2015年10月27日火曜日

アジアをめぐる日本と中国の綱引き(1):アジアのインフラ建設競争、中国の一帯一路と日本の思惑

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ニューズウイーク 2015年10月26日(月)16時40分
遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-4029.php

安倍首相中央アジア歴訪と中国の一帯一路


●成果は? モンゴルに立ち寄った後、安倍は中央アジア5カ国を歴訪した

 安倍首相が中央アジア諸国を歴訪している。
 ここはソ連崩壊後、中国がいち早く手を付け、今日の一帯一路構想を築くに至った、いわば「中国の縄張り」だ。
 中国の見解と日本の立ち位置、および中央アジア諸国の心理を考察して、今後の日本のあるべき姿を模索する。

■中国の中央アジア政策と実績

 1991年12月25日に旧ソ連(ソビエット連邦社会主義共和国)が崩壊すると、中国は直ちに旧ソ連から分離独立した中央アジア諸国を歴訪し、国交を結んだ。

 なぜなら世界一長い国境線を有していた中国と旧ソ連は、1950年代後半から対立を始め、60年代には表面化していたからだ。
 1969年には軍事衝突を起こし、中ソ国境紛争にまで発展していたので、そのソ連の崩壊を中国は歓迎した。

 そして分離独立した15の国のうち、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、キルギス(キルギスタン)およびトルクメニスタンを「中央アジア」と位置付け、電撃的に訪問するのである。国境線を固めるためだ。

 その電撃ぶりを、まず見てみよう。

 年が明けるのを待ちかねていたかのように、1992年の1月2日にウズベキスタンを、3日にカザフスタン、4日にタジキスタン、5日にキルギスタン、そして6日の午後、最後のトルクメニスタンを訪問して国交を結び署名した。
 同時に少なからぬ貿易協定も結んでいる。
 一日一国の割合で、「総なめ」したのだ。

 これらの国は、すべてその昔、シルクロードの沿線上にあった、中国にとっての「西域(さいいき)」である。
 まるで「ここは私の陣地」と言わんばかりの「唾付け」であった。

 中央アジア5ヵ国は、経済発展する中国の東海岸とヨーロッパの谷間にあり、そうでなくとも経済破綻もしていた旧ソ連のあおりを受け、不安なスタート点に立っていた。
 また安全保障的にも心もとない。しかし、この地域には石油や天然ガスなど、中国にとって喉から手が出るほど欲しい宝が埋蔵されている。

 それを心得ている中国は、90年代半ばになると膨大な投資を開始し、新疆ウイグル自治区の油田と結び付けて、中国全土にパイプラインを敷く巨大プロジェクトに着手し始めた。

 中央アジア一帯はまた、民族が複雑に絡み、新疆ウイグル自治区にいるウイグル族とともに民族分離独立運動や宗教問題など、安全保障に関しても中国と利害を共有している。

 そこで1996年に上海ファイブという協力機構を設立し、それがこんにちの上海協力機構の前身となっている。
 2001年に上海で第一回の会議を開催したので「上海」という名称がついているが、「上海=ビジネス」から連想する経済協力機構ではなく、安全保障機構として設立されたものだ。
 現在は経済貿易に関しても協力している。

参加国は中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの6カ国だが、オブザーバーとして、多くの周辺国が参加を希望したり、様子見をしたりしながら待機している。

 中国は胡錦濤政権時代から重慶をスタートラインとし、ウイグルを経由して中央アジアを結ぶ経済圏を「新シルクロード経済ベルト」と称して、新たな構想を動かしていた。

 筆者はかつて中国の西部開発における人材開発に関する業務に関わっていたので、早くから中国のこの動きに接していた。
 そのため何度か新シルクロード経済ベルトに関して発信してきたが、日本では誰も関心を払わず、
 「遠藤一人が新シルクロード経済ベルトなどということばかり言っているが、何のことだか...」
といった反応しかなかった。
 2014年4月に日経ビジネスオンラインで、「いま、ドイツと北京を直通列車が走っている」という(編集者が付けた)タイトルで、習近平政権の新シルクロード経済ベルトに関して発信したが、それでも関心を示したのは某テレビ局BSの某番組だけだった。
 このコラムのタイトルを付けたときも、筆者がつけた「新シルクロード経済ベルト」という単語を含むタイトル名を編集者が変えたのは、そのような単語を知っている日本人はいないだろうという配慮からだった。

