2015年11月24日火曜日

宇宙大戦争(2):ここまで来た世界の宇宙ビジネス、日本の宇宙ビジネスが抱える弱点

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ダイヤモンドオンライン 2015年11月24日 齊田興哉 [日本総研 総合研究部門マネジャー]
http://diamond.jp/articles/-/82073

エレベーターで衛星打ち上げも!
ここまで来た世界の宇宙ビジネス


●ヴァージン・ギャラクティック社の「SpaceShipTwo」。世界初の民間宇宙飛行サービスを目指し開発中のスペースプレーン
出所:Virgin Galactic

「H-IIAロケット29号機」打ち上げ(11月24日)、「はやぶさ2」地球スイングバイ(12月3日)、「あかつき」金星周回軌道投入(12月7日)──。
これから12月上旬にかけ、日本の宇宙開発において注目のイベントが続く。
そこで3回にわたり、「日本の宇宙ビジネス」の現状と今後進むべき道を解説する。
筆者の齊田興哉氏は、宇宙航空研究開発機構JAXAで人工衛星の開発プロジェクトに従事した経歴を持つ、宇宙航空事業の専門家である。

■本日打ち上げの「H-IIAロケット29号機」は
日本の宇宙ビジネスの転換点を象徴

 本日11月24日、日本の宇宙ビジネスに関する注目のイベントがある。
 カナダのテレサット(Telesat)社の通信放送衛星「Telstar 12 VANTAGE」を搭載した、「H-IIAロケット29号機」が打ち上げられるのである。
 このH-IIAロケット29号機は、
 衛星を静止軌道により近いところまで運ぶことができるよう改良を行ったもので、衛星の燃料の消費を抑えその寿命を長くすることができる。
 顧客視点に立った“衛星にやさしい”サービスである。
 これは、世界に対抗するための日本の宇宙ビジネスのあり方をよく表しているニュースだと筆者は考えている。

 日本の宇宙ビジネスは、主に政府主導のプロジェクトとして技術開発中心で推進されてきた。
 それは、技術力で米国、欧州の水準に追い着け、追い越せという目標を掲げてのことに違いない。
 その活気あふれる様相は、池井戸潤原作でドラマ化された「下町ロケット」にも見ることができる。

 努力の甲斐あって、近年、ロケット打ち上げの成功率、人工衛星のミッション達成などに必要な技術力は、欧米と肩を並べる水準にまで達した。
 結果として現在は、ハードルの高い技術開発の必要性は希薄になり、
 技術開発を第1優先事項とする宇宙ビジネスは終焉を迎えつつある。

 それでは、日本はこれからどのようにして、宇宙ビジネスを展開していくべきなのだろうか。
 筆者の宇宙航空研究開発機構JAXAでの衛星開発の経験などを踏まえ、3回にわたり世界と日本の宇宙ビジネスの最新動向、そして日本の進むべき路について考察する。

1回目は、まず世界の宇宙ビジネスの最新動向を紹介したい。
 そこから、日本の宇宙ビジネスが戦う相手の特徴が見えてくる。

■大手IT企業創業者が次々と立ち上げ
 台頭する数多くの宇宙ベンチャー企業

 まず注目すべきポイントは、数多くのベンチャー企業の台頭である(図表参照)。
 既に宇宙ビジネス業界において、ロッキード・マーティン社、ボーイング社などの世界有数の“老舗企業”と互角の競争力を持つベンチャー企業も存在する。


◆図表:世界の宇宙ベンチャー企業と創業者
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 これらのベンチャー企業は、大手IT企業創業者や出身者によるものが多いのも特徴だ。
 スペースX(Space X)社はペイパル創業者イーロン・マスクが、
 ブルーオリジン(Blue Origin)社はアマゾン創業者ジェフ・ベゾスが、
 ストラトローンチ・システムズ(Stratolaunch Systems)社はマイクロソフト創業者ポール・アレンが
立ち上げた。
 彼らは従来の宇宙ビジネスでは見られなかった、全く新しいビジネスモデル、ITで用いられている開発手法の活用、意思決定のスピード、資金調達力などを強みにして、新しい風をどんどん吹き込んでいる。

 それらのベンチャー企業は何をしようとしているのか、それに対して“老舗企業”はどのような動きを見せているのか。

「a].まず、ロケットの分野での事例を紹介しよう。

■ジェット機から打ち上げ、マイクロ波で推進──
 斬新なアイデアで大幅にコストを削減

 誰も発想しなかった斬新なアイデアで、ロケット打ち上げビジネス展開を狙うベンチャー企業が存在する。
 ヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)社と
 エスケイプ・ダイナミクス(Escape Dynamics)社だ。

 ヴァージン・ギャラクティック社が構想する「ランチャーワン」(LauncherOne)は、輸送用のジェット航空機「ホワイトナイトツー」(WhiteKnightTwo)に搭載される、主に小型衛星に対応したロケットである。
1].ジェット機を母機として打ち上げられるため、
 ロケットの射場が必要なく、その設備費・運営費などが不要である、
2].衛星のミッションに合わせて最適な場所まで移動して打ち上げられる
 天候による打ち上げ延期などが回避できる、
3].そしてそれらによりコストが競合他社の5分の1以下の12億円程度で済む、
といった様々なメリットを持つ。


