2015年10月29日木曜日

南シナ海波高し(6):「いらっしゃい!」とばかりにアメリカを呼び込んでしまった中国外交の謎?

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 「アメリカさんいらっしゃい!」
とばかりに動いた南シナ海での中国の外交とは一体なんなのか。
 オバマは外から見ているかぎり、「中国に優しいアメリカ」
である。
 そのオバマをしてもそうせざるを得ない局面に押し込んでしまった中国は何を考えているのか。
 まあ、中国としては単純に
 オバマがいる間に「既成事実を作ってしまおう
と考えたのであろう。
 しかし、その
 中国に優しいオバマすらも少々動かざるを得なくなるまでアメリカを追い込む
ことにプラスを計算しているのであろうか。
 これによって、南シナ海はアメリカ軍の常駐場所になってしまう可能性がある。
 つまり、
 南シナ海は中国とアメリカが周辺諸国を巻き込んでツノ突き合わせる場所
になってしまった、ということになる。
 その損得を見極めているのだろうか。

 尖閣に手を出すことのできなかった中国
が、その代替場所に選んだのが南シナ海だが、中国の領海設定には相当な無理がある。
 尖閣では自衛隊という存在があって無理を押し通すだけの軍事力が中国にない
ため、脆弱な軍事力しかもたない周辺国の南シナ海にシフトしたわけだが、今度は結果としてアメリカを呼び込むことになってしまった。
 さて、これからどうなるのか、見ものの南シナ海である。
 つまり、
 中国がどう動くか、
 それによって見えてくるものはなにか?
である。


JB Press 2015.10.29(木) 阿部 純一
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45090

「航行の自由」作戦がついに発動、
中国はどう出る?
~米国の「虎の尾」を踏んでしまった中国

 米国海軍による南シナ海での「航行の自由」作戦(Freedom of Navigation Operation:FONOP)の発動が「やるか、やらないか」から「いつやるか」に転換し、ついに10月27日、それは実行に移された。

 9月下旬の習近平訪米で、南シナ海での人工島建設など中国の一方的な現状変更についてオバマ大統領は強い懸念を示し、軍事施設建設の中止を求めた。
 それに対し、習近平主席は一切の妥協を拒み、
 「南シナ海は古来、中国の領土である」
という従来からの主張を繰り返し、軍事施設建設も中国の主権の範囲だとした。

 南シナ海問題で中国が一歩も引かない態度に出たことによって、ついにオバマ政権は「航行の自由」作戦実行に舵を切らざるを得なくなった。

 米国は南シナ海では2012年以来、この種の行動を控えてきた。
 今年5月、米CNNのクルーを載せたP-8ポセイドン哨戒機が中国の造成した人工島に接近したところ、
 「中国の軍事警戒圏に接近している。とっとと出て行け」
という無線が送られてきた。
 その模様は当然ながら報道され、国防総省が「航行の自由」作戦を実行する必要性をホワイトハウスに上げたが、中国を刺激することを恐れ、習近平主席との首脳会談に期待をしていたオバマ政権がこれを抑えてきたという経緯がある。

 しかし、ここに来ていよいよオバマ政権も重い腰を上げざるをえなくなった。
 10月8日、米紙「ネイビータイムズ」が、中国が建設した南シナ海の人工島で中国が主張する領海12カイリの内側に艦船を送るべく米海軍が準備を進めており、「オバマ政権の最終的な承認を待っているところ」だと軍関係筋の情報として報じていた。

 その後、オバマ政権はゴーサインを出すタイミングを見計らっていた。
 筆者の見立てでは、習近平主席の訪英(10月19~23日)期間中では、空き巣狙いのようで具合が悪い。
 10月26~29日は中国共産党第5回中央委総会(5中全会)が開催され、年に一度の重要な政治イベントにぶつけると、正面から喧嘩を売るような受け止め方をされる懸念がある。
 さらに、11月1日には韓国のソウルで日中韓首脳会議も予定されているから、その直前・直後もまずい。
 おそらくはその後の11月17~18日にフィリピン・マニラで開催されるAPEC総会までの2週間ほどのどこかの時点で「航行の自由」作戦が発動されることになろう、と予想していた。
 慎重なオバマ政権ならそうするだろうと考えたからだ。

 しかし、米国は、中国の5中全会会期中の10月27日、マレーシア・コタキナバルから南シナ海を航行中であった米第7艦隊所属で横須賀を母港とするイージス駆逐艦「ラッセン」に「航行の自由」作戦の実行任務を与え、同艦はスービ礁、ミスチーフ礁に造成された人工島の12カイリ以内を航行した。

