか縮小しつつあると懸念していたのだ。
 たとえ今後、西側諸国の経済が停滞したままで、途上国の成長が加速しても、西側諸国の平均所得は途上国のそれを大幅に引き続き上回るだろう。
 それでも、中間層が消滅しつつあるのではないかという西側諸国の不安には一理ある。

■産業革命以来の「シフト」

 世界銀行のエコノミストのブランコ・ミラノビッチは、世界の格差を詳しく調べ、
 「世界の社会階層に、産業革命以来の重大な再編」
が起きているという結論に達した。

 最貧困層は泥沼にはまり込んでいるが、それ以外の貧困層の暮らし向きはよくなった。
 新興中間層の実質所得は、年間3%も伸びている。
 これに対して西側諸国では、中間層(世界的には所得上位25%に入る)の所得はほとんど伸びていない。
 その一方で、上位1%の所得は著しく増えて、上位5%の所得もそこそこ増えた。

 つまりミラノビッチによれば、グローバル化により世界の所得上位25%の間で二極化現象が起きている。
 そしてトップ1%の最富裕層がダントツの勝ち組になっている。
 これは一般的な感覚とも一致する。
 だから
 西側諸国の中間層が、新興国の中間層よりはるかに暮らし向きがいいのに、
 自分たちは停滞または衰退していると感じる
のは決して不思議ではない。

 先進国だろうが途上国だろうが、中間層はもっと豊かになりたいと思っている。
 これは(少なくとも私が定義するところの)中間層の普遍的価値観だ。
 だからこそ西側の中間層にとって、所得の伸びが頭打ち状態にあること(それには多くの理由がある)が、大きな悩みになっている。
 他人の暮らしはよくなっているように見えるのだから、なおさらだ。
 途上国における中間層の拡大で、アメリカの中間層は影が薄くなるだろう。
 また、経済成長の鈍化で、西側諸国の中間層は雇用市場(高技能職を含む)でもグローバルな競争を感じるようになるだろう。

 北米とヨーロッパでは向こう20年間、中間層の消費が年0.6%しか増えないとの推測もある。
 一方、アジア開発銀行によると、アジアの中間層の消費は2030年まで年9%のペースで増えそうだ。


ダイヤモンドオンライン 2015年11月26日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82215

すべての新興国が抱える経済成長と政情不安のジレンマとは?

今後の世界経済の命運を握る新興国。
第4回では、近い未来に新興国が経済繁栄を迎えるのか、政情不安で失速していくのか、その伎路を分析する。

■経済成長と政情不安を同時にもたらす「中間層」

 中間層(1日の世帯支出が購買力平価ベースで10〜50ドル)の台頭は政治的な問題も引き起こしている。
 ハーバード大学の社会学者サミュエル・ハンチントンらは、
 「中間層は生まれたときは革命家で、
 中年になる頃には保守的になる傾向がある」
と指摘している。
 中間層は政治や社会の秩序を守る要になるが、それが自分の利益になるなら、という条件がつく。
 だから政治を安定させたいなら、国は中間層に良質な行政サービスを提供しなければならない。

 中間層が民主化を要求するか、安定を選ぶかの選択は、人口動態も影響している可能性がある。
 アラブの春が始まる2年前の2008年、私はエジプトのホスニ・ムバラク大統領や、チュニジアのジン・アビディン・ベンアリ大統領などの独裁体制に対して、変革の要求が高まる可能性を予見していた。

 1960〜1970年代に権威主義的だった韓国や台湾などの国では、中間層が拡大し、若年労働人口が増えると、政治的自由化を求める圧力が高まった。
 北アフリカの主要国(リビア、エジプト、チュニジア)では、2000〜2020年に同じような条件がそろいつつあった。
 だが中東では、どんな変革も容易に進まないことはわかっていた。

 韓国と台湾では経済が上向いていたからスムーズな民主化が可能になったが、エジプトでは若者の大部分(高学歴者を含む)が仕事を見つけるのに苦労している。
 東アジア諸国が豊かになったのは、政府が普通教育によって労働力の質を急速に改善するとともに、輸出産業の育成に力を注いだからだ。

■所得水準が1.5万ドルを超えると民主化運動が起きる

 中東も教育システムを改善して熟練技能労働者を生み出すとともに、お役所仕事に慣れた人々に、需要に左右される民間企業の厳しさを教える必要がある。
 エジプトでは宗教的原理主義勢力と世俗派の対立に加えて、経済が悪化していたから、中間層が民主化より秩序を選んだのは無理もないのかもしれない。
 ただ、1848年にヨーロッパ各地で民主主義革命が起きたように、いずれ民主化圧力が爆発するのは間違いないだろう。
 問題はそれがいつになるかだ。

 大きな試金石となるのは中国だ。
 中国が民主化すれば、民主主義は西側の価値観なのか、
 それとも普遍的な価値観なのか
という議論に決着がつく。
 また、ソ連崩壊後のような民主化の波が起きるだろう。
 ほとんどの予測では、
★.中国の1人当たり所得は5年後に1万5000ドルを超える
と見られている。
 一般に所得水準が1万5000ドルを超えると、民主化運動が起きる
と考えられている。

 国民の教育水準が高く、平均年齢が高ければなおさらだ。
 また、1人当たり所得が増えれば中間層も拡大する。
★.現在の中国の中間層は人口の10%程度だが、
 2020年には40%に達する可能性がある。

■中国が民主化するのはいつか

 民主化は、中国の多くの人々の目標だが意外にも中国共産党も同じ考えだ。
 党の幹部養成機関は、民主主義について会議を開いてきた。
 問題は民主化するかどうかではなく、いつ民主化するかだ。

 しかし既存のシステムの崩壊や混乱を招かずに、政治改革を実施する方法など誰にもわからない。
 『グローバル・トレンド』の暫定版について中国で意見を聞いたとき、個人のエンパワメントを特に評価し、
 「未来を決定するうえで個人の役割が重要になる」
という意見が相次いだ。

 その一方で、中間層の台頭は、富裕国でも途上国でも「不安定化要因」だとの声も多かった。
 富裕国の中間層は、グローバル化で競争が激しくなったことに大きな不満を抱いていたが、中国など途上国の中間層は、個人のエンパワメントによって、政府に対する要求や期待を高めていた。



ダイヤモンドオンライン 2015年11月30日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82214

20年後、アジアは欧米を越える経済の中心地になる

 第5回では、世界経済の2035年への「シフト」の正体を明らかにする。
 中国のみならず、それを上回る潜在力を秘めるインドやコロンビア、インドネシア、メキシコ、トルコ、ブラジルなどの新興国の台頭は非「西」側世界へのパワーシフトを加速させる。