●「ランチャーワン」(ロケット)と「ホワイトナイトツー」(母機)。双胴のジェット機の中央に吊り下げられているのがランチャーワン ※動画
出所:Virgin Galactic

 一方、エスケイプ・ダイナミクス社は、マイクロ波によるロケット打ち上げを検討している。
 地上に整備された多数のパラボラアンテナからマイクロ波をロケットに向けて照射することで、推力を発生させる。
 ロケットの胴体部分に熱交換器が設置されており、照射されたマイクロ波のエネルギーを熱エネルギーに変換し、ロケットに充填されている水素に作用させて推力を得るという構造のようだ。
 これは従来のロケットに比べて軽量化できるため、より大きく重いペイロードを搭載することができる。

 ここで利用するロケットは、スペースシャトルに似た飛行体の構造をしているのも特徴的である。
 ペイロード分離後は飛行体として帰還する完全再利用型であり、熱交換器などを用いているため構造が非常に単純であることと相まって、低コストなのもメリットだ。


●エスケイプ・ダイナミクス社のマイクロ波を活用した完全再利用型ロケット ※動画
出所:Escape Dynamics
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■ヘリコプターでロケット回収
“老舗企業”もコスト削減策で対抗

 このような斬新なアイデアで競争力を高めつつあるベンチャー企業に、“老舗企業”も従来型のロケットにおいて、あらゆるコスト削減策で対抗しようとしている。


●ULAの次世代ロケット「バルカン」
出所:United Launch Alliance
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 ロッキード・マーティン社とボーイング社との合弁会社であるULA(United Launch Alliance)社は、スマート・リユースという方法を構想している。
 次世代ロケット「バルカン」(Vulcan)の第1段エンジンの回収を、ヘリコプターを使って行うというものである。
 これによりエンジンコストを90%削減できるという。

 また、エアバス・グループのエアバス・ディフェンス・アンド・スペース社は、再利用型ロケット「アデリーン」(Adeline)を発表した。
 第1段エンジンに翼を装備し、パラグライダーのように滑空飛行で着陸させ回収する。
 これにより20~30%のコスト削減が期待できるとする。


●滑空飛行で第1エンジンを回収する再利用型ロケット「アデリーン」
出所:Airbus Defence and Space
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■宇宙エレベーターでロケット打上げ
完全民営のロケット射場で効率化

 ロケット開発以外の手段で、コスト削減と宇宙ビジネス展開を狙う企業もある。
 例えば「宇宙エレベーター」だ。

●ソステクノロジー社の宇宙エレベーター
出所:Thoth Technology
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 カナダのベンチャー企業、ソステクノロジー(Thoth Technology)社は、宇宙エレベーター構想を進めている。
 同社の宇宙エレベーターは、与圧モジュールを積み重ねて成層圏程度の高度20kmまで達するもので、米国で特許を取得した。
 成層圏の上からロケットを打ち上げることで、地上での打上げに比べて3分の1程度のコスト削減につながるようだ。

 同社は、前出のスペースX社に対し、ロケット打ち上げコスト削減策として、この宇宙エレベータの屋上に垂直着陸型の第1段エンジンを帰還させることを提案しているという。
 宇宙エレベーター実現の鍵は、カーボンナノチューブ(*)と言われているが、現時点でどこまで研究開発が進み、どれだけ実現可能になったかは不明である。

 その他に、ロケット打ち上げサービスについてトータルでコスト削減を実現しようという事例もある。


●ロケット・ラボ社の完全民営ロケット射場 ※動画
出所:Rocket Lab
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 3Dプリンタなどを活用した打ち上げコスト削減策を打ち出しているロケット企業であるロケット・ラボ(Rocket Lab)社は、完全民営のロケット射場の整備を検討している。
 従来、官が主導となって行っていた射場の運営が完全民営化されれば、ロケット組立作業の効率化、打ち上げオペレーションの効率化、打ち上げに関わるハードウェア・ソフトウェアを含むシステムの最適化、打ち上げ後の射点の修理・改修の効率化などにより、打ち上げ準備期間短縮やコスト削減が期待できる。

*カーボンナノチューブ:炭素原子が極小の筒状になった物質。
 様々な特性を持つが、軽くかつ極めて強度が高いため、宇宙エレベーターの素材として期待されている。
 現在、安価に大量生産する方法を世界で競って研究中。


「b].次に、衛星の分野での事例を紹介したい。

 ここでもベンチャー企業が、独自の技術力と大企業からの出資で、世界規模での小型衛星事業の展開を試みているのが目立つ。

■数百~数千機の小型衛星群で
 世界にブロードバンド環境を提供

 小型衛星開発のベンチャー企業であるワンウェブ(OneWeb)社は、クアルコム、ヴァージン・グループ、コカ・コーラなどから出資を受け、低軌道に648機もの小型衛星を打ち上げる計画だ。
 これにより世界のどこからでもインターネットに接続できる環境を提供するという。


