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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2015年10月15日(Thu) 小原凡司 (東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5479?page=1
”攻守統合”部隊を創設した米国
一触即発の米中サイバー戦
2015年9月25日にワシントンで開かれた米中首脳会談は、習近平夫妻訪米中の民間との交流活動等と併せて、中国では「米中協力」の象徴のように報道された。
中国は、米国から一方的に非難される状況を避け、米中が軍事衝突を回避する意図を見せ、米中の協調的姿勢を強調したかったのだ。
実際、米中首脳会談では、
サイバー問題に関して、「両国政府は知的財産に対するサイバー攻撃を実行、支援しない」こと、
軍事分野では、「空軍間の偶発的衝突回避のための行動規範」、
経済分野においては、「米中投資協定の交渉を加速する」こと、
気候変動についても、「中国が2017年に全国で排出量取引を導入」すること
が合意された。
しかし、中国が強調する「米中協調」を鵜呑みにする訳にはいかないだろう。
問題は、サイバー問題や軍事分野における合意が、何ら問題の解決になっていないことだ。
それどころか、
米国にとっては、中国との衝突に備える内容になっている
のではないか、とさえ思える。
サイバー攻撃に関して、安全保障上のオペレーションや軍事行動に直結するオペレーションに、全く触れられなかった。
その結果、米国は中国とのサイバー戦に備えることになるだろう。
もともと、
米国は、中国に対して、安全保障に関する情報収集を目的とするサイバー攻撃について非難したことはない。
米国にとって、安全保障に必要な情報収集は、行われて当然の行為なのだ。
米国が、中国のサイバー攻撃を許せないのは、
★.産業スパイのように米国企業に実質的な損失を与えたり、
★.「米国の目を潰す」衛星に対する攻撃のように安全保障環境を悪化させるもの
であったりするからだ。
■中国によるサイバー窃盗に「怒りを露わにする」
相手国が米国の安全を脅かさない限り相手国に損失を与えず、また、自ら安全保障環境を悪化させることのない、米国のサイバー攻撃とは目的が異なる、という訳である。
米国務省顧問のスーザン・ライスは、米中首脳会談に先立つ8月28日に訪中し、習近平主席をはじめ、範長龍中央軍事委員会副主席らと会談した 。
中央軍事委員会副主席と会談したことからも、彼女の訪中の主な目的の一つが、安全保障に関わるものであったことは明らかである。
このとき、彼女は、習近平主席に対して、中国の米国に対するサイバー攻撃に関する詳細な証拠を提示し、中国が米国に対するサイバー攻撃を止めるよう要求したと言われる。
しかし、中国は結局、譲歩しなかったようだ。
会談後の彼女の発言が、中国のサイバー攻撃を強く非難するものだったからである。
2015年9月21日に、ジョージ・ワシントン大学で行ったスピーチにおいて、彼女は、中国政府が関与した莫大な数のサイバー窃盗について、「イラついている」と、怒りを露わにした 。
彼女は、
「これは、経済的かつ安全保障に関わる問題である」とし、
「米中二国間に極めて強い緊張を生んでいる」
と、中国を非難した。
米中首脳会談前に、中国をけん制したものでもある。
中国は、「中国もサイバー攻撃の被害者である」と繰り返す。
中国にとってみれば、産業スパイも、自国の安全保障に直結する問題である。
中国には近代化された武器を製造する技術はない。
ここからの理論の展開が、日本や米国とは異なる。
中国は、最新技術を手に入れる他の手段がないのだから、サイバー攻撃によって窃取しても仕方がない、ということになる。
権利意識が先に立つのだ。
中国は、もちろん、自らがサイバー攻撃による産業スパイに加担しているなどとは言わない。
産業スパイが違法だということは理解しているからだ。
しかし、実際に口に出さなくとも、同様にサイバー攻撃を世界各国に仕掛けている米国なら、中国の言わんとするところは理解できる、と考えているのではないかとさえ思わされる。
建前と本音を使い分けているつもりなのだ。
日本人には理解されにくいかもしれないが、米国にもその他の国にも、建前と本音はある。
それでも、米国の本音は、中国が考えているものとは異なる。
中国が、美しい正論で飾った表向きの議論とは別に、水面下で米国と手打ちが出来ると考えているとしたら、危険な目に会うのは中国の方である。