■アジアが世界の「パワー」の中心地になる近未来

 いまはすべてが大きく変わった。
 グローバルパワーの四つの尺度(GDP、人口、軍事費、技術投資)によれば、2030年までにアジアは北米とヨーロッパの合計を抜き、世界のパワーの中心になる。
 中国は2020年代に世界一の経済大国になりそうだ。
 世界経済と政治でもアジアの重要性が高まり、18世紀以来のヨーロッパと西側の優位は崩れようとしている。

 その一方で、コロンビア、インドネシア、メキシコ、トルコ、ブラジル、南アフリカ、ナイジェリア、さらにはイラン、エジプトなど非西側諸国(少し前まで「第三世界」と呼ばれていた国々だ)も、向こう10〜20年で大きく台頭する可能性がある。
 このことは中国やインドといった大型新興国の台頭と同じくらい重要だ。
 いずれも中国やインドほどの「大国」にはならず、2番手にとどまるだろうが、グループとしてはヨーロッパ、日本、ロシアを超える一大勢力になるだろう。
 さらにグローバルパワーの四つの尺度で、2030年までにEUを追い抜くだろう。
 この中型新興国のグループと中国とインドという大型新興国をあわせると、西側から新興国すなわち非西側世界へのパワーシフトは一段とはっきりする。

 このグローバルなパワーシフトを受け、今後20年間は地域的なパワーシフトも起きるだろう。
 中国はすでにアジアで大国の地位を固めつつある。
 2030年には中国のGDPは日本の約1.4倍に達するだろう。
 その頃には中国は世界最大の経済大国となり、インドをリードしている。
 しかし中国の成長が鈍化すれば、インドとの差は縮まるだろう。
 ただしそれは、インドが早期に構造改革に着手して、近年の低迷を脱出することが条件になる。
 2030年のインドは、過去20年間の中国のような高度成長国になっている可能性がある。
 他方、中国の成長は現在の水準(7〜8%)を大幅に下回るだろう。

■日本は中国とインドの陰に隠れる?

 中国の生産年齢人口は、2016年に9億9400万人とピークに達し、2030年には約9億6100万人まで減るだろう。
 これに対してインドの人口動態はもっと有利だ。
 生産年齢人口がピークに達するのは2050年頃で、規制緩和、大規模なインフラ整備、質の高い教育の拡充といった改革を実行すれば、成長を長期的に後押しできる。
 もう一つ重要なのは、インドが今後もパキスタンに対して相対的優位を固めると見られることだ。
 インド経済はすでにパキスタンの8倍近く、2030年には16倍を超えるだろう。

 日本は中国との差が拡大しているが、「中の上」程度のパワーを維持するだろう。
 ただし大規模な構造改革を実行すれば、という条件がつく。
 日本は政治、経済、社会の改革を進めて、少子高齢化、産業基盤の老朽化、不安定な政治情勢に対処する必要がある。

 人口が減るため、出稼ぎ労働者に対する長期滞在ビザの発給など、新しい移民政策を検討する必要にも迫られるだろう。
 ただ、日本人は外国人の受け入れに消極的なため、この問題はなかなか乗り越えられないだろう。
 高齢者が増えて、医療業界と住宅業界は成長に拍車がかかるだろう。

 労働人口の減少は行政サービスや税収に大きな負担となり、増税が余儀なくされる一方で、消費財の物価押し下げ圧力が高まり、企業は厳しい競争にさらされるだろう。
 日本の輸出産業は構造改革が続き、ハイテク製品、高付加価値製品、情報技術に重点が置かれるようになるだろう。

■女性活躍促進は日本経済にインパクトを与えない

 日本の労働年齢人口は絶対数が減る半面、10代後半〜20代には仕事がない未熟練労働者が大勢いる。
 このことはホワイトカラーの人手不足をもたらすだろう。
 女性の社会進出(企業幹部への登用を含む)推進政策は、人手不足を補う助けになるかもしれないが、それが出生率のさらなる低下をもたらしたら元も子もない。
 日本ではいまも文化的に、母親が家にいることが理想と考えられており、女性が家庭と仕事のバランスを取るのは難しい。

 しかし実は、日本の女性の労働力参加率はさほど低くない。
 61%という数字は、アメリカ(62%)、イギリス(66%)、ドイツ(68%)と大差ない。

 英フィナンシャル・タイムズ紙のマーティン・ウルフ主任経済論説委員は、
 「(日本の)女性の労働力参加率は、アメリカなど西側諸国と同等の水準まで上昇するかもしれないが、それでも経済の見通しが変わるわけではない」
と指摘している。



ダイヤモンドオンライン 2015年12月02日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82481

15年後、イギリスはドイツを越えた欧州最大の経済国に返り咲く

  第6回では、ヨーロッパの未来の勢力図を分析する。

 現在、圧倒的な経済力を誇るドイツだが、その先行きは決して明るくない。
イギリス、ドイツ、ロシア……欧州の「大国」の未来とは。

◆イギリスの復活とドイツの凋落?

  『グローバル・トレンド』で使った国力の評価基準「インターナショナル・フューチャーズ」によれば、ヨーロッパは相対的に衰退している。
 多くのヨーロッパ諸国では高齢化が進み、一部諸国では人口が減り、ヨーロッパ全体の成長は鈍化するだろう。

 経済が好調なドイツは、当面はEUのリーダーの役割を果たすだろうが、少子高齢化という時限爆弾を抱えている。
 現在、ドイツの人口はフランスやイギリスよりも多いが、2050年までに逆転する可能性がある。
 フランスとイギリスのほうが移民が多いからだ。

 最新のCEBRの予測では、イギリスは2030年までに西ヨーロッパ最大の経済大国になりそうだ。
 イギリスの人口動態がドイツよりも好ましいことがその一因となっている。

人口の平均年齢が45歳を超える「ポスト熟年国」(多くはヨーロッパにある)は、十分な所得のない高齢者に適切な生活支援を行う一方で、それを支える若い世代の生活水準も維持する財源を確保しなければならない。

 賦課方式の年金制度と医療保険制度を、もっと財政基盤のしっかりした制度に移行させる動きはあるが、政治的に大きな反発に遭っている。
 こうした改革では、支給対象者と支給額が減り、勤労者の負担が増え、給付資格を得るために必要な就労期間は延びるからだ。