●ワンウェブの小型衛星。これを648機も打ち上げる ※動画
出所:OneWeb

 同様の構想をスペースX社も発表した。
 同社は米国連邦通院委員会(FCC)に小型衛星4000機を打ち上げる壮大な計画を申請している。

 これらのベンチャー企業は、光ファイバーなどネットワークインフラ環境が整っていない国や地域へのブロードバンド環境の提供が、大きなビジネスの展開に繋がると考えているようだ。
 衛星を活用すれば、インフラ整備費用の削減、整備期間の短縮、地震・洪水などの自然災害に影響を受けないネットワーク環境の構築ができる。
 また、インフラ未整備の国や地域への新産業や雇用の創出にもつながる可能性がある。
 実際、コカ・コーラはそうした地域に物流拠点を作り、雇用(特に女性)を創出することを狙って出資しているという。

 なお、フェイスブックも同様の構想を打ち立てていたが、少なくとも数百機にもなる小型衛星の製造、打ち上げ及び運用などにかかる資金的な課題から、断念したと推測する。
 しかし同社は2015年10月、フランスのユーテルサット(Eutelsat)社と提携し、静止衛星「AMOS-6」を活用してアフリカ地域へのブロードバンド環境の提供に乗り出すと報じている。

[c].世界の企業が獲得する衛星事業マーケットが大規模だからこそ、展開できるコスト削減策もある。
 その事例を見てみよう。

■日本の先を行く衛星の共通設計化
 コスト削減と柔軟な機能の両立を狙う

 衛星の“ミッション系”を汎用化(共通設計化)することで、コスト削減を狙う動きがある。
 エアバス・ディフェンス・アンド・スペース社は、ユーテルサット社と通信衛星のミッション系汎用化の開発に乗り出すと報じた。


●ミッション系を汎用化した新型通信衛星のイメージ
出所:Eutelsat

衛星は、“ミッション系”と“バス系”に分けることができる。
 ミッション系とは、
 通信衛星や放送衛星では送受信アンテナ、アンプ、分波合波、データ処理等を含むシステム系、リモートセンシング衛星では光学系、レーダー系、データ処理部等を含むシステム系をいう。
 バス系は
 ミッション系以外の軌道姿勢制御系や推進系、太陽電池パドル系、電源系、信号を処理し地上へ送受信するテレメトリコマンド系等から構成される、衛星の基本動作を司る部分である。

バス系は、世界・日本の衛星メーカーで汎用化されているのが一般的だ。
 日本を代表する衛星メーカーの三菱電機では「DS2000」というバスが、
 日本電気では「NEXTAR」というバスが汎用化されている。

 一方、ミッション系はこれまで汎用化されてこなかった。
 衛星のミッション系は、顧客のニーズに個別に応じてカスタマイズされ開発、製造される。
 少なからず新規技術開発要素を取り入れたいという顧客ニーズがあり、また汎用化するほどマーケットに需要がなかったためだ。

 構想されている通信衛星のミッション系汎用化では、アンテナ形状、使用周波数帯域、出力も自由に変更が可能だ。
 ソフトウェアで対応できる部分もあり、打ち上げ後の運用中に設定変更できるメリットもある。
 ミッション系の汎用化が進めば、衛星の製造スケジュールの短縮やコスト削減への期待がさらに高まる。



 今回紹介した世界の宇宙ビジネスは、ベンチャー企業、老舗企業、どの事例をとってみても獲得しているマーケットの規模をうまく活かしたものであるのが特徴だ。
 規模がないと実施が困難な事例でもあるといえる。

 では、日本はどうだろうか。
 次回では日本の宇宙ビジネスの最新動向を紹介しよう。

 ;第2回「月面探査レースにも参戦! 世界と勝負する日本の宇宙ビジネス」(仮題)は12月3日掲載予定です。
』 


ダイヤモンドオンライン 2015年12月3日 齊田興哉 [日本総研 総合研究部門マネジャー]
http://diamond.jp/articles/-/82623

「はやぶさ2」だけじゃない!
世界と勝負する日本の宇宙ビジネス

●2015年8月19日、宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機を搭載して打ち上げられた「H-IIB」5号機。日本のロケットの信頼性が国際宇宙ステーションの危機を救った(本文参照) 出所:JAXA

 小惑星探査機「はやぶさ」は、日本の宇宙開発に対して人々の大きな関心を集め、また勇気をもたらした。
 本日12月3日は、その後継機「はやぶさ2」が地球スイングバイを行う。
 これに合わせ、「宇宙ビジネス」を考察するシリーズの第2回目として、日本の注目すべき取り組みを紹介する。
 筆者の齊田興哉氏は、宇宙航空研究開発機構JAXAで人工衛星の開発プロジェクトに従事した経歴を持つ、宇宙航空事業の専門家である。

 本日12月3日、「はやぶさ2」が地球スイングバイを試みる。
 「はやぶさ2」は、あの「はやぶさ」に続く小惑星探査機であり、小惑星「Ryugu」(リュウグウ)の海水の起源や生命の原材料となった有機物の起源を探ることを目的としている。
 スイングバイとは、天体の引力を利用して、目的の惑星へ到達するために探査機の軌道を変更することである。
 スイングバイ後は、小惑星Ryuguの軌道に近い軌道に入り、2018年夏頃に到着する計画だ。