 果たしてこのタイミングが良かったのかどうかは、まだ判断できない。
 米国側もまだこのタイミングを選んだ理由を開示してはいない。
 しかし、5中全会にぶつけることによって米国の「航行の自由」作戦にかける決意の強さは中国に伝わったはずであり、中国も真剣かつ慎重に対応せざるを得なくなったことは確かだ。

■米国は現在でも海洋覇権国家

 なぜオバマ政権はこの期に及んで「航行の自由」作戦に踏み込んだのかを改めて考えてみたい。

 まず、中国との摩擦や対立を避けつつも、かねてより米軍の「アジア回帰」(リバランス)を言ってきた手前、オバマ政権といえども中国の独善的な南シナ海における現状変更の行動に忍耐の限界が来たといっていいだろう。

 しかし、それだけでないのは明らかだ。
 中国は米国の「虎の尾」を踏んでしまったのだ。

 米ソ冷戦が終焉し、米国の単独覇権の時代が到来したが、2008年のリーマン・ショック以来、経済的にはそのポジションを相対的に低下させ、存在感も低下させてきた。
 しかし、軍事的に地球規模で迅速にパワーを展開させる能力を持つのは依然として米国だけであり、特に海洋支配において米国の行く手を阻むものはなかった。
 米国は現在でも紛れもなく海洋覇権国家なのである。

 中国の南シナ海における人工島の建設とそこへの飛行場建設は、中国の南シナ海支配を排他的に進めるものであり、突き詰めれば米国海軍の自由なアクセスを拒む意図を持つものと解釈された。
 そうであれば、海洋覇権国家である米国への明らかな挑戦であった。
 それに対する米国の対応が「航行の自由」作戦の実行ということになる。

■「新型大国関係」を明確に否定しなかったオバマ政権

 米国との対立回避を狙い、オバマ政権の「アジア回帰」政策に対応すべく中国が打ち出したのが米中「新型大国関係」の提案であった。

 これが中国の米国との対等な関係を前提に中国の核心的利益(領土主権)が絡むアジアにおける中国の優越を認めろということであれば、オバマ政権としてもこれを受け入れるわけにはいかない。

 しかし、中国に「新型大国関係」の構築について公然と拒否してこなかったのは、結果的にオバマ政権の失態と言えるだろう。

 実際、中国は9月の習近平訪米によって得られた成果のトップに
 「中米両国は、相互尊重と協力、ウィン=ウィンに基づく中米両国の新型大国関係の構築に引き続き取り組むことを表明」
と掲げている。
 もちろん、オバマ政権側は、共同記者会見を含め「新型大国関係」には一言も言及していない。

 この奇妙な米中のコントラストは、米国側の明確な否定がなかった結果であり、中国側にすれば否定されていない以上、習近平主席が何度も繰り返してきた米中の「新型大国関係」にオバマ政権も留意していると解釈しているからだろう。
 習近平政権が、米国も「新型大国関係」を理解し受け入れているという報道をこれまでも繰り返してきたから、いまさら取り下げるわけにはいかない事情もある。

■常に米国との対立を回避してきた中国

 中国にとって「新型大国関係」とは、米国が中国を対等の大国だと認め、中国の権益を米国が尊重することである。
 ところが米国の「航行の自由」作戦は、まさに中国が「米国が受け入れた」と公然と報じてきた米中「新型大国関係」の趣旨を踏みにじるものだ。

 それだけに、中国は米国の「航行の自由」作戦実施の動きに当初は猛烈な反発を示し「戦争も辞さない」剣幕であったが、その後徐々にそのトーンを下げてきた。
 それはなぜなのか。

 中国の海洋進出の歴史を振り返ると、1つのパターンが浮き上がってくる。
 それは、「米国のプレゼンスが後退した隙を突く」というものである。
 その結果が1974年の中国による西沙諸島占領であり、1988年のベトナムとの海戦を経て手に入れた南沙諸島の一部における実効支配の開始であり、1995年のフィリピン支配下にあったミスチーフ礁における施設建設であった。

 西沙諸島の西側はもともと南ベトナムが領有していた。
 ベトナム戦争末期、米国が撤退し守勢にまわり余裕を失っていた南ベトナムの隙を突いて中国が占領した。
 中国の南沙進出も、ベトナムがASEAN加入前で、米国とも国交がなく、頼みのソ連も中国との関係改善に動いていた環境の中で強引に実行されたものである。
 ミスチーフ礁のケースも、1992年の米軍のフィリピン撤退を受けての行動であった。

 結果として言えるのは、中国は戦争のコストと得られるベネフィットを冷静に計算し、勝算の立つケースにおいて行動に出たということである。
 ありていに言えば、とてもかなわない米国との対立を回避しながら、南シナ海での実効支配を拡大してきたのである。