 言いたいのは、日本はそれくらい、「中央アジアと中国」がどれだけ緊密に結びついて動いているかに関して、注目しようとはしてこなかったということである。

 新シルクロード経済ベルトが日本で突然脚光を浴びたのは、2014年11月に北京で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議で、習近平国家主席がAIIB(アジアインフラ投資銀行)とともに「一帯一路」という言葉を用いて、「21世紀の陸と海の新シルクロード構想」を提唱してからのことだ。

 その間、中国は着々と中央アジアに陣地を固め、2014年における貿易額は450億米ドル(約5兆5千億円)に達しており、2014年12月、李克強首相がカザフスタンを訪問し、一国だけでも300億米ドル(約3兆6千億円)の投資額に相当するプロジェクトに調印している。
 中国は、この一帯は「自分の縄張り」とみなしているのである。
 そして首脳級の会談を頻繁に行っている。

■安倍首相のモンゴルおよび中央アジア歴訪の意義

 これに対して、日本はようやく本格的に動き始めた。

 安倍首相は10月22日からモンゴルをスタートとして、中央アジア各国を歴訪し始めた。
 50社ほどの日本企業を同行させ、インフラをはじめ、医療やレアメタルの経済交流で中国を牽制するだけでなく、安全保障問題での存在感も示す方針だと、日本のメディアは伝えている。

 モンゴルとレアメタルに関して協議したことは評価される。
 また中央アジア5ヵ国には、天然ガスや石油だけでなく、レアメタルやレアアース(希土類)など、非常に豊富な地下資源が埋蔵されている。
 安倍首相がアベノミクスを進める上で、これらの国々と接触を持つことは有意義なことだろう。

 ただ、そもそも日本の首相が中央アジアを訪れるのは9年ぶりで、特にトルクメニスタン、タジキスタン、キルギス訪問は初めてのことだ。

 筆者が日本政府関係者に、それとなく中央アジアの重要性を伝えたのは、90年代末のことだ。
 ようやく日本政府が動き始めたのは2004年で、当時の川口外務大臣が「中央アジア+日本」という対話の枠組みを立ち上げた。
 2006年になると当時の小泉首相がカザフスタンとウズベキスタンを訪問したが、それきり中央アジアへの首相訪問はほぼ途絶えていた。
 一方、「中央アジア+日本」の外務大臣級の対話はその後毎年ではないものの、引き続き行われており、昨年7月にキルギスで開催された第5回の外相会合には、岸田外務大臣が参加している。

 また今年の3月には「中央アジア+日本」対話の第9回高級実務者会合に参加するため、中央アジア5ヵ国の外務次官が訪日した。

 か細い絆ではあるものの、中央アジアとまったく縁がないわけではない。
 しかし「本格化」するのが、いかにも遅すぎる。

■中国はどう見ているか

 10月23日の環球網(中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版)は、アメリカのブルームバーグ(Bloomberg News)の報道を借りて、
 「2014年の中国の対中央アジア投資は380億米ドルに達しているが、
 かたや日本は20億米ドルに過ぎない」
と報道している。
 日本はインドネシアの高速鉄道で失敗したので、その損失を埋め合わせるためにも今回の中央アジア歴訪に力を入れていると分析している。

 同日の人民日報は「中国経済網」に載った論評を転載する形で
 「中国は日本よりもっと強い。安倍が中央アジアに賭け事で金を賭けても対抗はできない」
という論評を載せている。

■今後、日本が進むべき道は?