 さて、世界の宇宙ビジネスの最新動向を見た前回に続き、第2回では、日本の宇宙ビジネスの近年の動向と、その特徴を見ることにしたい。

 まずは、コスト競争力も含めて欧米と真っ向勝負する事例を紹介しよう。

■欧米と同じ土俵で真っ向勝負
低コストの新型ロケットと衛星開発

 日本のロケットは、欧米に比べ、マーケットの獲得においては大きく後れを取っているものの、打ち上げ成功確率などを含めた技術力は同水準である。
 そのため、日本は世界の競合に対して技術力を中心に真っ向勝負を試みている。
 宇宙航空研究機構JAXAは、「H-II」シリーズの後継となる新型基幹ロケット「H3」の概要を発表した。
 現在の主力である「H-IIA」に対し、衛星の搭載能力を、液体ロケットエンジンや固体ロケットブースターの基数により1.3~1.5倍とすることができるという。
 フェアリングも大型化するということで、大型衛星の打ち上げサービスにも対応が期待できる。
 また、設計の共通化などを図ることで、打ち上げ費用を50億円程度と現行よりも半減することが可能であり、世界有数のロケット打ち上げ会社であるULA(United Launch Alliance:ロッキード・マーティンとボーイングとの合弁会社)、アリアンスペース(Arian Space)社やスペースX(Space X)社に対しても十分にコスト競争力を発揮することができると期待されている。
 2020年には試験機1号機が打ち上げられる計画である。

●H3ロケットの概要とイメージ 出所:JAXA

 衛星についても、ロケットと同様である。
 やはり欧米に対してマーケットの獲得においては大きく後退しているものの、衛星の設計寿命、ミッション達成に関わる技術力などを活かし勝負している。
 三菱重工業は、衛星事業の経験は浅いものの、小型衛星事業に本格的に乗り出すという。
 小型衛星の開発から打ち上げ、運用までを総合事業化するとともに、小型衛星の運用による情報の収集、提供サービスについてビッグデータ処理を軸に事業化する。

 小型衛星は、大型・中型衛星に比べ開発・製造コストを大幅に削減することが可能であり、仕様や信頼性を適切な範囲に設定できる設計コンセプトなどを有していることがメリットである。
 また、比較的低価格である小型ロケットの活用や他衛星との相乗りによる打ち上げにより、打ち上げコストを大幅に削減することができる。
 そのため、プロジェクトが失敗した場合の損失も小さくて済む。
 小型衛星は様々な価格帯があるが、1機約10億円規模を1つの目安とすれば、民間企業を十分にターゲットにすることができる。
 民間企業が複数の衛星を打ち上げ、これらが連携するコンステレーション運用(*1)を行い、地上をセンシングするなどして、これを事業に生かす。

 このように、世界と同水準のコスト競争力を持つロケットや衛星の開発を、日本も進めている。一方、それとは別の方向で攻める動きもある。

■ 国際宇宙ステーションの危機を救った
 日本のロケットの高い信頼性

 2015年8月19日、宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機を搭載した「H-IIB」ロケット5号機が、打ち上げに成功した。
 これは、国産ロケットの高い技術力と信頼性を世界に大きくアピールした、非常に大きな出来事であった。
 宇宙ステーションは、滞在している宇宙飛行士の食料、科学実験や各種任務のために必要な機材、装置などの物資を定期的に届けることが必要不可欠である。
 2014年10月、米国のオービタルATK(Orbital ATK)社の「アンタレス」(Antares)、
 2015年4月、ロシア連邦宇宙庁の「プログレス」(Progress)、
 さらに6月、米国スペースX社の「ファルコン9」(Falcon9)が、宇宙ステーション補給機を搭載して打ち上げられたが、
 なんと3回連続失敗となってしまった。

 この危機的状況を回避したのが、日本の三菱重工業のH-IIBロケットであった。

「こうのとり」5号機を打ち上げたH-IIBロケット5号機(左)と、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングする「こうのとり」5号機(右) 出所:JAXA

 日本のロケットは、獲得しているマーケットの規模が小規模ながらも、ここぞという世界の危機的状況という場面で力を発揮し、存在力を高めている。

(*1)コンステレーション運用:一つのミッションを達成するために、複数機の衛星を軌道に投入し、協調して運用すること。

 そのほかにも、日本は、
 世界とは違った“衛星”の視点に立つロケットの改良
を進めている。

■欧米とはひと味違う新機軸
“衛星にやさしい”ロケット

 三菱重工業は8月28日、「H-IIA」ロケットの改良型を公開した。
 2段目ロケットに改良が加えられ、ロケットの飛行時間を延ばし、静止軌道近くまで衛星を輸送することを可能にする。
 これにより、衛星に搭載している燃料の消費を抑え、その寿命を延ばすことに一役買える“衛星にやさしい”施策を打ち出した。
 第1回でも紹介したが、これはカナダのテレサット(Telesat)社の通信放送衛星「Telstar 12 VANTAGE」を搭載したH-IIA29号機で活用され、11月24日、無事打ち上げに成功した。