◆2030年、世界最大の人口減となるロシア

 ロシアは、2030年までに人口が10%減るだろう。
 この期間としては世界最大の減少だ。
 ロシアの場合、出生率が低いだけでなく、喫煙、麻薬、アルコールの過剰摂取、それにエイズや結核が広がり、50代の男性の死者が多いことが問題だ。

 それでもインターナショナル・フューチャーズに基づけば、ロシアは引き続き大国の地位を維持する可能性が高い。
 人口が急減するといっても、総数はドイツの1.5倍程度あるし、ヨーロッパの基準で見れば大国だ。

 ロシアが急激な衰退を回避して、大国の地位を維持するには、その潜在力を発揮する必要があるが、最近のニュースは心強いものではない。
 ロシア経済は21世紀初めに年7%の成長を見せたものの、共産主義体制の崩壊から真に立ち直ったことはなく、資源輸出頼みの構造がネックになっている。

 2008年の世界大不況はロシアに深刻な打撃を与えた。
 原油価格が急落したため、準備金を取り崩さなければ社会保障制度を維持できなくなった。
 最終的な生産量にもよるが、シェール革命はロシア経済に追い打ちを与えるだろう。

 ヨーロッパ諸国がロシア産ガスからアメリカのシェールガスに切り換えれば、ロシア最大の企業ガスプロムは値下げを強いられ、ロシア経済は一段と大きな打撃を受けるだろう。

 リベラルなガイダル経済政策研究所の見方では、ロシア政府はすでに深刻な財政危機に瀕している。
 年金などの社会保障支出が増えて、経済成長が頭打ちになれば、危機はさらに悪化するだろう。

 政府の専門家は、ロシア経済は2030年まで年平均2.5%の成長を維持すると見るが、これは世界経済の成長予測(3.4~3.5%)を下回る。
 もっと高い成長を実現しなければ、未来の財政赤字は28兆ドルに達するとの見方もある。

 ロシア指導部は科学技術に投資したいようだ。
 しかし腐敗の蔓延や自由のなさといった問題から、ソ連時代のような世界的な科学技術分野を再建するのは難しいだろう。
 とはいえ、ロシアは広大な国土を世界の戦略的な位置に維持し、軍事力もまだかなり大きい。
 エネルギー以外の分野で多様な経済開発を進めれば、再び超大国の地位に返り咲く可能性はある。



ダイヤモンドオンライン 2015年12月04日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82657

世界経済は再び「ブロック化」するのか

 グローバル経済の状況は、決して一部で喧伝された「フラット化」したものではない。
 むしろ、エリア間での「差」の方が目立つのが現状だ。
 第7回では、世界経済は再び「ブロック化」するのか――その可能性を分析する。

◆アジア経済圏を巡るアメリカの「影」

 地域内貿易の拡大は地域統合の機運を高め、地域機構を中心とした世界秩序を生み出すおそれがある。
 たとえばヨーロッパの貿易の3分の2近くはEU域内で、アメリカの貿易の40%以上は北米自由貿易協定(NAFTA)加盟国間で行われている。

 東アジアでも域内貿易が全体の53%、ラテンアメリカ(メキシコを除く)でも域内貿易が約35%を占める。
 ラテンアメリカの場合、その割合は急速に拡大しており、南米諸国連合(UNISUR)の成長に拍車をかけている。

 ジアでは、とりわけ多様な地域機関が生まれている。
 今後も経済統合が進むにつれて、環境問題(海面上昇など)や貿易・金融規制など、目的を絞った機能的な地域機関が増えるだろう。
 ただ、アジアに地域的な集団安全保障秩序が生まれるかどうかはわからない。
 中国中心のシステムに傾いている国もあれば、
 中国の影響力拡大に強く反発する国も多いからだ。

 こうした多様性は、裏を返せば、
 「アジアとは何か」という最も基本的な問いにも、アジア諸国が足並みのそろった答えを持たないことを意味する。
 アジアの統合が進むかどうかは、引き続きアメリカが大きなカギを握るだろう。
 いまは、中国の台頭が近隣諸国の安全保障上の脅威と受け止められており、経済統合が加速しても、集団安全保障秩序の構築は難しくなっている。

 だが、中国自身が周辺国に脅威と受け止められないよう努力すれば、状況は変わるかもしれない。
 また、アジア諸国がアメリカは頼りにならないと思うようになったら、中国という「勝ち組」に加わって、アジアだけの安全保障秩序を構築する機運が高まるかもしれない。

◆20年後も世界は「国家」単位で動く

 アジア以外の場所でも地域統合は進むだろう。しかしそのスピードはまちまちで、目的を明確にしたものになるだろう。

 南アジア、中央アジア、そして中東では、今後10〜20年以内に地域和平や安全保障で協力関係を築くのは難しいのではないかと、私自身は思っている(貿易や、水などの資源共有では進展があるかもしれないが)。
 これらの地域では地政学的な対立や不信感が非常に大きく、それを乗り越えるのは次の世代まで難しいだろう。
 ヨーロッパのように主権の一部を共同管理するほどの地域統合は、今後もなさそうだ。

 都市や地域といった中間的な統治機構が拡大しても、国家に代わる存在にはなっていない。
 むしろ増え続けるグローバルな課題を解決するうえでは、国際機構が不可欠の役割を果たしている。
 そして国連、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、G20といったグローバルな機構は、いまも国家を礎としている。
 諸々の活動にNGOや都市、企業など非国家アクターを取り込む方法が検討されているが、その中核的な構成要素は依然として国家だ。

◆IMFで投票権のない中国、
 常任理事国ではないインドとブラジル

 そこで国際機構の話に移るのだが、世界じゅうの人から正統性を認められるには、多くの国際機構で時代に沿った改革が必要になるだろう。
 大型新興国であるブラジルとインドはどちらも国連安全保障理事会の常任理事国ではない。
 中国は常任理事国だが、これだけの経済大国になってもIMFでは投票権がない。

 多くの中型新興国も頭角を表すと予想されるが、既存の国際機構では地域リーダーとしての発言力が十分にない。
 G20が2008年の金融危機をきっかけに国際的な舞台で存在感を増したように、
 主要国際機構の改革は何らかの危機がないと進まないのではないか。
 さもなければ、旧態依然とした国際機構は、ゆっくりと死んでいくだろう。
 そうなれば、私たちの暮らしは悪化する可能性が高い。

 世の中が急速に変化している時代に、国際機構を機能させるのは容易ではない。
 つまり私たちは、正統性と効率のバランスを測る必要がある。
 意思決定に関係国が関われるようにしつつ、意思決定を円滑化するために関与国の数を制限する必要がある。