■中国はまだ南シナ海の実権を握っていない

 とはいえ、習近平政権下での人工島建設に見られる中国の南シナ海進出は、いよいよ米国との対立が避けられない状況をもたらしたことになる。
 中国は自国の核心的利益の尊重を米国に求めてきたが、南シナ海での中国の主張と行動は、「航海の自由」という米国にとっての核心的利益を否定しようとするものと米国が受け止めたからだ。

 海洋における自らの権益の主張を押し通すため、中国は布石を打ってきた。
 具体的に言えば、9月3日の抗日戦争勝利70周年の軍事パレードにおける米空母を攻撃できる「東風21D」や「東風26」の登場であって、中国には米国の空母打撃群に対する備えがあることを誇示した。
 しかし、現実にはそうした兵器はよほど差し迫った状況下でしか使えない。
 そんなことは米国はとっくに見通している。
 しかも米国が「航海の自由」作戦に出動させたのは、わずか1隻のイージス駆逐艦だったのである。

 その1隻のイージス駆逐艦に対し、時事通信の報道によれば、中国外交部の陸慷報道局長は
 「中国の関係部門が法に基づき、米艦を監視し、追尾し、警告した」
と対抗措置を取ったと明らかにした。
 「毎日新聞」の報道によれば、監視、追尾したのは中国版イージス艦として知られるミサイル駆逐艦「蘭州」と巡視艦「台州」であることを中国国防部の楊宇軍報道官が明らかにした。
 同記事はまた、ロイター電を引用して、米国防総省高官が、追跡してきた中国の艦船が安全な距離を保ったため、「ラッセン」の航行に支障がなかったことを明らかにした。
 つまりは、艦船の航行を妨害するような具体的な行動を中国側は取れなかったことになる。

 そうだとすれば、
★.中国には米国の「航行の自由」作戦の実行を未然に防ぐ「抑止力」を持ちあわせてはいなかった
わけである。
 さらに言えば、
★.作戦行動を物理的に阻止する行動も取れなかった。
 声高に「戦争も辞さない」と言っても行動が伴わなければ、所詮は「弱い犬ほどよく吠える」ことを証明したに過ぎない。

 「毎日新聞」の同記事はまた、カーター米国防長官が米上院軍事委員会の公聴会に出席し、南シナ海で今後も数週間から数カ月にわたって海軍の作戦を継続すると表明したことを報じている。
★.中国が今後長期にわたる米海軍の行動を阻む有効な対応が取れないとすれば、
 中国は「名誉ある後退」を選択せざるを得ないことになる。

 中国には1996年の台湾海峡危機という苦い経験がある。
 同年3月に行われた台湾総統の民選選挙を前に、ミサイル演習と称して台湾の沿海部に着弾させる威嚇を行い、これに米国が空母2隻を派遣した。
 米空母は単独では行動せず、護衛艦隊とともに行動するわけで、このとき台湾近海に米海軍の大規模な戦闘力が結集したことになる。
 これに対し中国はなすすべもなく矛を収めた。
 米国の空母とその護衛艦隊の力量に抵抗する戦力がなかったからだ。

 それから20年近く経ち、中国海軍も戦力を大幅に引き上げた。
 とはいえ、では米国海軍に真正面から対抗できるほどの戦力を構築したかといえばまだその段階に至っていないのは明らかだ。
 実際、南シナ海に人工島を建設し滑走路まで用意したものの、まだ稼動状態には入っていない。
 つまり、中国は南シナ海の制空権を握るところまではいっていない。

制空権がなければ制海権もないのが軍事常識である。
 中国はまだ南シナ海の実権を握っているわけではない。
 米海軍に対抗できるだけの対応はできていないのである。

■米国との「一時休戦」に持ち込みたい中国

 その米国にしても、南シナ海における「航行の自由」作戦で中国側を挑発する意図はない。
 だから、
★.たった1隻のイージス艦の出動にとどめた。
 米国の確認したいことは、公海における軍艦の無害通航が保証されていること、さらに本来国際法において領海の設定が認められていない人工島に接近し、その原則が適用されているかどうかを確認することにある。
 これらの行動は、決して挑発的なものではないというのが米国の立場である。

 そうであるならば、米中両国にとって、「航行の自由」作戦をもって軍事的緊張関係に入るのは過剰反応ということになる。

 中国もそれを内心では理解し始めていると思われる。
 「人民網」によると、習近平主席は訪英前にロイター通信のインタビューにこう述べたという。

 「南中国海は中国の対外経済往来の重要な通路だ。
 中国はいかなる国よりも南中国海の平和、安全、安定を必要としている。
 中国は南中国海情勢が乱れることを望んでおらず、ましてや自ら混乱をもたらすことはない」