●H-IIAロケット改良型(29号機)(左)と11月24日の打ち上げの様子(右) 出所:JAXA

 H-IIAの改良やH3ロケットなどで見られる新しいアイデアと、H-IIA、H-IIBの有する信頼性(高い打上げ成功率)、さらにロケットや地上設備の不具合による打上げ延期の確率が少ないことなどは、日本の大きな強みと言える。

 このような老舗企業だけでなく、ベンチャーでも“日本らしさ”を持つ施策を進める企業が存在する。

■スポンサーを得て月面探査レースに参戦!
ユニークな宇宙ベンチャー企業の登場

 ベンチャー企業ispace社率いる「HAKUTO」は、民間組織による月面無人探査を競う賞金総額3000万ドルの国際レース「Google Lunar XPRIZE」(XPRIZE財団主催)に出場する日本チームである。
 2016年後半には、HAKUTOチームの月面探査ローバー(写真参照)が米国から打ち上げられる予定だ。

●HAKUTOの月面探査ローバー
出所:ispace

 HAKUTOを運営するispace社は、日本橋三越本店、丸紅情報システムズと相次いでコーポレートパートナー契約を締結した。
 三越日本橋本店は、HAKUTOを応援する交通広告の継続掲載を行うほか、月面探査ローバーを操縦できる参加型イベントを実施している。
 丸紅情報システムズは3Dプリンタと3Dスキャナの技術の支援を行う。
 Zoffと日本航空ともコーポレートパートナー契約を締結した。
 同社のビジネスモデルは、Google Lunar XPRIZEという賞金レースに出場するHAKUTOに対して、企業からスポンサー契約を得るものだ。

 このビジネスモデルはF1レースに類似している。
 F1カーと同様、月面探査ローバーという技術力を結集した魅力のあるハードウェアやコンテンツを軸に、様々な企業からスポンサー契約をしてもらい、レースに挑み賞金獲得を狙うのである。
 一方、スポンサー企業はそのハードウェアやコンテンツに紐付けて自社の広告・宣伝を展開し、ブランディング、イメージアップなどを図る構造である。
 宇宙ビジネスの多くは、大きな資金を必要とすることから、なかなか参入が難しい。
 HAKUTOが展開するビジネスモデルを真似たり、応用したりする企業が多く出ることを期待する。

■“宇宙ゴミ”を除去してクリーンに!
スペースデブリ対策に取り組むベンチャー企業

 アストロスケール(ASTROSCALE)社は、数多くのスペースデブリ(*2)が存在する宇宙環境をクリーンにするという、社会貢献度の高いビジネスを構想するベンチャー企業だ。
コンセプトは、母機となる衛星から子機の小型衛星を射出し、除外対象の大型デブリに接着させて軌道を変え、1日程度で大気圏へ突入、燃え尽きさせるというものである。
 2017年に実証実験機打ち上げを予定しており、2016年後半には前段階として微小デブリ計測衛星を打ち上げる計画だ。

 スペースデブリの数は膨大であり、自国、企業が保有する衛星を保護したいという観点からビジネスの成立性はあるようだ。
 妨害する衛星を見付ける、追跡する、他国の衛星の動作からミッションを推定する、といった国の安全保障面でのビジネス展開も考えられる。

●デブリ対策衛星の実証実験機(左)と将来構想(右)。母機の衛星(Mother)からから子機(Boy)を射出する 出所:ASTROSCALE

(*2)スペースデブリ:役割を終えたり故障したりした衛星・ロケットやその部品、破片などの「宇宙ゴミ」。
 非常に高速で地球周回軌道を回っており、微小な破片でも人工衛星や宇宙ステーションに衝突すると大きな被害をもたらす。
 各国の宇宙利用の拡大とともに急増しており、大きな問題となっている。

 さらに衛星関連では、日本の大企業でも、技術力の高さで製品を一新させたり大幅な改良を重ねたりして、世界へアピールしようとしている。

■小型化、緻密さ、正確さ
“日本らしい”技術力でビジネス展開

 キヤノンは、実用的「Geイマージョン回折格子」の開発に成功したと報じた。
 これは天文台などに設定されている大型望遠鏡を衛星に搭載できるサイズまで小型化できる技術である。
 キヤノンによれば、天文台の大型望遠鏡に搭載されている高分散の赤外線分光器と同等の性能を持ちながら、分光器の体積を約64分の1まで減らすことができる。
 リモートセンシング衛星(*3)で高い分解能の画像を得るためには、回折限界などから光学系や分光器が大きな構造物となるのが実情であるが、この技術は、赤外線の周波数領域で活用するリモートセンシング分野に大きなインパクトを与えそうだ。
●キヤノンが開発した「Geイマージョン回折格子」。超精密加工技術により大幅な小型化を実現
出所:キヤノン