 多極化とパワー拡散によって、国際機構の改革は難しくなるだろう。
 しかしいかなる改革も、新興国の人々が正統性を見出せないものであってはならない。



ダイヤモンドオンライン 2015年12月8日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82779

人口爆発がもたらす「水」の足りない未来

【第8回】
 多くの先進国では高齢化・人口減が課題となっているが、
 マクロ的には世界は「これから」人口爆発を迎える
といえる。
 15年後には食糧需要は135%増だが、食糧生産の伸びはそれに遠く及ばない。
 マルサスの予言は21世紀に的中するのか――NIC元トップアナリストが分析する。

■世界は「これから」人口爆発をむかえる

 水や食料の「欠乏」という表現にはさまざまな含意があり、『グローバル・トレンド2030』(新大統領に手渡される報告書)で使うかどうかは大きな議論になった。
 マルサス的な食うか食われるかの生存競争を思い起こさせるとして、その表現を嫌う人は多かった。

 マルサスの主張は間違っていたからなおさらだ。
 18世紀の経済学者トマス・マルサスは、人口爆発によって貧困が生じるのは必然だと主張したが、実際にはそうはならなかった。
 テクノロジーが発達して、農業生産が増えたために、人口爆発は食料供給を凌駕することはなかったのだ。
 しかし21世紀も同じになるとは限らない。

 積極的な予防措置を取らなければ、大規模な欠乏が生じるのは間違いない。
 現在の1人当たりの食料と水の消費パターンを見れば、20年後の問題が予測できる。
 食料需要は2030年までに35%以上増えるが、食料生産の伸びは遠く及びそうにない。
 1970〜2000年は年間2.0%のペースで伸びてきたが、現在は1.1%まで鈍化しており、今後も鈍化が予想される。

 マッキンゼー・グローバル・インスティテュートによると、「資源価格のトレンド」は2000年を境に、「突然、決定的に変わった」。
 20世紀の間は、資源価格は実質ベースで下落していたが、2000年以降は2倍以上高騰した(過去2年間は商品価格が下落しているにもかかわらず、だ)。
 資源価格はいまも歴史的な高値水準にある。

 過去8年間、世界の食料消費量は生産量を上回ってきた。
 ある研究によると、2030年の世界の水の年間需要は6兆9000億立方メートルと、現在の持続可能な水供給量を40%上回ると見られている。

■「水」の足りない未来が15年後にやってくる?

 また、農業における水利用の効率を高めなければ、現在約3兆1000億立方メートル(世界の取水量の70%弱)の使用量は、2030年には4兆5000億立法メートルに達するだろう。
 現在、人類の40%は国際河川流域またはその近くに住んでおり、河川水への依存が高く、水の需給の変化の影響を受けやすくなっている。

 経済協力開発機構(OECD)の推測では、現在のトレンドが続けば、2030年には世界の人口の半分近くが、深刻な水ストレス(1人当たりの年間利用可能量が1000立方メートル以下)にさらされる。
 肥沃な土地はすでに開墾されているから、新たな耕作地が見つかる可能性は乏しい。
 だとすれば、生産効率を高めることが、世界の食料ニーズに応えるうえで決定的に重要になる。

 この点で特に心配なのはアフリカだ。
 南アジアと南アメリカでは1人当たりの農業生産量が増えてきたが、アフリカだけは最近、1970年代の水準に戻ってしまった。
 アフリカの多くの国は、農業生産に適した環境が整っていない。
 種子や肥料を港から内陸部に運ぶ交通網が貧弱で、統治も脆弱なことが多い。
 食料のサプライチェーン・マネジメントを少し改善するだけでも、多くの無駄をなくして、生産量を増やし、人口増加に伴うプレッシャーを緩和できるだろう。

 小麦の価格は今後も大きく変動する可能性が高い。
 主な生産地である中国、インド、パキスタン、オーストラリアが水ストレス下にあり、気候変動の影響も受けやすいからだ。
 特に食料価格の高騰に弱いのは、バングラデシュ、エジプト、ジブチ、スーダンなど食料の多くを輸入に頼る貧困国だ。

 これらの国にとって、食料価格の高騰に対する最大の防衛策は、日常的な食料品に対する補助金をいま以上に拡大することだ。
 しかしこれらの国の多くは、現在歳出削減に取り組んでおり、補助金拡大は容易ではない。

■サウジ・韓国はすでに「食糧不足」の未来に備えている

 中国、インド、ロシアも食料価格が高騰しやすいが、防衛策は取りやすい。
 ロシアと中国は共に大型穀物生産国であり、補助金によって食料価格の上昇を抑える財政的余裕もある。
 富裕国は国際市場で食料を確保することもできる。

 一方、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、韓国は、外国の耕作地を借り上げる長期契約を結んでいる。
 英王立国際問題研究所の『資源未来報告書』は、土地だけでなく、鉱物などの資源をめぐり「新しい争奪戦」が起きていると指摘している。
 そのために2000〜2010年に取得された土地は、イギリスの国土の8倍の広さにもなる。
 このうち134万平方キロはサハラ以南のアフリカだ。

 「土地確保」投資は、受け入れ国側には経済的なチャンスだが、未来の食料の入手可能性に対する不安、さらに未来の国際市場で適切な価格で適切な食料を確保できるのかという不安の表れでもある。
 英王立国際問題研究所の報告によれば、サハラ以南のアフリカへの投資の5分の1は、中東とりわけペルシャ湾岸諸国からのものだ。

 もちろんマルサスの時代と同じように、こうした問題には解決策がある。
 たとえばテクノロジーによって生産量を増やすことができる。
 また最近、ケニアの砂漠地帯で、世界最大級の地下帯水層が発見されたというニュースもあった。
 ニューヨーク市の水使用量の3倍近い、年間34億立方メートルもの水が継続的に利用できるという。
 この地下深くに眠る帯水層は、衛星写真と地震データに基づき発見された。



ダイヤモンドオンライン  2015年12月10日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/82971

日本・韓国が先進国になれた理由と中国が陥るジレンマ

第9回では

中国が陥る「中所得国の罠」

 多くの国と同じように、中国でも人口の高齢化が始まっており、そのペースは2020年にかけて加速するだろう。
 現在、65歳以上が総人口に占める割合は8%だが、2030年には16%を超えるだろう。