 今般、安倍首相はトルクメニスタンに2兆2千億円規模の経済協力を目指すことを決定し、タジキスタンではバッタのモニタリングや駆除などに約6億円のODA(=政府開発援助)の拠出をすると伝えている。

 なにも中央アジアは中国の地盤と決まっているわけではないから、そこに向けて動き始めたのは悪いことではない。
 特に日本国民に利益をもたらすビジネスを展開するのは歓迎すべきだろう。

 しかし、あの巨額の「ばらまきチャイナ・マネー」に対して、日本も「金」で、というのは控えた方がいい。

 「大河の一滴」に相当する効果があるのなら、チャイナ・マネーの「大河」に「一滴」のジャパン・マネーを注ぐのも悪くなかろう。
 しかし現状では「金額」で勝負に出ても日本国民の利益につながるとは思いにくい。
 金で勝負するなら、中国はもっと巨額のものを注ぎ、中央アジア諸国は漁夫の利を狙うだろう。

 そういうことではなく、遅すぎたとはいえ、技術提携とか安心といった、中央アジア諸国の心理を読むことが不可欠だ。

 かつてはソ連に併合され、今は中国の属国になりそうなこれらの国々は、その意味での、ある種の「不安」も抱えており、新たな「光」を求めているはずである。

 中央アジア5カ国は、旧ソ連という「共産主義政権」の下で苦しみ、そこから独立した国々である。

 今はロシアとも、共産主義政権の中国とも仲良くやってはいるが、彼らのメンタルとして「共産主義」が好きだろうか?

 そのことに注目するといい。

 現に日本時間の25日、ウズベキスタンのカリモフ大統領は日本の関与を「最も透明で効率的な動きをしている」と高く評価している。

 また多くの民族や宗教が入り混じっているため、安全保障を確保する目的で、前述したように中国と上海協力機構を構成している。
 中国にとってはウイグル人の反乱を抑えるためにも利用しているが、中央アジア諸国の多くは、乱れを生じさせないために、実はかなり大統領権限が強い共和制を布いている。

 以上の要素を複合的に考慮し、これからは首脳同士の接触を緊密にして、「金」ではなく、日本の最先端技術とさまざまな「安心」における協力を進めていくといいのではないだろうか。



JB Press 2015.10.27(火) 筆坂 秀世
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45086

これが世界の現実だ
~日本の安保法制に真正面から反対する国は1つもない

 先の通常国会は、安保法制を巡って、とにもかくにも大いに盛り上がった。
 国会外では、60年安保以来とも言えるほど、安保法制に反対する人々が集結した。
 民主党の岡田代表や共産党の志位委員長、生活の党の小沢代表、社民党の吉田党首らが、国会前の集会で声をからして、「戦争法を廃案に」と訴えた。
 共産党や社民党は、その後も「戦争法を廃止」とこぶしを振り上げ続けている。
 だが国会前に集結した人々の熱は早くも冷め始めているようだ。

 ネット上で見た、北海道のある組織によるデモ行進は、8月には500人参加していたが10月には7人ほどしか参加者がいなかったという。
 「ふるえて眠れ、自民党」という横断幕を掲げているが、参加者が寒くて震えていたのではないかと心配になる。

 共産党の「国民連合政府」の提案を、朝日新聞や毎日新聞は大きく報道したが、予想通り、遅々として進んでいない。
 本来なら、あれだけの運動があったのだから、国会内の力関係で法案は成立したとはいえ野党がもっと元気になってもよさそうなものだが、そうはなっていない。

■安倍首相、5カ国訪問で成果着々

 その一方で安倍首相は、10月22日から28日までの日程でモンゴルやトルクメニスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタンの中央アジア5カ国訪問を行っている。

 トルクメニスタンでは、産業高度化のための日本企業への期待が表明され、事業規模総額2兆2000億円に上る案件に合意がなされた。
 タジキスタンでは、給水の改善のため2億6500万円の無償資金協力に合意し、大いに歓迎された。
 ウズベキスタンでは、医療施設の改善のため6億8600万円の無償資金協力に合意した。