 また、シャープは、移動体衛星通信の低コスト化と信頼性向上に貢献する新型フラット型衛星アンテナを、米国カイメタ(Kymeta)社と共同開発すると報じた。
 船舶、飛行機、車両などに搭載されている衛星用アンテナは、回転機構により衛星からの信号を受信する可動式であるのが一般的であるが、このフラット型衛星アンテナは、可動構造なしにそのままの状態で設置すれば衛星からの信号を受信できる。
 構造が簡素化でき、小型で、高信頼性であるのが特徴である。
 日本の技術力の特徴ともいうべき“緻密さ”、“正確さ”を活用して宇宙ビジネスを展開する企業もある。

 カーナビゲーションにも見られるように、所在の位置情報の推定には衛星は必要不可欠である。
 GPS衛星などの測位衛星からの送信される信号を活用して、所在の位置情報を高精度に推定することができる。
 これに関し、パナソニックは、タブレットPC「TOUGHPAD」に内蔵するための高精度測位システムを開発した。
 1周波RTK-GNSS機能を活用して、条件により10cm程度の精度で測位が行えるという。
 また、従来にはなかった容易に可搬できるタブレット型であること、CPUとメモリーにより測位時間を大幅に短縮できること、などの特徴を持つ。
 この高精度測位システムは、高精度で自動運転が可能となるため、豪雪地帯の除雪作業やスマート農業などに活用できる。
 2015年12月には北海道岩見沢市で除雪作業の実証実験を行う予定だ。

(*3)リモートセンシング衛星:各種センサーを搭載し、地表や大気、海面の状況などを観測する人工衛星。気象観測、土地利用や水産業の管理、災害状況把握、資源探査、地図作成など利用範囲は広い。気象衛星や軍事用の偵察衛星もその一種。

■自動運転車も衛星と不可分
日本の技術力をアピールする機会に

 また、2015年5月にZMP社とディー・エヌ・エー(DeNA)社は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに自動運転無人タクシーの実用化を目指すことを発表した。
 さらに相次いで、三菱電機、トヨタ自動車、日産自動車が自動運転車の実演などを公開した。
 これらが測位衛星を活用するものであることは間違いなく、日本の「準天頂衛星」(*4)を活用したセンチメートル級測位技術を、世界にアピールするものになるだろう。
 また、そうした高精度測位技術から派生するカメラ、レーダー、センサー系のマーケットの成長も見込める。
 まだ法整備など課題は多いが、実現されれば既存のサービスの拡充、新サービスの創出が多くなされそうだ。

●準天頂衛星初号機「みちびき」 出所:JAXA

(*4)準天頂衛星:日本版GPS衛星である(GPSはもともと米国の軍事用システム)。
 日本を含むアジア・オセアニア地域において測位サービスを行う。
 2010年に初号機が打ち上げられたが、2018年にはGPS衛星と一体運用を行う4機体制が確立する予定。
 将来的には7機体制を整備し、GPS衛星に頼らず準天頂衛星のみで測位サービスを可能とする自律測位を実現することが計画されている。



 今回は、日本の宇宙ビジネスの最新事例を紹介した。
 前回見たように、世界の企業の宇宙ビジネスは、獲得しているマーケットの規模をうまく活かしたものであるのが特徴だ。
 これに対し、日本の場合は、マーケットの規模が小規模ながらも、うまく世界のなかでポジショニングを獲ろうというものだと言える。
 日本の宇宙ビジネスは、今まさに転換点にある。
 次回は、その課題を整理し、世界と戦うためにどのように進んで行くべきか検証したい。

 第3回「このままでは世界に勝てない 日本の宇宙ビジネスの課題と解決策」(仮題)は12月7日掲載予定です。



ダイヤモンドオンライン 2015年12月7日 齊田興哉・日本総研 総合研究部門マネジャー
http://diamond.jp/articles/-/82759

このままでは世界に勝てない
日本の宇宙ビジネスが抱える弱点


●12月7日、金星軌道投入に再挑戦する金星探査機「あかつき」(想像図) 出所:JAXA

 宇宙航空研究開発機構JAXAで人工衛星開発プロジェクトに従事した経歴を持つ筆者が、「宇宙ビジネス」を考察するシリーズ第3回。
 最終回の今回は、日本の現状と課題を整理し、その解決策と進むべき途を見る。

 本日12月7日も、宇宙に関して大きなニュースがある。金星探査機「あかつき」が、金星周回軌道への投入を再度試みる。
 「あかつき」は、金星の大気の動きを観測することを目的に2010年5月21日に打ち上げられ、ちょうど5年前の同年12月7日に金星周回軌道への投入を試みたが、これに失敗した。
 しかし今度は、不具合が発生している主推進エンジンは使わず、姿勢制御用エンジン8本のうち4本を使用して金星周回軌道投入へ再挑戦するのである。

  「日本の宇宙ビジネス」の進むべき途を考察するこのシリーズの、
 第1回では世界の最新動向、
 第2回では日本の最新動向を紹介した。
 第3回の今回は、日本の課題、そして解決策
を見ていこう。