 これに対して生産年齢人口(15〜65歳)は72%のピークをすでに超えており、2030年には68%まで低下するだろう。
 15〜20歳の割合は現在30%程度だが、2030年には21%まで落ち込むだろう。
 もちろん生産年齢人口が減っているのは中国だけではない。
 日本、韓国、ドイツなどの先進国はもっとひどいことになるだろう。

 中国政府はこの問題を認識している。
 しかし、一人っ子政策を完全に撤廃しても、長年続いた低出生率を大幅に引き上げられるか、専門家は疑問視している。
 中国では都市人口が増えているが、世界的に見ても、人口の都市化は出生率の低下と結びついている。

 中国は中所得国の罠に陥っている。
 多くの中南米諸国も1980年代に同じような状況に陥り、構造改革を怠ったのと、所得格差を放置したために、その罠に深くはまり込んだ。

 中国の指導部は、高付加価値産業を育成することによって中所得国の罠を脱出する戦略だ。
1].科学技術を推進し、ナノテクノロジーや幹細胞研究の分野を育成している。
2].中国企業は新たなテクノロジーや管理手法を求めて、海外に進出し始めた。
3].中国の対外直接投資も増えている。
 こうした措置は現在の中国の開発レベルでは論理的なものであると同時に、
★.高付加価値経済に移行するための、おそらく唯一の方法
だろう。

◆中所得国の75%は高所得国に移行できない

 アメリカはそんな中国の投資対象になっているが、アメリカで不信な目で見られ、特に通信など国家安全保障が絡む分野では、政府の許可を得られないこともある。
 中国によるサイバー攻撃が激しくなっているのは、
 イノベーション経済に脱皮するために必要な技術情報を獲得する努力
とも考えられる。

 中国は、難しい体制移行の時期に差しかかっている。
 向こう5年間で1人当たりの所得は1万5000ドルを超えると言われているが、
 歴史的にこの水準は、政治的自由化運動が起きる分岐点と考えられている。
 人々の教育水準が高く、人口の平均年齢が高いと、その傾向は一段と強くなる。

 しかし中国が民主化すれば、
 これまで以上に愛国主義的な機運が強くなり、
 近隣諸国との緊張が一段と高まる
だろう。
 長期的には、法治主義が根づき、
 政治体制が安定して脅威とみなされなくなったとき初めて、
 中国の「ソフトパワー」は高まる

 しかし歴史的に、民主化はスムーズに進まない場合がほとんどであり、難しい移行期に入った中国が、ますます扱いにくくなることを近隣諸国や国際社会は覚悟をしておくべきだろう。

 政治体制をスムーズに移行させるには、生活水準を持続的に向上できるかどうかがカギとなる。
 それが実現できれば中所得国の罠は回避できるだろう。
 ほとんどの国はこれに失敗した。
 2009年の時点で、1960年に中所得国だった国の4分の3が中所得国のままか、低所得国に転落した。
 高所得国に移行できたのは西ヨーロッパ諸国と日本くらいだ。

◆日本・韓国が高所得になれた理由

 韓国はこの10年で中所得国を卒業して高所得国に入ったが、それは1997〜1998年のアジア通貨危機で痛手を被り、構造改革が余儀なくなったためだ。
 この結果、韓国経済は計画経済的な構造から、市場主義的な経済への移行に成功した。
 韓国をはじめ中所得国からの脱皮に成功した国は、構造改革や近代化に向けて強力な社会的・政治的コンセンサスがあったためといわれる。

 2013年の3中全会は、市場の「決定的な」役割を訴えつつ、引き続き公共部門が重要であると強調した。
 たとえば国有企業は改革の対象になるが、どのくらいの規模の改革が、どのくらいのスピードで進むかは、はっきりしない。

  「小君主」とあだ名される党幹部の子弟は、多くが国有銀行や国有企業と深くつながっている。
 改革を徹底的に実行すれば、彼らが黙っていないだろう。
 経済危機でも起きれば、成長が急減速して、党の支配は揺らぐだろう。
 しかし皮肉にも中国ではこうした危機が起きていないため、
 中央の指令型経済から市場経済への移行は難しくなっている。



ダイヤモンドオンライン 2015年12月17日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/83282

テクノロジーの進化は成功する見込みのない底辺層を生み出す

第10回では、
 私たちが今直面しているテクノロジーの進化と、雇用へのインパクトを分析する。
 かつての「産業革命」は、生産性の上昇と同時にイギリスの手工業者の失業、そして階級の固定化をもたらした。
 21世紀、新たなテクノロジーはどのような世界への「シフト」をもたらすのだろうか。

■自動運転車やドローンよりも雇用にインパクトを与える技術とは?

 グーグルなどが開発を進める自動運転車は、向こう10年以内に実用化されそうだ。
 そうなれば、長期的には車の使い方から交通インフラの設計、さらには都市計画における土地利用法に劇的な変化をもたらすだろう。

 こうして自動運転車の普及は都市設計の見直しを迫るとともに、都市住民のライフスタイルを変える可能性がある。
 車の所有のあり方と使用パターンも変われば、世界経済とりわけ自動車産業は大打撃を受けるおそれがある。
 もちろん恩恵を受けるメーカーもあるだろうが、車をステータスシンボルではなく実用品とみなす人が増えるなど、車の意味そのものが変わる可能性がある。

 自動運転車への移行は、商用車が先行するかもしれない。
 高速道路で自動運転トラックの隊列(先頭または最後尾に人間の運転手が同乗する)を見かけるようになるかもしれない。
 また、自動運転車は途上国の原材料に対する過剰需要を鎮静化し、鉱業と農業の新たな工業化をもたらし、場合によっては子どもが引き受けている重労働を減らすだろう。

 無人飛行機(ドローン)は、軍事分野では日常的に使われているが、向こう10年で民生用が拡大するだろう。
 カメラやセンサを搭載した安い無人機は、精密農業(種子や肥料や水の量や範囲を厳密に調整するカスタマイズ型農業)や、人間がアクセスしにくい場所にある送電線の点検などに使えるだろう。
 交通量の調査や改善にドローンを使うこともできる。

 自動運転車と同じように、ドローンの普及を妨げるのはその用途ではなく、安全性と信頼性に対する懸念だろう。
 とりわけ人口密度の高い地域で運用される場合は懸念が大きい。
 このため世界のほとんどの航空当局は、民間空域でのドローンの使用を大幅に制限している。

 人間の雇用にとって大きな脅威となるのは、高熟練労働者よりも速く正確に仕事ができるソフトウェアの開発だろう。
 グーグルやマイクロソフトの検索エンジンは、人間の能力をはるかに上回る強力な順位づけアルゴリズムによって、莫大な量のデータをふるいにかけて検索結果を出す。