 「現在、中国はASEAN諸国と『南中国海における関係国の行動宣言』の全面的で有効な実行に積極的に努力しながら、『南中国海における行動規範』協議を積極的に努力している」

 「中国は南中国海の周辺諸国と共に、制度と対話を通じて争いを管理し、交渉と協議を通じて争いを平和的に解決し、協力と共同開発を通じて互恵、ウィン=ウィンを積極的に諮り、各国が国際法に基づき享受する南中国海の航行と上空飛行の自由を守り、南中国海を平和、友好、協力の海とするべく努力する。
 関係方面も南中国海の平和・安定維持に向けた域内諸国の努力を尊重するべきだ」

 英国訪問直前の習近平主席のこの発言から窺えるのは、米国との「一時休戦」であり、ASEAN諸国との協調姿勢の模索である。

 こうした流れが、南シナ海における永続性のある和平・協調の枠組み作りに結びつくのであれば、大変結構な話である。
 しかし、中国が戦略としての南シナ海支配の野望を放棄するとは思えない。
 習近平主席の発言は、いわば「その場しのぎ」の戦術であって、米国の「航行の自由」作戦もこの方法でやり過ごそうとしているだけだろう。
 早晩、南シナ海の緊張は再燃する。それは疑いないことだろう。
 中国の南シナ海における軍備増強の動きに目が離せない。



 WEDGE Infinity 日本をもっと、考える  2015年10月27日(Tue)  小谷哲男 (日本国際問題研究所 主任研究員)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5547

米海軍が人工島12カイリ進入
航行の自由をめぐる米中対立

 中国が南沙諸島で岩礁を埋め立てて建設中の人工島周辺12海里(約22キロ)に、アメリカが海軍艦船と航空機を派遣したと報じられている。

★.国際法上、人工島には12海里の領海を主張することができないが、中国は人工島を「領土」とみなしている。
 これに対し、アメリカは中国の主張は公海における航行の自由を脅かすものとして牽制している。
 アメリカが海軍の派遣を決定したのは、中国の領有権の主張を認めず、公海での航行の自由を守る強い決意を示すためだ。

 中国は南沙諸島の領有権を主張しているが、実際には7つの拠点を押さえているに過ぎない。
 しかも、それらのほとんどは満潮時には海面下に沈んでしまうため、国際法上領有が認められる陸地ではない。
 にもかかわらず、中国はこれら岩礁の上に、観測施設などを建設してきた。
 そして、ここ数年はこれら拠点の大規模な埋め立てを行い、人工島の建設に力を注いできた。

 中国が大規模な埋め立てを始めたのは、自らが「歴史的権利」を主張する南シナ海の支配を目指し、軍事拠点を築こうとしているためと考えられる。
 特に、中国は南シナ海に浮かぶ海南島に戦略ミサイル原子力潜水艦を配備し、この国際海域を対米軍事戦略上の拠点と見なしている。
 長距離核ミサイルを搭載した戦略原潜によるパトロールはすぐにでも開始されるとみられ、
 中国は南シナ海上空に飛来するアメリカの偵察機からこの原潜を守らなければならない。
 このため、人工島に監視施設や飛行場を建設し、米軍の接近を阻む態勢の確立を急いでいるのだろう。

 また、中国はオバマ政権の対中姿勢を弱腰と判断し、人口島を建設してもオバマ政権が物理的にこれを阻止するとは考えなかったはずだ。
 他方、次期アメリカ大統領は対中強硬姿勢を取る可能性があるため、オバマ政権の間に可能な限り南シナ海の拠点作りを終えることを目指していると考えられる。
 特に、有力候補であるヒラリー・クリントン前国務長官は、5年前に南シナ海における航行の自由をアメリカの国益と公言したため、中国側では警戒心が高まっている(現時点では予期せぬドナルド・トランプ氏の人気に当惑しているようであるが)。

 実際、当初オバマ政権は中国が人工島を建設していることを公には批判せず、水面下で中国に懸念を伝えるに留まっていた。
 また、最近アメリカ上院の公聴会で、2012年以降アメリカ海軍は建設が進む人工島の周辺に近づいていないことが明らかになった。
 おそらく中国との摩擦を避けたいオバマ政権が認めなかったのだろう。