 中央アジアは、天然資源を豊富に産出し、ユーラシアの中心に位置する重要な地域である。
 これらの国々との協調関係を強化したことの意義は大きい。

 安倍首相は、これらの国々で安保法制や積極的平和主義について説明を行ったそうだ。
 反対の声などは、もちろんどこからも聞かれなかった。

■安保法制に反対する国は1つもない

 そもそもアジアでも安保法制に反対する国など1つもない。
 まず東南アジア諸国はどうか。

 フィリピンのアキノ大統領は9月22日、ABS-CBNテレビとのインタビューで、日本で安全保障関連法が成立したことについて、
 「平和維持活動などさまざまな活動で(日本は)より優れたパートナーになった」
と歓迎した。
 さらに、
 「ある時点で非常に攻撃的だったからといって、権利を抑制されるべきだろうか」
と述べ、日本の安保法制を擁護している。

 ベトナムのズン首相も「高く評価する」と述べた。

 マレーシアのナジブ首相は、「日本の積極的平和主義の下での貢献への歓迎」を表明している。

 ラオスのトンシン首相は、
 「日本が地域と国際社会の平和の促進に多大な貢献をしていることを賞賛する」
と述べている。
 どの国も安保法制を高く評価しているのが現実である。

 アメリカ政府が歓迎していることは言うまでもない。
 国務省報道官は、
 「地域および国際社会の安全保障に係る活動につき、積極的な役割を果たそうとする日本の継続した努力をもちろん歓迎する」
と述べている。

 またドイツのメルケル首相は今年6月の日独首脳会談で、安倍首相の安保法制の説明に対して
 「日本が国際社会の平和に積極的に貢献していこうとする姿勢を100%支持する」
と述べている。

■中国や韓国はどうか

 中国は、5月14日の中国外交部定例記者会見で、報道官が質問に答えて、
 「歴史の教訓をきちんと汲み取り、平和発展の道を堅持し、我々が共に暮らしているこのアジア地域の平和と安定、そして行動発展のため、多くの積極的かつ有益なことを成し、多くの積極的かつ建設的な役割を果たしていくことを希望する」
と述べているだけで、こぶしを振り上げて反対するような態度はとっていない。

 韓国も、朝鮮半島有事の際に韓国政府の承認なしに日本が集団的自衛権を行使することがなければ、おおむね反対はしないという姿勢を示している。

 つまり、正面から反対し、批判している国はないのである。
 安保法制反対派は驚くかもしれないがこれが世界の現実というわけだ。

■共産党が絶対に損しない「国民連合政府」構想

 野党の中で、野党らしく頑張っているのは共産党だけだ。
 上手くいくとは到底思わないが、「戦争法廃止、立憲主義を取り戻す」の1点で結束する「野党連合政府」構想は、それなりに考え抜かれたものだと思う。

 まずタイミングがよかった。
 一強多弱の政党構図の下で、野党の中で相対的に共産党の比重が高まっており、民主党などもまったく無視するわけにはいかない状況にあるからだ。
 これまで何度も暫定政権構想を発表してきたが、まったく無視されてきた過去とは、この点が大きく違っている。

 この提案の最大の特徴は、どう転んでも共産党は絶対に損をしないということにある。
 共産党は、自衛隊活用、日米安保凍結という方針も打ち出した。
 別段、特別のことではない。
 これまでも言ってきたことである。
 大方針転換のように言われているが、実はそんなこともない。

 共産党は、自衛隊についても、日米安保についても、
 「国民の合意があれば、自衛隊を解消し、日米安保を廃棄する」
と言ってきた。
 しかし、こんな国民合意など、まずほとんど考えられない。
 このことは共産党も百も承知のことである。
 つまり、自衛隊活用、日米安保凍結という方針にならざるを得ないのである。
 ただそれだけのことだ。