■この20年で労働者の所得は4%減っている

 人よりも速く、安く、正確に膨大な法律文献を調べられるアルゴリズムもあり、アメリカの訴訟手続きでは弁護士に代わりEディスカバリー(電子証拠開示)の導入が進んでいる。
 医療用のX線画像も、放射線技師よりコンピュータのほうが正確に読み取ることができる。

 グーグル翻訳の性能は、莫大なデータマイニングと高度なアルゴリズムによって、日々改善されている。
 こうしたソフトウェアの飛躍的進歩によって、多くの雇用、場合によっては職種がまるまる失われつつある。
 だとすれば、今後の雇用は増えるよりも減るペースのほうが速いのか。

 確実なことは言えないが、いつもは楽観的な見方をするエコノミストも、この点では懸念を示している。
 最近のOECDの報告書は、いくつかの不快な事実を明らかにしている。
 過去20年間に世界のGDPにおける労働者の所得は4%減ったが、その約80%が新しいテクノロジーのせいだというのだ。
 一方、新しいテクノロジー分野で働くひと握りの高熟練労働者(と企業経営者・所有者)の所得は増えている。

 私は破壊のなかからまったく新しい職種が生まれると考える楽観派だが、それが遅れていることと、世界じゅうで格差が拡大していることに不安を感じている。
 第1次産業革命は、とてつもなく広い範囲で豊かさをもたらすプロセスに火をつける一方で、無数の手工業者を貧困に陥れ、19世紀のイギリスの階級を固定した。

 ディケンズは多くの小説で、中間層が拡大する一方で、工場労働者などの肉体労働者が不安定な暮らしを強いられたことを描いた。
 短中期的には状況は見えざる手によって改善されるという楽観論に、歴史は警告を発している。

 新しいテクノロジーから疎外された人々は、新しいスキルを身につける機会を必ずしも持たない。
 アメリカをはじめとする国々は、成功する見込みのない底辺層を生み出すおそれがある。


ダイヤモンドオンライン 2015年12月22日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/83509

日本の衰退がアジアに混乱をもたらす 

第11回では、
 今後数十年にわたるアジアの地域秩序の行方がテーマだ。
 現在もなお、アジアは前世紀の戦争の歴史がもたらす対立から自由ではない。
 今まではアメリカが安全保障の要となってきたが、今後アジアはEUのような地域秩序を自らの手で築くことができるのだろうか。

■中国の経済成長が止まったとき、アジアで紛争が起こる?

 東アジアでは、急激な経済成長、劇的なパワーシフト、愛国主義の高まり、そして猛烈な軍備近代化(中国だけでなくインドもやっている)により、新興国と日本の間で緊張と競争が増している。

 アジアでは第2次世界大戦の戦後処理が異例の形を取ったことと、それゆえに朝鮮半島と台湾海峡で対立が続いたため、歴史的な不満が徐々に拡大してきた。
 中国の勢力拡大に対する不安、
 地域全体における愛国主義的機運の高まり、
 そしてアメリカがアジアから撤退するのではないかという不安は、
今後数十年にわたり東アジアの緊張の種になるだろう。

 日中関係、日韓関係、中韓関係、中印関係、そして中越関係のこじれが示すように、アジアでは経済成長と相互依存が歴史的な不満を緩和する方向には働かなかった。
 このため東アジア諸国は、経済的には中国に、安全保障ではアメリカと中国以外の国々へと、二つの方向に引っ張られるだろう。

 1995年以降、日本、韓国、オーストラリア、インドなどのアジアの大国は、通商面ではアメリカから離れて中国に接近する一方で、安全保障面ではアメリカとの関係を強化する「保険」戦略をとってきた。
 このパターンは当面続くだろう。
 しかし中国で法治主義が拡大し、近代化された軍備の透明性が高まるなど政治の自由化が進めば、東アジア全体の安全保障上の懸念は縮小し、念のためアメリカに頼る必要性は低下する。

 中国の経済成長が続き、イノベーションと内需主導型の経済に転換すれば、東アジアはますます世界の貿易と投資の中心になるだろう。
 これに対して、
 中国経済が深刻または長期的な危機に見舞われた場合、地域全体への影響力は低下し、地域が不安定するおそれがある。

■「撤退するアメリカ」が  アジアを紛争地にする

 世界経済の中心がアジアにシフトするにつれて、
 インド洋と太平洋が21世紀の国際水路の要
になる。
 そこで中国の外洋海軍が強化されれば、アメリカの海の覇権は薄れるだろう。
 だとすれば、公海に目を光らせ、航行の自由を守る海洋同盟を構築する大国はどこになるのか。

 これから数十年間のアジアの秩序については、
 私は四つのシナリオがありうると思う。

(1): 現在と同じで、ルールに基づく協力と、アメリカと中国の静かな競争(ほとんどのアジア諸国はどちらにもつかず中間にいる)が続く。

……アメリカの優位を基礎とする同盟が安全保障秩序を維持し、中国の軍備増強、北朝鮮の核開発といった潜在的な問題の影響は薄れる。
 地域機構が成長し、経済統合はアジアだけでなく環太平洋ベースで進む。
 小規模な軍事的事故がエスカレートして、大衆の熱狂的な愛国主義に火がつけば、紛争に発展するおそれがある。

(2): 激しい勢力争いを伴う勢力均衡秩序が形成される。
 ダイナミックなパワーシフトと、アメリカの役割縮小が勢力争いを激化させる。

……アメリカが孤立主義を取るか、経済的に衰退して、東アジア諸国は、もはやアメリカは東アジアの安全保障維持に関心がないと考えるようになる。
 こうした地域秩序は「いがみ合いには絶好の環境だ」。
 アメリカの不在を補うために、核開発または核獲得に乗り出す国も出てくる。
 これは最悪のシナリオであり、東アジアは現在の中東よりも大規模な地域紛争に向かうだろう。
 東アジア諸国は中東諸国よりも経済的・技術的に豊かだから戦争はより壮絶なものになる。

■日本の衰退と、中国による「アジア共同体」の形成

(3):  ヨーロッパのように、民主的に平和を維持する地域秩序が構築される。
 ただしこれは中国の政治的自由化が前提条件となる。

……この東アジア共同体ともいうべき地域秩序は、小国の自治を尊重する。
 多元的で平和を愛する東アジア共同体は、安全保障の要としてアメリカの助けを必要とする。
 現在、強い中国への不安が高まっていることを考えると、
 これは最も現実味の乏しいシナリオだ