■サイバー攻撃とサイバー防御を統合
米国は、口で言っても中国が理解しないのであれば、実力をもって分からせようとする
だろう。
2015年5月に、米軍はコンピューター・ネットワーク空間の専門部隊「サイバーコマンド」を発足させた。
この部隊は同年10月から本格運用されたが、
この部隊が展開する作戦の本質は、「攻守の統合」である。
同じ10月、JTF-GNO(Joint Task Force – Global Network Operations:米軍情報通信網の防護を専門にする部隊)がサイバーコマンドに編入・統合されたことを記念する式典において、核戦力なども統括する戦略軍司令官ケビン・チルトン空軍大将は、
「我々はこれまでネットワークの防護と攻撃の機能を分けて考えてきた。
しかし陸海空軍では防護と攻撃は一体だ。
新コマンドの立ち上げで、攻守の任務を統合する」
と述べたと報じられている。
米国は、サイバー攻撃とサイバー防御を統合し、その境界をなくす。
サイバー攻撃は、サイバー・オペレーションの一部として、今後、さらに積極的に展開されていくことになる。
中国が、米国が許容できないサイバー攻撃を止めないのであれば、
米国は、中国に対するサイバー攻撃を強化し、
「中国に身をもって教えてやる」ということだ。
■世界でサイバー戦を戦う米国
米国は、サイバー・オペレーションに関して、同盟国との協力の強化も追及している。
カーター米国防長官は、2015年6月24日、NATOのサイバー・ディフェンスにおける協力の強化を訴えた 。
米国のNATOとのサイバー・ディフェンスに関する協力は、ロシアをにらんだものである。
ウクライナのクリムキン外相は、2015年3月に訪日した際、ロシアは、正規軍や民兵、情報操作、経済的圧力などを組み合わせた「ハイブリッド戦争」をしかけていると述べている 。
米国は、世界でサイバー戦を戦っている。
いや、サイバー・スペースは、時間や地理的距離の束縛を受けない。
世界であろうが、限られた地域であろうが、ネットワークに接続されていれば関係ないのだ。
サイバー戦を戦うためには、ネットワーク上にある各国との協力が不可欠である。
それにもかかわらず、米国とNATOのサイバー・ディフェンスに関する協力が主としてロシアを対象にしたものになっているのは、現在の軍事作戦では、サイバー攻撃が実際の軍事攻撃等と複合して用いられるためであり、欧州諸国に対する軍事的脅威がロシアだからである。
現在の戦闘は、ネットワークによる情報共有や指揮を基礎にしている。
実際の戦闘では、指揮・通信・情報に関わるシステムやネットワークを無効化することが、第一に行われる。
その手段が、ジャミング(電子妨害)であり、サイバー攻撃である。
実際の武器とサイバー攻撃は、複合されて使用されるのだ。
ハイブリッド戦が通常の戦闘になっている現在、
サイバー攻撃に対する脅威認識は、その後に続く、武力行使の可能性によって高められるのである。
米国は、主として中国をにらんで、日本ともサイバー・セキュリティーに関する協力を強化したいと考えている。
2015年4月にニューヨークで開かれた2プラス2ミーティングで合意された、新しい日米ガイドラインに関して、米国高官は、
「宇宙とサイバーという二つの領域が、米国との協力を拡大できる領域である」
と述べている 。
しかし、日本は現段階で、サイバー空間における米国との協力を強化することは難しいだろう。
日本では、これまで、サイバー・オペレーションに関して、安全保障の観点で議論されてこなかった。
企業の情報や個人情報をいかに守るかという、サイバー・セキュリティーだけが焦点にされていたのでは、米国や他の同盟国とのサイバー・オペレーションでの協力などおぼつかない。
日米は、2014年11月の首脳会談で、同盟深化の一環として、サイバー分野での協力強化でも合意している。
しかし、その後の進展がほとんどないことについて、日本のメディアは、防衛省幹部が、
「能力でも技術でも大人と子ども以上の開きがあり、具体的な協力分野が見つからない」
と説明した、と報じている。
日本は、サイバー空間の利用に関して、ようやく安全保障の観点を取り入れたばかりである。
これから、認識の面で他国に追いつき、実際に米国や米国の同盟国と協力を強化するためには、並々ならぬ努力を続けていかなければならない。
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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2015年11月04日(Wed) 岡崎研究所