 安保法制反対派からは、当然のように共産党の方針に歓迎が表明されている。
 決断を迫られるのは他の野党である。
 民主党内には、共産党との選挙協力に、選挙に強い議員を中心に否定的な声があるようだ。
 だが共産党との選挙協力なしに、今の民主党が自民党と対抗できるのか。
 無理であることが目に見えている。
 それどころか、協力しなければ安保法制反対派からの批判を受けることになるだろう。

 だが共産党は、「自らの主張をいったんは棚に上げても、安保法制廃止のために頑張った」という評価を受けるのである。
 選挙協力が実現しなくとも、おそらく共産党は次の国政選挙でも票を伸ばすことになるだろう。
 実に賢明な提案なのである。

■あきれるしかない維新の党の分裂劇

 維新の党の分裂劇には、あきれる他はない。
 この党の離合集散は珍しくない。
 2014年6月には、石原慎太郎氏らの次世代の党と日本維新の会に分党している。
 同年9月には、江田憲司氏率いる結の党と合併し、維新の党となった。
 そして今回の分裂劇である。

 この人の発言を信じたことはないが、「政界を引退する」と明言した橋下徹大阪市長が今回も指揮をとって「おおさか維新の党」を作った。
 新代表は、馬場伸幸前国対委員長である。
 橋下氏の場合、何を言ってもどんでん返しがある。
 要するになんでもありなのだ。
 東京組と大阪組が互いに批判し合っているが、結局、中身は政党交付金の奪い合いなのだから程度の低い喧嘩である。

 橋下市長は、「永田町組の子ネズミ連中がまた飲み食いに使うから」と言って、政党交付金の振り込まれた銀行口座の預金と印鑑を持っている。
 しかし、「大阪組で前国対委員長の馬場伸幸衆院議員の金遣いの荒さが大問題になっているのだ。
 なんと毎月300万円もの党のカネを使って、連日連夜、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎをしていたという」(10月3日付「日刊ゲンダイ」)との報道もある。
 こんな人物が代表なのだから、「おおさか維新の党」も人材がいないということだ。
 そう言えば、上西小百合という人騒がせな議員もいた。

 橋下氏が言うことにただただ従う議員だけを集めると、こういうレベルの低い人材しか集まらないということであろう。
 こんな党がいつまで存在し続けるのだろうか。そう長くはないような気がしてならない。

 それにしても安倍首相はついている
 こんな野党ばかりなのだから。



ニューズウイーク 2015年10月29日(木)17時45分 河東哲夫(本誌コラムニスト)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-4046.php

中央アジアを制するのは誰か、
安倍歴訪の語られざる真意
ロシアの下腹、中国の裏庭で日本は何を目指す? 
地政学上の要衝5カ国と日本が手を組む真の理由

 安倍晋三首相の中央アジア訪問が佳境だ。日本のマスコミでは、トルクメニスタンなど同地域での受注総額2兆円に上る資源・エネルギー関連大型プロジェクトの話題でにぎわっている。
 くれぐれも先方の支払い能力を見定めて進めてほしいものだが、そうした経済面だけでなく、ここではこの訪問の政治的な意味も吟味してみよう。

 「ユーラシアの心臓部を制するものは世界を制する」
と、イギリスの地政学の祖ハルフォード・ジョン・マッキンダーが言うように、19世紀からロシアはインド洋へ南下を策し、イギリスと中央アジアで覇を争った。
 今またここは、中ロ米間の新たなグレート・ゲームの地になったと、まことしやかに言われる。

 中央アジアの南半分は農耕地帯で、古代からペルシャ諸王朝の要衝として古い歴史を持つ。
 19世紀にロシアの支配下に入り、ソ連崩壊とともに中央アジア5カ国として独立した。
 5カ国は今、人口は合わせて6700万弱、GDPは3400億ドル弱。
 内陸のため輸出入とも輸送費のハンディがある。
 政治では中世以来の権威主義、経済ではソ連時代の集権制が根強く残る。