(4): 中国が頂点に立つ中国中心の地域秩序が構築される。
 1990年代以降、アジアは開放的な環太平洋地域機構の構築を目指してきたが、これはあくまでアジアのなかにこもる閉鎖的な地域機構になる。

……このシナリオは、中国が好戦的な姿勢を改め、近隣諸国と次々に2国間関係を築くことが前提になる。

 インドが台頭するか、日本の相対的衰退が止まらなければ、中国中心の秩序が生まれる可能性は高まる。
 アジアの中核的パートナー諸国に中国に対抗する能力や意志がなければ、アメリカが関与しなければならないかもしれない。
 それは中国との直接対決の危険性をはらんでいる。

 アメリカがアジアにコミットするかどうかは不透明だが、それを別にすれば、
 アジアにとって最大の不確定要因は、
中国自身の弱点がどのように発展するかだ。
 たとえ中所得国の罠にはまり、先進国経済に脱皮できなかったとしても、中国はアジアでトップクラスの国であり続けるだろう。

 しかしその影響力は低下する。
 そうなれば中国指導部は、大衆の目を国内の問題からそらすために対外的に攻撃的な姿勢を強めるおそれがある。
 中国が近隣国かアメリカと戦って敗れた場合も、中国政府は面目を失うことになる。
 他方、勝利すれば、中国中心秩序が構築される可能性が高まるだろう。



ダイヤモンドオンライン 2015年12月24日  マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/83596

ドルが基軸通貨でなくなる未来へのシナリオ

  20世紀初頭、アメリカ経済はイギリス経済の2倍近い規模となっていたが、基軸通貨は「ポンド」だった。
 アメリカ・ドルは国際的なインフラを備えていなかったからだ。
第12回では、未来の「通貨」にありうるシナリオを分析する。

■人民元が基軸通貨になる?

 ドルが世界の基軸通貨であることは、歴史的にアメリカの優位を強化してきた。
 フランスのシャルル・ドゴール大統領は、アメリカの「法外な特権」と語ったことがある。
 大英帝国の終焉は、第2次世界大戦でイギリスの財政が破綻したことで拍車がかかった。
 ドルはポンドほど劇的で破滅的な道のりをたどることはないだろう。

 アメリカと中国が紛争に突入して、中国が莫大な財政赤字を被り、保有する
 「1兆ドル超の米国債」を手放さないかぎり、ドルは基軸通貨の地位を維持し、人民元とユーロがその傍を固める形になるだろう。

 しかしドルが基軸通貨の座から転落し、もっと多極的な通貨体制が生まれたら、それはアメリカの地位低下を最も鮮明に示すサインになるだろう。
 ドル研究の権威であるカリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーン教授は、
 「国際通貨体制は10年以内に間違いなく大きく変わる」
と断言する。

 アイケングリーンによれば、中国の金融当局は人民元を取引可能にし、基軸通貨にしようとしている。
 しかしそのためには、資本規制を撤廃して流動性の高い金融市場を構築するだけでなく、透明性が高く、法治主義的な政府が必要だ。
 実際、中国共産党は2013年の3中全会で、法による統治を目標に掲げた。
 それ以外にも中国には幅広い構造改革が必要だが、アイケングリーンは、中国は数年前から基軸通貨の座を本気で目指してきたと指摘する。

  「中国はブラジルとの2国間貿易で、両国の通貨を使用しやすくする合意を結んだ。
 アルゼンチン、ベラルーシ、香港、インドネシア、韓国、マレーシアとも通貨スワップ協定を締結。
 香港と中国本土5都市の間でも人民元決済協定が結ばれ、HSBCは香港で人民元建て債券の発行を認められた。
 さらに香港で1兆ドル相当の人民元建て債券も発行された。
 こうした措置はどれも、輸出入業者と投資家に人民元の使用を促し、国内外におけるドル依存を低下させたいという狙いがある」

■それでもドルは安全か

 2013年10月、欧州中央銀行(ECB)と中国人民銀行(中央銀行)は、通貨スワップ協定を締結。
 国際決済銀行(BIS)によると、人民元は2013年、過去10年で世界で最も使われた通貨トップ10の一つになった(2004年は35位だった)。

 基軸通貨の交代は、一般に考えられているよりも早く起きる可能性がある。
 ドルも1914年まで、まったく国際的な通貨ではなかった。
 アメリカ経済はすでにイギリス経済の2倍の規模になっていたが、世界の銀行はイギリス政府だった。
 アメリカにはドルが国際的な通貨になるためのインフラもなかった。

 しかしこの年、連邦準備制度が構築されて状況が大きく変わった。
 一方、現代の中国政府は、2020年までに北京と上海を世界の金融センターにすると目標を定め、人民元を世界の基軸通貨にしようとしている。
 金融の多極化がどのくらいのスピードで起きるかは、アメリカ国内の動向にも左右されるだろう。
 2013年に連邦政府の債務上限引き上げ問題で、政府機関閉鎖など政治的混乱が生じたとき、アメリカはドルの地位を危険にさらしているという批判が起きた。
 それでも、ドルへの信頼は、まださほど失われていない。

 人民元の取引がまだ限定的なのと、ヨーロッパの景気回復が遅れていることもあり、ドル以外に安全な投資先があまりないのだ。
 2008年の世界同時不況の原因はアメリカの銀行だったが、アメリカの国債と株式はいまも安全な逃避先と見られている。

■社会保障増大がいずれはドルの信頼性低下を招く

 ただ、今後選択肢が広がれば、アメリカ国内の政治的混乱は、アメリカ自身にもっと大きな代償をもたらすだろう。
 アメリカ議会予算局(CBO)は、何らかの措置(つまり社会保障費と医療費を減らすか、歳入を増やすか)を取らなければ、2038年には政府債務がGDP比100%に達すると試算している。
 しかし財政健全化措置が取られなければ、もっと早い段階で米国債の投資家は懸念を深めるだろう。
 長期金利が上昇して、財政赤字と債務問題が悪化――これはアメリカが避けなければならない悪夢のシナリオだ。

 投資家の忍耐がいつ限界に達するかはわからないから、なおのこと恐ろしい。
 投資家にそっぽを向かれたら、アメリカ人の暮らしや世界における地位が大打撃を受けるのは間違いないだろう。



ダイヤモンドオンライン 2015年12月25日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/83760