■米国の宇宙予算規模は15倍
日本と世界の大きな隔たり

 日本と世界の宇宙ビジネスを比較したとき、どれくらい差があるのかご存じだろうか。まず、宇宙予算の規模をご覧いただきたい(図表1)。

 年によるばらつきはあるが、2014年度の宇宙国家予算では、
 米国約5兆円、
 欧州約6000億円、
 ロシア約5000億円、
 日本は約3000億円
の規模である。
 米国の予算は日本の約15倍、欧州は約2倍、ロシアは約1.7倍だ。
 主要国の宇宙予算と、日本のそれには大きな隔たりがあることがわかる。

◆図表1:日本と世界の宇宙国家予算の比較(2014年度)
*欧州は、欧州気象衛星機構(EUMETSAT)、欧州の軍関連の宇宙予算、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、ドイツ航空宇宙センター(DLR)、イタリア宇宙機関(ASI)、スペイン国立航空宇宙技術研究所(INTA)、イギリス宇宙局(UKSA)などの予算を考慮している事例もあるが、欧州宇宙機関(ESA)の予算とした。1ドル120円で換算。
出所:The Space Reportなどから日本総研作成

 次に、日本と世界のロケット打ち上げ機数のデータをご覧いただきたい(図表2)。

ロシア、米国は、年間約20~30回のロケットの打ち上げ機会を有している。
 つまり、1年間52週とすると、
 2週間に1回程度ロケットが打ち上げられている計算
になり、非常に高頻度であることが理解いただけると思う。
 一方で、日本のロケット打ち上げは年間1、2回程度、2014年のような多い年で4回というのが実情である。
◆図表2:世界のロケット打ち上げ機数の比較(2014年度)
*( )内は世界の打ち上げ機数に占める割合
出所:科学技術動向研究センター「2014年の世界の宇宙開発動向」から日本総研作成

 欧米、ロシアの宇宙関連民間企業は、このように潤沢な国家予算の活用や事業の機会に恵まれ、コスト競争力や人材育成などの好循環が生まれる環境下にある。
 そのため、第1回で紹介したような、日本では真似することができない宇宙ビジネスの事例、“力技”の施策が実行可能となるのである。
 現状、日本が欧米と同程度の予算規模を確保することは、困難と言ってよい。
 さらに、日本は宇宙開発において欧米、ロシアに比べ後発であり、既に世界の市場はそれらの国々によって囲い込みが行われてしまっているのが実情である。

■転換期にある宇宙ビジネス
変われない日本の実情

 日本の宇宙ビジネスは、主に政府主導のプロジェクトとして、技術開発を第1優先事項として推進されてきた。
 現在も、マーケット需要の大部分を官が占める“官需中心”の構造だ。
 だが、技術競争力においては欧米とほぼ同等となり、この“技術開発オリエンティッド”の宇宙ビジネスは終焉を迎えつつある。
 そして、世界では第1回で見たように、ベンチャー企業の台頭と民間事業の拡大・多様化、コスト競争力の重要性の拡大など、状況は様々に変化している。

 日本は今まさに、宇宙ビジネスの方向を変えるべき転換期にいるのである。
 しかしながら、大きく変わらないまま従来の延長線上にいるのが実情であろう(図表3参照)。

◆図表3:日本の宇宙ビジネスの変遷

 日本の宇宙ビジネスが変われない、その理由は何だろうか。
 筆者の宇宙航空研究開発機構JAXAでの衛星開発の経験やコンサルティングの経験を踏まえ、以下の3つを挙げたい。

(1)民間企業が政府依存体質であること
(2)日本の宇宙ビジネスが閉鎖的な構造であること
(3)民間企業が宇宙ビジネスを展開する上で具体的な戦略、戦術が不明であること

 この3つの課題を挙げた根拠について、示していこう。
 先述の通り、日本では従来より、性能を追求する技術開発が政府主導で実施されてきた。政府が、米国・欧州で計画されている、もしくは実績のあるロケットや衛星の、最先端の技術動向について情報収集し、日本で取り込むべき、あるいは取り込むことが可能な技術を決定し、仕様として落とし込む。
 民間企業はその仕様に基づき、開発を進める。
 欧米に追い付くために必要な技術開発要素が数多くあったことから、この開発スタイルが長年継続されてきた。
 結果として、民間企業はおのずと提案型ではなく受身型の仕事が多くなり、現在の政府依存体質が構築されたと考えている。

 また、宇宙に関わる技術情報は非開示扱いとなることが多く、加えて性能を追求する技術開発スタイルでは、その技術を把握する企業のみが事業を担当するため、関係する企業も限られる環境となる。
 そうした環境下で長年、検討や調整が行われたことにより、閉鎖的な構造となっていったと推測する。
 さらに、失敗の許されないロケットや衛星の技術開発において、リスク管理上、成功実績のある設計やプロジェクト運営・管理手法の経験などが踏襲され、変更することはありえない形となった。
 しかし、欧米と同水準の技術を保有したことにより、技術の性能追及の必要性が希薄になり、ビジネスとして展開することがより重要な時代になった今、こうした政府依存型の民間企業や閉鎖的な業界構造が大きく変われないままで、どのように宇宙ビジネスを進めるのか、不明瞭な印象を持つ。