 しかし、埋め立ての規模が拡大し、あらゆる軍用機を運用可能な3000メートルの滑走路の建設が始まるに至り、アメリカはCNNなど各メディアを通じて中国の埋め立て活動を国際社会に公開し、圧力を加えるようになった。
 同時に、アメリカ軍からは、人工島周辺12海里での「航行の自由作戦」の承認を求める声が高まった。
 オバマ大統領は9月に訪米する習近平国家主席との直接対話によって事態の沈静化を狙ったようだが、結局話し合いは平行線に終わり、「航行の自由作戦」を承認したと伝えられている。

★.「航行の自由作戦」は、アメリカ政府が1970年代から行っているもので、
 沿岸国が国際法上認められない過剰な管轄権を主張する海域や空域に艦船や軍用機を派遣し、管轄権を認めないことを示すものである。
 たとえば、旧ソ連は領海内で外国艦船の無害通航権を制限していたが、アメリカ海軍は敢えて無害通航を実施し、無害通航権を認めさせた事例がある。

 今回の南沙諸島での「航行の自由作戦」は、駆逐艦によって行われ、哨戒機も同行している可能性がある。
 中国はファイアリー・クロス礁、スービ礁、およびミスチーフ環礁で3000メートルの滑走路を建設しているとみられる。
 このうちファイアリー・クロス礁は満潮時でも一部が海面から出ており、12海里の領海と領空を主張することができるため、アメリカ海軍はファイアリー・クロス礁以外で「航行の自由作戦」を実施したようだ。
 アメリカの「航行の自由作戦」は1度では終わらず、断続的に行われていく可能性が高い。

 他方、中国はアメリカが「航行の自由作戦」を計画していることにすでに反発しており、今後どのような対応を行うかが注目される。
 あくまで外交的に抗議を行うのか、それとも人民解放軍を動かしてこれに物理的に対処するのか。
 後者の場合、軍同士の衝突の可能性も否定できない。
 米中間には軍同士の衝突を避ける行動規範が存在するが、中国が軍同士の衝突を避けることよりも、米軍の排除を重視するなら、これらの行動規範は役に立たないだろう。
 このため、
★.「航行の自由作戦」の立案に当たって、
 米軍も人民解放軍との衝突を想定している
はずだ。

 南シナ海における中国の拠点作りは、西沙諸島と南沙諸島で進められているが、これでは南シナ海全体をカバーすることはできない。
★.2012年に中国がフィリピンから奪ったスカボロー礁を埋め立てなければ、
 中国は南シナ海全体で航空優勢を確保することはできない
のだ。
 今後、アメリカはすでに出来上がった人工島の存在を認めない一方、
★.スカボロー礁の埋め立てを阻止することを目指すだろう。

 問題の本質は、米中の航行の自由に関する考え方の違いにある。
 アメリカにとって航行の自由は建国の理念の1 つであり、アメリカは航行の自由を守るために2つの世界大戦を含めた戦争を戦ってきた。
 他方、中国はアメリカにとっての航行の自由の重要性を過小評価し、南シナ海問題に介入するための口実にすぎないと誤解している。

 このように、米中が南シナ海で航行の自由をめぐって軍事衝突する可能性が高まっている。
 そのような事態が発生した場合、日本はどのように対処すべきだろうか。

 まず、南シナ海が日本経済にとって重要な海の生命線であるため、航行の自由の確保は国家安全保障上の最優先課題の1つだ。
 アメリカが「航行の自由作戦」を実施した場合、中国はアメリカが軍事的な緊張を高めたと批判するだろうが、日本政府はアメリカの立場を全面的に支持すべきだ。

 次に、来春、平和安全保障法制が施行されれば、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に基づいた支援も求められる。
 米中が軍事衝突する場合、「重要影響事態」に認定される可能性が高いため、自衛隊がアメリカ軍の後方支援をすることも検討しなければならない。

 最後に、日本も「航行の自由作戦」に参加することを検討するべきだ。
 アメリカ単独よりも、日米共同で行う方がより強いシグナルを中国に送ることができる。
 問題は、現行の中期防衛力整備計画(中期防)では、南シナ海で運用するのに十分な哨戒機を調達できないことだ。
 今後、海上自衛隊は80機あるP-3C哨戒機を70機のP-1に置き換えていくが、南シナ海での哨戒に参加するなら、次期中期防でp-1の調達数を増やすことを検討しなければならない。



ニュースウイーク 2015年10月29日(木)16時26分 小原凡司(東京財団研究員)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-4047.php

一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国
米海軍の活動を黙認すればメンツを失うが、
排除しようとすれば交戦を覚悟しなければならない

 2015年10月27日、米海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」が、中国が建設した人工島から12海里以内の海域を航行した。
 このオペレーションは、「航行の自由」作戦と名付けられ、中国の南シナ海に対する権利の主張を根本から否定するものである。
 また、米国との軍事衝突を避けたい中国を追いつめる、軍事衝突も辞さない米国の決意を示すものでもある。