「インターネット」こそがナショナリズムと宗教対立をもたらしたのか

 経済成長やインターネットの浸透によって、新興国の「中間層」は無視できない一大勢力となる可能性が高い。
 とりわけ、宗教・民族・国家アイデンティティの高まりは世界の不安定化要因となるだろう。
 第13回では、豊かになりインターネットで力を得た、新たな「中間層」がもたらずインパクトを分析する。

■インターネットは「愛国主義」を加熱させるか

 インターネットは愛国主義と、人種的、宗教的、民族的不満も拡散する力があるのか。
 この点は、少し注目する必要があるだろう。
 中国で最もインターネットの利用者が多い30歳以下の若者は、「きわめて愛国主義的な見方を持ちつつある」と、ランド研究所は指摘している。
 「……中国のインターネットユーザーが目にする情報のうち、外国語の情報は20%強しかない」

 こうした愛国主義と宗教的アイデンティティの高まりが、個人のエンパワメントがイデオロギー面にもたらす短・中期的な影響だろう。
 グローバル化は西側の物質的豊かさを求める社会に、科学的合理性や個人主義、世俗的な政府、法の優位性といった西側の考え方をもたらしてきた。
 しかし新興国の市民の多くは、物質的豊かさを得るために、文化的アイデンティティや政治的伝統を捨てたくはないと思っている。
 こうしたイデオロギー的論争は、宗教を中心に展開されるだろう。
 愛国主義も激しく燃え上がり、人々を動かす原動力になっている。
 特にユーラシア大陸や東アジアの領土問題を抱える国や、急速に豊かになっている国でその傾向がある。

 2012年のピューの調査によると、「ロシア人の約半分が、ロシアはロシア人だけのものであるべきだと考えていて、反対意見は40%だった」。
 2009年の調査でも、54%が「ロシアはロシア人のものであるべきだ」と答えるなど、ロシア人は愛国主義的な傾向がある。
 しかしソ連が断末魔の苦しみにあった1991年、「ロシアはロシア人だけのものだ」という考えに反対する人は69%もいて、賛成は26%しかなかった。

■「都市」化が宗教的アイデンティティを強める理由

 ピューの調査では、多くの国で道徳的・文化的な優越意識が見られた。
 2013年の調査では、アメリカ、東ヨーロッパ、そしてアフリカとアジアと中米のほとんどで、
 回答者の半分以上が、自国の文化はよその国の文化よりも優れていると考えていた。
 この意識は特に途上国で強い。
 インドネシアと韓国では回答者の90%が、
 インドでは80%以上が、自国の文化の優位を信じている。
 一方、サハラ以南のアフリカなど途上国と脆弱な国の多くでは、資源の欠乏や気候変動の結果、部族や民族間の対立が激しくなるなど、アイデンティティによる分断が顕著になっている。

 部族、民族、宗教、国籍の間でもともと存在した緊張が、資源の奪い合いによって悪化すると、イデオロギーの影響力が高まり、社会を崩壊させるおそれがある。

 宗教的アイデンティティが強まった背景には人口の都市化がある。
 農村部の住民にとって、都市への移住は生活を改善する手っ取り早い方法だ。
 ヨーロッパとロシアでは、こうした移住者の多くはイスラム教徒で、移住後も宗教との結びつきが強い。

 人口の都市化は、宗教団体が提供する社会サービスの需要を高める。
 イスラム教やキリスト教の団体は、こうした活動を通じて結束と影響力を強めてきた。

 こうした移住者も中間層として同じような関心や懸念を持つようになれば、宗教による対立の一部は解消されるだろう。
 2012年にEUが世界の中間層を調べたところ、
 「5人に4人が、現実的な統治システムとして民主主義が最も優れていると考えている」
ことがわかった。



ダイヤモンドオンライン 2016年1月5日 マシュー・バロウズ,藤原朝子 [学習院女子大学]
http://diamond.jp/articles/-/83783

第14回では、外部からは安定しているようにも映る独裁国家の打倒が招く混乱のインパクトを分析する。

◆独裁国家の打倒が今後20年の政情不安を招く

★.ユースバルジ(人口構成で若年人口が突出していること)と、
 内戦や民族紛争の間には高い相関関係がある。

 慢性的な紛争は、国家が脆弱な理由の一つだ。
 1970年代以降に起きた内戦と民族紛争(戦闘関連の死者数が年間25人以上の紛争)の約80%が、ユースバルジのある国で起きた。
 現在、国民の平均年齢が25歳以下の国は80カ国以上ある。

 若年人口が多く「人口動態が不安定な地域」は、
 中央アメリカと
 中央アンデス、
 サハラ以南のアフリカ、
 中東、
 南アジア、および
 中央アジア
に多い。
 ユースバルジ以外にも、目先の社会不安を大きくしそうな要因がある。

 まず挙げられるのは、
★.権威主義体制から民主主義体制への移行だ。
 こうした体制移行中の国が不安定になりがちであることは、複数の研究で示されている。

 私は社会学の手法を使って、独裁体制と民主主義体制の中間にある国を体系的に整理したことがある。
 「自由かつ競争的な方法で首長を選ぶ」
 「国民の全グループが政治過程に参加している」
といった民主主義の基本的条件を備えていない国は、大規模な政治不安が起きやすいハイリスク国だ。

 一方、民主主義の条件をほぼ完全に備えた国は、政治不安のリスクが低い。
 現在、そして今後20年間を考えたとき衝撃的なのは、
 ハイリスク国に該当する国が50カ国近くもあることだ。
 これは見方によってはいいことだ。

◆中東の混乱は2030年まで続く

 冷戦中の1960〜1970年代、ソ連の支配下にあった中央・東ヨーロッパをはじめ、アフリカや中南米には、いまよりずっとたくさん独裁体制があり、多くは安定していた。
 しかしそれは個人の自由を犠牲にして成り立っていた安定だった。

 権威主義体制はその性質上、少なくとも外から見ると、政体としては安定している傾向がある。
 この種の体制が数多く崩れ去った結果、皮肉にも世界は、完全な民主主義が実現されるまで非常に不安定になった。

 2030年になったとき、権威主義体制から民主主義体制に移行中の国が最も多いのは、
 サハラ以南のアフリカ(45カ国中23カ国)だろう。
 次はアジア(59カ国中17カ国)で、
 東南アジアでは11カ国中5カ国、
 中央アジアでは9カ国中4カ国になる。

 3番目に多いのは中東と北アフリカで、16カ国中11カ国となる。
 中東の最近の出来事は、この地域が統治体制の移行に弱いことを示しているが、この状況は2030年まで続く可能性が高い。








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