 中央アジア諸国は今、中国マネーに引かれる。
 習近平(シー・チンピン)国家主席の下、中国は「一帯一路」を標榜し、シルクロード基金(資本金400億ドル)やアジアインフラ投資銀行(AIIB。資本金1000億ドル)をつくって、何でも融資するとの構えを見せる。
 中央アジアを旧ソ連の中で残された数少ない勢力圏と考えるロシアも、当初中国に抵抗したものの、3月にはAIIBに参加を表明し、中国マネーをむしろ利用する方向に転じた。

■中ロに物申せる手助けを

 中国は中央アジアを支配したことはない(チンギス・ハンはモンゴル人)。
 中央アジアは中国に文化的親近感を持たず、エリート層にはロシア語やロシア留学が相変わらず幅を利かせる。

 タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンと接するアフガニスタンには、イスラム原理主義勢力タリバンがはびこる。
 ロシアはタジキスタンに兵力1個師団を保持し、集団安全保障条約機構(CSTO)により緊急展開できる空挺軍も有し、中央アジア諸国にとって最後の頼みの綱になる。

 一方、中国がやっていることは、一昔前の日本の「小切手外交」にも似て、経済不振に陥ると「金の切れ目が縁の切れ目」になりかねない。
 ユーラシア横断鉄道建設構想のような大風呂敷も、中央アジア諸国間の不和などで、一向に進まない。

 現代の中央アジアはユーラシアの心臓部ではないし、日本の死命を制するところでもない。
 それでもロシアの下腹、中国の裏庭に相当する位置にあり、そこに大きな独立勢力があると、日本にとって大事な相手になる。

 中央アジア諸国の独立以来、日本はこれまでに4000億円強のODA(政府開発援助)を供与し(多くは借款)、インフラを造り、日本語教育も奨励してきた。日本人が歴代総裁を務めるアジア開発銀行(ADB)も日本を上回るほどのインフラ融資をしてきた。

 今回、安倍首相が中央アジアを訪れたのは、中央アジア諸国の発展を助け、独立性をますます強化し、ASEAN(東南アジア諸国連合)のような緩い結合体として大国にも物申せる手助けをする、ということだろう。
 独立国家である中央アジア諸国がいずれの大国にも依存し過ぎないように、日本はオプションを提供するというわけだ。

 日本は中ロにむきになって対抗する必要はない。
 中国のAIIBやシルクロード基金と日本の国際協力機構(JICA)が協調融資することもあるだろう。
 実際、日本のODAでロシア製トラクターを購入して中央アジアに供与したこともある。
 ロシア製品は安くて頑丈だし、中央アジア諸国の農民が使い慣れ、修理体制があるからだ。 

 中央アジア諸国の独立性と一体性を促進する。
 それは中央アジア諸国自身の利益、そしてそのまま日本の利益。両者の利益は一致している。

[2015年10月 3日号掲載]



現代ビジネス 2015/10/31 06:03 歳川隆雄
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46152

安倍首相「3兆円投資」で中国に勝つ!
~中央アジア歴訪は、対中包囲網のための重要な一手だった

■「3兆円超の事業創出」の大きな意味

 安倍晋三首相が中央アジア5ヵ国・モンゴル歴訪から帰国した
 10月28日の『産経新聞』(同日付朝刊)は、1面に「3兆円超す事業創出―首相、中央アジア政策発表」の見出しを掲げ、同5面に安倍首相の政策スピーチ要旨を掲載した。

 『毎日新聞』を除く他紙は、安倍首相が27日夕、最後の訪問国カザフスタンの首都アスタナで行った講演内容を報じなかった。
 講演に先立ち同行記者団と宿舎で行った内政懇談についての報道だけだった。

 だが、首相スピーチの中の
 「日本は中央アジアの自立的な発展を官民で連携して支えていく。
 民間企業の意欲はすでに高まっている。
 日本政府も公的協力、民間投資の後押し、インフラ整備、人づくりを支援する。
 今後、3兆円を超えるビジネスチャンスを生み出す」
の件は重要である。
 なぜ、他紙が詳報しなかったのか、理解に苦しむ。