 米海軍艦艇が進入したのは、南シナ海に存在する南沙諸島(スプラトリー諸島)のスビ礁だ。
 スビ礁は、かつてベトナムが実効支配していた暗礁であるが、1988年に生起した海戦の末、現在に至るまで、中国が実効支配している。

 中国は、この暗礁を埋め立て、人工島を建設したのだ。
 国連海洋法の規定によれば、高潮時にその一部が海面上に出ていなければ、島又は岩として認められず、領土とはならない。
 暗礁に領海は存在しない、ということである。

 実は、南シナ海について、中国は「領海」という言葉を使わない。
 中国外交部は、「南沙諸島及び付近の海域に議論の余地のない主権を有する」と言う。
 主権が及ぶ海域は領海であるはずなのだが、中国は「付近の海域」とあいまいにする。
 それは、中国が、「九段線」で囲まれる南シナ海のほとんどの海域を自分のものにしたいからなのだ。
 中国外交部の主張は、中国の南シナ海に対する権利の根拠が、南沙諸島(スプラトリー諸島)の領有にあることを示している。

 しかし、海上に建設した人工建造物には、領海は存在しない。
 この規定に基づいて、米国は、中国が埋め立てた人工島は、暗礁の上に建設された人工建造物であるから領海は存在しない、と主張するのだ。
 人工島から12海里以内であっても、公海であるという意味だ。 
 さらに、公海であるのだから、米海軍の艦艇や航空機は、自由に活動できるということでもある。

 中国が「島」だと主張する人工島から12海里以内の海域に、そこが公海であることを示すために、海軍の艦艇を送り込んだのだ。
 人工島が領土であれば、領海に当たる海域である。

 米国が送り込んだのは、イージス駆逐艦一隻である。
 米国が示したいのは、米海軍が南シナ海において自由に活動できる、ということだ。
 一隻でも十分に目的を達成できる。
 さらに、艦隊を送り込めば、米国が中国に対して攻撃の意図があるという誤ったシグナルを送る可能性もある。
 また、空母は艦艇としての戦闘力が高い訳ではなく、目標に近づけて使う艦ではない。
 わざわざ危険に晒す必要はなく、搭載している航空機の作戦半径に入りさえすれば良いのだ。

 一方で、イージス駆逐艦は、対空戦、対水上戦、対潜戦全てに高いレベルで対応できる。
 米国は、中国が軍事的対抗措置をとっても、単艦で対応できる艦艇を送り込んだのだ。
 米国は、中国が軍事的対抗措置を採ることも想定して艦艇を送ったのは、中国との軍事衝突も辞さない、という米国の決意の表れである。

 唐突に見える米海軍のオペレーションであるが、米国にとってみれば、既定路線であるとも言える。
 9月の習近平主席訪米の際に実施された米中首脳会談の結果を待って、オペレーションのステージを上げたのだ。

 米国が、中国に対する態度の変化を明らかにしたのは、今年の5月である。米海軍のP-8哨戒機に、CNNのクリューを乗せて、中国の南シナ海における埋め立て等の状況を報道させたのだ。

 それまでにも、米国のシンクタンクであるCSIS等を通じて、中国の人工島建設の状況は公開されてきたが、より広く世界に対して、中国の活動を知らしめたことになる。
 米国は、段階を踏んで中国に対して圧力をかけているということである。

 中国の活動を世界に知らしめた、ということは、
★.この問題が米中二国間の問題ではないことを示し、
 米国は水面下で中国と交渉したりしない、という意思を表明したことにもなる。
 中国が望む米中「新型大国関係」を否定するということだ。

 この時、米国防総省のスポークスマンは、
 「将来、中国の人工島から12海里以内の海域に、米海軍のビークル(艦艇或いは航空機)が進入することはあり得る」
と述べている。
 中国に対して、圧力をかけ、譲歩を迫ったのだ。

 米国が見据えていたのは、9月の米中首脳会談である。
 この会談で、習近平主席が譲歩の姿勢を示さなければ、オペレーションのステージを上げるということである。
 すなわち、中国の人工島から12海里の海域に、米海軍が進入するということだ。

■アメリカの警告を無視した習近平に激怒したオバマ

 実際、直接、習近平主席と議論したオバマ大統領は、中国側が、米国の警告に対して、全く取り合わないことに怒りを露わにし、その後、今回のオペレーションを承認したと報じられている。

 米国防総省にしてみれば、中国に対応する行動を採るのは遅すぎると感じているかも知れない。
 一方で、米国は、中国に対して譲歩していない。
 速度は遅いかもしれないが、米国は、自らの意思を通すために、着実に対応の段階を上げている。