■政府依存と閉鎖的構造を打破し
コスト削減のための技術開発を

 これらの状況を打破する、解決策はないのだろうか。

 (1)の民間企業の政府依存体質、
 (2)の閉鎖的構造については、
主に民間企業のマインドによるところが大きい。
 しかし、マインドを変えるのは容易ではない。
 まずは、新しい考えや文化を取り入れることが重要だ。
 そのためには、技術部門はもちろんのこと、営業・企画部門についても、他業界との人材交流や登用などを積極的かつ柔軟に実施していくべきであろう。
 それも個人で行うのではなく、採用制度、人事評価制度、教育プログラムなどを制度的に整備し、組織的にある程度、強制感を持って実施する必要がある。
 これは、民間企業にとって手間はかかるが有効な策ではないだろうか。
 これにより、民間事業に必要な、事業性を第1優先に考える“ビジネスオリエンティッド”な思考の強化、事業における意思決定力やそのスピード力の向上、提案型のビジネス展開、さらには、企業の事業部間、企業間のチームワーク力などが強化されるだろう。

(3)の戦略・戦術の不明については、
 端的に言えば事業戦略を立てることに尽きる。
 例えば、以下のことが言えるのではないか。

1」:性能追及型の技術開発に加えて、コスト削減のための技術開発が必要である。
 技術水準が欧米と肩を並べることができた現在、ビジネスとして展開するためにはコスト競争力を高めることが重要である。
 例えば、設計、開発、製造、試験、審査、運用などの各工程で、民間事業として最適化できるポイントを徹底的に検討し、大きな設計変更を伴わないようハードウェア、ソフトウェアや工程などを含めたコスト削減に関連する技術開発を、今まで以上に注力して行う必要があると考える。
 第2回で紹介した、JAXA等が進める「H3」ロケットの開発は、まさにコスト競争力を高めることを主眼としたものだ。
 このような取り組みをロケットのみならず、衛星、地上システム(ロケットや衛星を追尾したり信号を送受信したりするための装置系)、さらには、宇宙に関わる装置・機器、部品のレベルまで広げる必要がある。

■“日本らしさ”で差別化し
新たなマーケットを開拓する

2」:技術およびサービスに“日本らしさ”を取り入れた差別化、付加価値化の方策が必要である。
 国家予算、ロケットの打ち上げ数など、欧米と前提条件が異なるなかで、マーケットシェアの獲得は現時点では難しい。
 日本は、“日本らしさ”での付加価値化、差別化を図るべきと考える。
 カナダ・テレサット社の通信放送衛星を搭載して11月24日に打ち上げに成功した“衛星にやさしい”改良型ロケット、「H-IIA」29号機の事例は、まさにこれを象徴するものではないだろうか。

 その他、同じく第2回で紹介したキヤノンの実用的「Geイマージョン回折格子」の開発、シャープの「フラット型衛星アンテナ」、パナソニックの「高精度測位システム」も、良い事例だ。
 これらには、高い技術力を応用した小型軽量化、信頼性向上など、日本の緻密さ、正確さを強みとした、世界とは異なる付加価値化、差別化の形が表れている。

3」:まだマーケットとして拡大の余地のある、宇宙を利用したビジネスへいち早く参入する。
 宇宙を利用したビジネス展開の重要性について、近年日本では盛んに言われている。
 宇宙利用という言葉の定義が広く曖昧ではあるが、大きく以下の3つのケースがあると考えている(図表4)。

◆図表4:宇宙を利用したビジネス

 これらはビジネスとして多様性に富んでおり、まだマーケットの規模も確立していない。
 こうした宇宙を利用したビジネスは、日本の“老舗企業”に限らず、他業界の民間企業の参入も十分可能な領域となり得る。
 従来のロケット・衛星マーケットのように、欧米・ロシア先発による囲い込みとならないよう、日本先発のマーケットとして展開していくことも重要である。
 これにより、宇宙と関連しなかった業界、企業にもビジネスチャンスが生まれる可能性がある。

 三菱電機などが進める自動運転技術は、準天頂衛星のセンチメートル級測位サービスを活用したものであり、加えて派生する各種センサー、画像処理、人工知能などのビジネス展開も期待できる(第2回参照)。
 これも宇宙を利用したビジネスを象徴するものである。

■欧米と同じ土俵で勝負するのではなく
日本特有の宇宙ビジネスを展開すべき

  「米国・欧州に追いつけ、追い越せ」と真っ向勝負を挑み、勝利せよという世論が少なからずある。
 しかし、冷静に考えてみれば、米国、欧州などに対して同じ土俵で勝負する必要があるだろうか。
 予算や人員が潤沢な米国、欧州が実施する、“力技”の施策に対して勝負するのではなく、今回示した“日本らしさ”を活かし、異なる土俵でビジネスを展開する。
 そのほうが重要であり、日本特有の付加価値のある宇宙ビジネスを世界にアピールすることが可能であると考える。


 そうして初めて、米国、欧州、ロシアに何らかの形で対抗する基盤が出来上がるのではないだろうか。









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