 そもそも、日本の首相が中央アジア5ヵ国(トルクメニスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタン)を訪問したのは初めてである。
 小泉純一郎首相(当時)が2006年にカザフスタンとウズベキスタンを訪問しただけであった。

 安倍首相の5ヵ国訪問は、伝統的にロシアの影響力が強く、近年は中国の経済面での影響力が増大している同地域での日本の存在感を改めて示す絶好の機会となった。
 隣接するアフガニスタンや中東からテロ・過激主義の浸透防止が同地域の安全保障面での課題である現状からすれば、非エネルギー資源生産国であり、同時にアフガニスタンと約1400kmも長い国境で接するタジキスタン訪問の持つ意味は大きかった。

 キルギスは同地域随一の民主主義国家であり、議会重視の国家運営を行っている。
 だが、皮肉なことに5ヵ国中最も人口が少ないうえに主要産業は牧畜・農業で1人当たりのGDPも僅か1,299ドルと貧しい。
 同国はタジキスタンとカザフスタン同様に中国と国境を接しているため、同国経済支援は中国への牽制になるのだ。

 そして豊富な天然資源を持つトルクメニスタン(天然ガス埋蔵量は世界第4位)、ウズベキスタン(石油、天然ガス、ウラン、金などが埋蔵)、カザフスタン(ウラン埋蔵量は世界第2位、石油、レアアースなどが埋蔵)の3ヵ国については、特に運輸・物流インフラの全般的な老朽化による膨大な更新需要、そして電力・通信・交通などの新規インフラ開発による特需が見込まれている。

 このようなビジネスチャンスから、安倍首相の中央アジア5ヵ国・モンゴル歴訪に、民間企業関係者が約100人も同行したのだ。
 それだけではない。
 伝統的に親日的な同地域の中でもウズベキスタン訪問では、安倍首相が首都タシケントにあるナヴォイ劇場を訪れたことは特筆に価する。

 1947年に完成した同劇場は、旧ソ連によって45年夏にウズベキスタンに抑留された日本陸軍元工兵457人が創り上げたものだ。
 この史実については、経済ジャーナリスト、嶌信彦氏の近著『日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた』(角川書店)に詳しく紹介されている。

■海外インフラ売り込みで中国と戦えるのか

 ところで筆者が安倍首相の政策スピーチ、取り分け「3兆円超の事業創出」に関心を抱くには理由がある。
 この間、インドネシアの高速鉄道建設(ジャカルタ~バンドン間約140km)受注を中国に取られたと書き立てられた。

 その後も、習近平国家主席の訪英時に英国の原発・高速鉄道建設に中国が約7兆円投資すると言明、さらにメルケル独首相の訪中時に中国が欧州エアバス航空機を2兆円で購入することが発表された。

 中国の"一人勝ち"的な報道があまりにも目に付くためか、気落ちしている向きが少なくない。
 しかし、この度の中央アジア5ヵ国での3兆円ビジネスに加えて、他にも朗報があるのだ。

 先ず、マレーシア高速鉄道(クアラルンプール~シンガポール間約350km)建設である。
 このプロジェクトも中国が年内に正式発足するアジアインフラ投資銀行(AIIB)資金供与を餌にしてプッシュしてきたが、どうやら日本連合(JR東日本、住友商事、三菱重工)が中国を破って受注する可能性が高くなった。
 総事業費1兆3,000億円だ。

 さらに米テキサス州の高速鉄道(ダラス~ヒューストン間約350km)建設は、JR東海の100%子会社の米日高速鉄道社(USJHSR)が州政府と契約合意に達したうえに、日本の新幹線(N700系)をそのまま導入することが近く発表されるというのだ。
 こちらは、総事業費2兆4,000億円で、JR東海、三井物産、日立製作所がタッグを組む。
 海外インフラ売り込みは、まずまずの成績を収めているのだ。