 実は、米国が懸念を有している中国の行動は、南シナ海だけではない。
 5月に公表された米国の議会報告書の中は、中国の、サイバー空間や宇宙での活動に言及している。

 オバマ大統領の中国に対する危機感を高めたのは、サイバー攻撃や衛星破壊等による、米国の軍事を含むネットワークに対する攻撃であるとも言われる。

 南シナ海における人工島建設と軍事施設化とも思われる活動は、これらの活動と合わせて、中国の意図に対する米国の懸念を増大させるものなのだ。

 米国が中国の衛星破壊兵器の開発等を非難する時、中国が「中国は、宇宙の平和利用を尊重している」と建前だけで非難をかわそうとすることにも、米国はいら立ちを募らせる。

 表に出にくいサイバー空間や宇宙空間とは異なり、南シナ海の状況はだれの目にも明らかである。
 米国は具体的に対応できるため、中国の意図を挫くオペレーションをわかりやすい形で展開できる。
★.中国の意図とは、アジアから米軍の活動を排除し、
 米国に対して対等な核抑止力を保有し、
 中国に対する米国の軍事的優位を覆そうとする意図のことだ。

★.米国は、南シナ海が公海であり、米軍が自由に活動できることを示すためには、中国の人工島から12海里以内の海域を航行するオペレーションを継続しなければならない。

 一方の中国は、南シナ海で米軍が自由に活動できたのでは、中国の安全は保障されなくなると考えている。
 中国が、南シナ海から米軍の活動を排除したいのは、中国本土に米軍を近づけないというA2AD(近接拒否:Anti-Access Area Denial)戦略とともに、米国に対する核抑止にも関係している。

 核による報復攻撃の最後の保証は、核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルを発射できる戦略原潜である。
 陸上の核兵器は、敵が先制核攻撃を行った場合は破壊される可能性が高いが、潜水艦はその隠密性ゆえに残存性が高い。

 中国の戦略原潜は、海南島の海軍基地に配備されている。
 海南島は南シナ海に飛び出したような形をしているが、中国の戦略原潜から発射されるミサイルの射程は、約8000キロメートルと言われ、南シナ海から発射しても、米国本土に届かない。
★.抑止力として使うために、中国の戦略原潜は、常に、太平洋で戦略パトロールを実施しなければならない
のだ。

★.自国を自由に核攻撃させるような状況を米国が許すはずがない。
 米国は、中国の戦略原潜の位置を掴んでおかなければならないということである。
★.潜水艦の位置を常に把握することが出来るのは、潜水艦による追尾だけだ。

 さすがの米海軍といえども、いったん太平洋に出てしまった潜水艦を探知することは極めて難しい。
 最も望ましいのは、中国の戦略原潜が出港する時から探知、追尾し、米国の攻撃型原潜で追跡し続けることである。
 南シナ海での米海軍の活動は、米国の核抑止戦略にも関わるものなのだ。
 南シナ海で、米海軍が自由に活動できることは、米国の安全保障にとって極めて重要な意味を持つのである。

■米軍をこのまま放置すれば中国政府への国民の非難は高まる

 米国が譲歩しない限り、中国が譲歩しなければならない。
 中国は、米国と軍事衝突するわけにいかないからだ。
 中国は、米国と軍事衝突した場合、勝利することが難しいことを理解している。
 米国は中国との軍事衝突を恐れず、中国が米国との軍事衝突を避けなければならないとすれば、譲歩しなければならないのは中国の方だ、ということになる。

 国防大学政治委員の劉亜州上将が最近発表した論文は、
 「戦争になれば中国は退路を失う。
 中国は勝利する以外に選択肢はない。
 もし敗北すれば、国際問題が国内問題になる(共産党の統治が危機に陥る)。
 だから、戦争は極力避けなければならない」
という主旨のものだ。 
 習近平主席に近い劉亜州上将の論理は、習近平指導部の考え方であると見てよい。
 彼の論文は、東シナ海をめぐる日中関係について述べたものだが、中国は、日本の先に米国を見ている。

 米国のオペレーションは、中国が軍事的な対抗措置を採れば、軍事衝突につながりかねないものだ。
 各種戦闘に対応できる駆逐艦を送り込んだのは、
 中国にとってみれば、「やれるものならやってみろ」と言われているようなもの
である。
 米国は、中国との軍事衝突を恐れていない
と言っているのだ。
 中国は、米国との軍事衝突は避けなければならない一方で、
 米国に対する譲歩の姿勢を、特に、中国国民に見せることは出来ない。