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5551
サイバー合意への遠い道のり
平行線たどる米中
ウォールストリート・ジャーナル紙は9月27日付社説で、先般の米中首脳会談でサイバーに関し合意が成立したと発表されたが実際は何も合意されていない、と述べています。
すなわち、米中首脳会談に関するホワイトハウスのファクトシートは、
(1):いずれの政府もサイバーによる知的財産の窃盗はしない、
(2):それぞれの国内法に従ってサイバー犯罪を調査する、
(3):ハイレベルの合同対話メカニズムをつくる、
(4):問題がエスカレートした場合のホットラインを設ける、
ことに合意したと記している。
★.これは、双方が何も合意しなかったことを入念に言っているにすぎない。
■サイバースパイ続ける中国
習近平は、中国政府はいかなる形でも商業機密の窃盗はしていないし、民間会社に慫慂もしていないと言っている。
そうとすれば何が問題なのだろうか。
合意事項の実行可能性については、「それぞれの国内法に従って」というが、中国では共産党が法を超越しており、党が支配している企業もそうである。
習近平が問題の存在を認めないなら、子分たちも認めないだろう。
そうであれば米国政府も、中国のサイバースパイについて知っていることの多くを明らかにしたがらないだろう。
米国の情報源と手段に関する秘密を漏らす恐れがあるからである。
要するに、中国は、サイバー窃盗をやめないだろう。
かつて、2007年にF-35戦闘機製造の契約社をサイバー攻撃し、それで得た情報に基づいて中国がJ-20、J-31のステルス機を作ったような成果は捨てないだろう。
習近平はサイバーの合意で、南シナ海に関し、中国が長年得意としてきた外交上のゲームをする機会を得た。
すなわち、アジアの近隣諸国と領有権と行動規範につき、終わることのない交渉を行う一方で、領有権を争う環礁を支配し、島を作り、海洋交通に干渉する。
クラウゼヴィッツを借用すれば、中国にとって外交とは、他の手段によるサイバースパイの継続である。
オバマ大統領は習近平との共同記者会見で、サイバー犯罪には、制裁を含むあらゆる手段で対処すると言ったが、オバマは大統領就任以来、言行が一致したことがない。
中国はオバマ後の政権で代価を払うまで、サイバースパイは続けるだろう、と指摘しています。
出典:‘The Obama-Xi Cyber Mirage’(Wall Street Journal, September 27, 2015)
http://www.wsj.com/articles/the-obama-xi-cyber-mirage-1443387248
* * *
米中首脳会談の中心議題は、南シナ海とサイバーでした。
南シナ海に関して、習近平は南シナ海の島々は太古の昔から中国領であると述べ、オバマの懸念に耳を貸しませんでした。
両者の議論は平行線をたどり、対立が浮き彫りにされました。
サイバーに関しては、両首脳は、両国政府は商業機密窃盗のためのサイバー攻撃はせず、そのような攻撃は支援しないと述べ、サイバー攻撃に対処するためのハイレベルの対話の場を設けることに合意しました。
この社説は、習近平が首脳会談に先立つ同紙とのインタビューで、中国政府はいかなる形でも商業機密の窃盗はしていないし、民間会社に慫慂もしていない、と言ったことに触れ、そうであればこのような合意は意味がないとして、サイバーに関する合意は蜃気楼であると述べています。
果たしてそうなのかは、合意事項が実際に実施されるかどうかによります。
中国の言行は往々にして一致しません。
最近の代表例は、南シナ海に関する習近平の発言です。
習は首脳会談後の共同記者会見で、
「中国は善き隣人として近隣諸国との協調を重視する…南シナ海での平和と安定の維持にコミットしている…国際法に基づく航海と航空の自由を尊重し、維持する…」
と述べています。
これが中国の行動といかに乖離しているかは明らかです。
サイバーに関しては、社説が言うように、これまでサイバー攻撃で多大の利益を得てきた中国が、攻撃を完全に止めるとは思えません。
米国の反応を見極めつつ、得意のサラミ戦法で、サイバー攻撃による米国の商業機密の窃盗を続ける可能性が高いでしょう。
その場合、米国はオバマが共同記者会見で明言した通り、制裁を含むあらゆる措置を取るかどうかが注目されます。
そして、そういうことになれば、サイバーに関する今回の一連の合意は意味がなかったことが明白になります。
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