サーチナニュース 2015-11-27 06:32
http://biz.searchina.net/id/1595361?page=1

インフラ整備の争奪戦が始まる 
勝つのはADBか、AIIBか

 中国が主導し、設立されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)は、その名のとおりアジアのインフラ整備のための資金を提供する国際金融機関だ。
 だが、中国が事実上の拒否権を握るなど、中国がアジアでの影響力を拡大するための機関となるのではないかという懸念は払拭されていない。

 日本はAIIBへの参加を見送る代わりに、アジアのインフラ整備に向けて1100億ドル規模の資金を投融資する計画だ。
 一部では、中国のAIIBに対するけん制ではないかとの見方もあるなか、中国メディアの和訊網は22日、
 「日本がアジア地域に対する資金提供を拡大することで、アジアにおけるインフラ整備の争奪戦が始まる」
と伝えた。

 記事は、AIIBには米国および日本は参加していないことを紹介する一方で、米国の同盟国であるはずの英国やフランス、ドイツ、オーストラリアなどがいずれも参加したことを指摘し、米国の影響力が低下しているとの見方を示した。

 さらに、日本が主導するアジア開発銀行(ADB)には中国も加盟しているものの、ADBは1966年に日本が主導して設立された国際金融機関であり、日本と米国が大株主だと指摘。
 ADBと競合する枠組みを中国が構築したことは、日本からアジアのインフラ整備における主導権を奪おうと画策していると考えることが自然だろう。

 AIIBが設立され、まもなく融資を開始することについて、記事は
 「日本が主導するアジア開発銀行(ADB)がアジアのインフラ整備を行う時代がまもなく終わることを意味する」
と主張している。

 ADBはもともとアジアの貧困をなくすことを主眼に設立された国際金融機関であり、ADBとAIIBのいずれにおいても自らの利ではなく、いかに現地の人びとの利益につながる活動ができるかが長期的な勝敗を分けることになるだろう。


サーチナニュース 2015-11-29 08:33
http://news.searchina.net/id/1595517?page=1

インドにとって日中の競争は歓迎すべきこと、
日印の思惑が一致する可能性も

 日本と中国がアジアのインフラ建設をめぐって競争を始めている。
 中国から中央アジア、中東、そして欧州にいたるまで巨大な経済圏を構築するため、中国政府は一帯一路戦略を推進しているが、日本も中国の動きを指をくわえたまま見ているわけではない。
 日本はアジアのインフラ整備に向け、1100億ドル(約13兆4836億円)を投資する方針を打ち出している。

 日本と中国が激しく競争を展開することは日中以外の国にとっては悪いことではなく、特にアジアの国々はインフラ整備という恩恵を受けることになるだろう。
 中国メディアの参考消息は26日、インドメディアがこのほど「インドにとって日中の競争は歓迎すべきこと」と伝え、インドが漁夫の利を得ることになると報じたことを紹介した。

 記事は、中国が一帯一路戦略のために巨額の資金と国内の過剰な生産能力を活用する姿勢を示していることを紹介する一方で、インドのモディ首相も国内のインフラ整備を進める計画を打ち出していると紹介。
 モディ首相の計画は日中から
 「かつてないほど大きなサポートを得られるかもしれない」
と論じた。

 続けて、中国は他国のインフラ整備の方法をよく知らないが、日本はすでに数十年にわたって他国のインフラを整備してきたと紹介。
 日本の技術によって建設された道路や鉄道、空港は中国を含めたアジア各国に存在し、日本は伝統的な経済援助を1つの戦略に昇華させ、中国のアジアにおける影響力拡大を阻止したい考えだ。

 また、インドとしても中国がインド周辺国で影響力を拡大することに焦りを感じているとし、インドが今後、「中国の存在がインドの発展を制限する」と認識した場合は、日本とインドの思惑が一致する部分もあり、日印の協力が今後拡大する可能性があることを示唆している。








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