 米国に対する譲歩の姿を見せられないということは、南シナ海における活動を直ちに停止することは難しいということでもある。
 目に見える形で、米国の圧力に屈したことになりかねない。

 では、表に出ない部分で、中国が譲歩できる部分があるのか? 
 中国は、サイバー攻撃や衛星破壊、電磁妨害等に関する問題で、米国の懸念を払しょくできるような譲歩はできるかもしれない。

 しかし、これは、中国にとっては、米国に対する抑止の対等性を放棄させるものでもある。
 中国は、米国の監視能力や指揮通信能力を低下させることによって、実際の核兵器の能力差を補えると考えているからだ。
 IISSのミリタリー・バランス2015によれば、大陸間弾道ミサイル発射機の数は、米国が450、中国が66である。
 この差を埋めることは、中国にとっても難しいし、時間もかかる。
 中国は、米国と対等な相互核抑止が成立していないと心配するのだ。
 中国にとっても自国の生存にかかわる問題である。

 しかし、衛星を含むネットワークが攻撃されて機能が低下すれば、米国は中国の軍事活動を把握できなくなり、その戦闘能力も低下することになる。
 米国にとっては、「対等」どころではない。
 安全保障上、最も危惧すべき状況である。
 結局のところ、米中の安全保障に関する認識に大きなギャップが存在していることが、米中間の緊張緩和を妨げている。

 と言って、このまま放置すれば、米海軍艦艇に自由に行動させ続ける中国指導部に対する国民の非難は高まるだろう。
 中国指導部は、「監視、追跡、警告」といった抑制的な対応では済まされなくなる。 
 そうなれば、中国は、米海軍艦艇を排除するために、針路妨害等の強硬な手段を採らざるを得なくなる可能性もある。

 その結果、万が一、米海軍艦艇に損害が出るようなことになれば、米国は自衛権を発動するかもしれない。
 軍事力の行使だ。
 自衛権を発動しなくとも、公海における捜索救難は、米海軍自身で行うだろう。
 南シナ海に近い海域で待機しているであろう、
 米海軍の他の艦艇或いは艦隊が、南シナ海に突っ込むことになる。
 中国は、この公海を領海だとしている。
 他国海軍の活動を許せば、中国は面子を失う。
 しかし、排除しようとすれば、交戦も覚悟しなければならない。

 米海軍に対処しても、しなくても、中国は追い込まれてしまう。
 米国は、「航行の自由」作戦を継続する。
 中国が、米国が納得する譲歩を模索できる時間はさほど長くないかもしれない。
 中国は、厳しい選択を迫られている。

[執筆者]
小原凡司
1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。東京財団研究員



時事通信 。(2015/10/30-16:18)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2015103000706

米中、軍事対立回避へ国防対話
=南シナ海「平和解決」を強調

 【ワシントン時事】米中国防当局は、米軍が南シナ海の中国人工島から12カイリ(約22キロ)内にイージス駆逐艦を派遣する「航行の自由作戦」を実施して3日を経ずに、海軍制服組トップ同士の話し合いの場を設けた。
 作戦を継続する方針の米国と、対抗措置を警告する中国だが、軍事的対立を避けるため国防当局間の対話を続けていく姿勢では一致している。

 カーター米国防長官はアジア歴訪出発を翌日に控えた29日、
 「国際法が許す限り、いつでもどこでも飛行、航行、作戦を続ける」
と改めて表明。
 同時に、南シナ海の領有権問題では「平和的解決を支持し続ける」と強調した。

 米政府は艦艇派遣を警告した今年5月以降、中国と応酬を繰り返し、
 本来なら目立たない形で決行するはずだった作戦にかえって耳目を集める結果を招いた。
 軍事筋は、米軍が駆逐艦を送り込んだことに関し、
 「哨戒艇でも補給艦でも良かった。
 作戦遂行上、駆逐艦が最も適した場所にいたという以上の理由はない」
と述べ、軍事的威嚇の意図はなかったと指摘する。

 米軍は、リチャードソン海軍作戦部長と中国海軍の呉勝利司令官のテレビ会談(29日)に続き、作戦立案に当たったハリス太平洋軍司令官を予定通り11月2日に中国に派遣する。
 この直後に開幕するマレーシアでの拡大東南アジア諸国連合(ASEAN)国防相会議に合わせ、長官が中国の常万全国防相と会談する可能性もある。
 米中対立激化の印象を薄めようと努めているように見える。

 一方、中国も、人工島造成について「砂の城」を築いていると批判するなど対中強硬派で知られるハリス氏の訪中をキャンセルしなかった。
 「暴発的事件が起きる可能性がある」(呉司令官)という脅しの裏には、衝突への危機感もにじむ。








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