2015年12月19日土曜日

信じられない速さで没落する韓国(10):韓国の焦り、そしてメンツ

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ダイヤモンドオンライン 2015年12月19日 武藤正敏 [前・在韓国特命全権大使]
http://diamond.jp/articles/-/83545

産経新聞前ソウル支局長「無罪判決」に見える
韓国の焦りとメンツ

 日韓関係を考えるにあたって、重要なのは冷静で客観的な視点だ。
 そこで、韓国をよく知る前駐韓大使・武藤正敏氏が、外交から政治、経済、社会まで、その内側を考察する新連載をお送りする。

 第1回は、産経新聞前ソウル支局長の裁判から見える同国の内情を解説する。

■実刑判決は誰も望まない
 だが単に無罪ともしたくない


●裁判所は有罪、無罪の判断をしない宣告猶予を考えているとみられていた。写真は記者会見時の加藤達也氏 Photo:AP/AFLO

 12月17日午後、産経新聞の前ソウル支局長、加藤達也氏の裁判の判決が言い渡された。
 結果は無罪となった。
 その背景について私見を交え解説したい。

 その前にまず、裁判の経緯を振り返っておこう。
 2014年8月3日、韓国の旅客船セウォル号が転覆して沈没した事故で、修学旅行中の高校生など乗員乗客295人が死亡した。
 この事故で、船長他乗組員の一部が乗客を救助することなく先に脱出し、国内の批判が高まった。
 その事件当日、朴槿恵大統領が7時間にわたり行方不明になったとして、産経新聞の前ソウル支局長は「朴槿恵大統領、旅客船沈没の当日、行方不明に…誰と会っていた」と題する記事を同紙のウェブサイトに掲載した。
 朝鮮日報の報道や証券街の報道を引用し、フェリー転覆事故の当日に朴槿恵大統領が元側近のチョン・ユンフェ氏と密会していたとする記事である。
 韓国大統領府や在日大使館が「名誉棄損などに当たる」として記事の削除を要請したが、産経新聞がこれに応じなかったため、検察は加藤氏を、大統領の名誉を毀損したとして起訴し、懲役1年半を求刑していた。

 この問題の判決が、12月17日午後言い渡された。
 判決の朗読に先立ち、裁判所は韓国外交部が検察当局に対し送った文書を読み上げた。
 これは異例の対応である。
 その中で外交部は、今回の裁判が両国の関係改善の障害となっているため、大局的に善処すべきだと日本側から強く要望があったとしたうえで、
 「最近、両国関係の改善の兆しがあり、善処すべきだとする日本側の主張を斟酌することを望む」
と配慮を求めた。

 この日の判決は、当初予定していた11月26日から12月17日に延期されたものである。
 結果は先述の通り無罪となったが、判決が延期された時点で、裁判所は被告側と何らかの取引をしたうえで、有罪、無罪の判断をしない宣告猶予を考えているとの噂が広がった。
 裁判所として、加藤前支局長を単に無罪として釈放したくはない。
 反面、実刑判決は誰も望むところではないので、名誉棄損に対する反省と謝罪を取り付けたうえで宣告猶予としたかったのかもしれない。
 しかし、産経新聞社側はいかなる形であれ、取引に応じないと言われていた。
 そこで、外交部の検察に対する要請をもって無罪とした、と考えられないだろうか。
 その真実は誰も語らないであろうが。

■親日との批判を受けないための“韓国的なバランス”の解決か

 これは親日との批判を誰も受けない形で解決する、韓国的な知恵なのかもしれない。
 韓国において、現時点で加藤前支局長に実刑判決を下すことを喜ぶ者はいないであろう。
 起訴した時点では、大統領自身それを望んでいたという噂があったが、現在は日本との関係の改善に努力している時である。
 加藤前支局長に対する実刑判決は、日本国内の反発と、韓国異質論を高めるだけであり、関係改善の障害になる。
 今回の判決公判にも日本の記者が殺到し、韓国の記者はそれよりだいぶ遅れてきたようである。
 それだけ日本において関心の高かった判決である。

 セウォル号事件の当時は、朴大統領の事故対応に対し、国内の批判が高まり、支持率が29%まで低迷していた。
 そして、加藤前支局長の記事は、朴大統領が事件当時、不適切な行動をとっていたとの印象を与えかねず、許せないものであったであろう。
 しかし、現在は国定教科書問題(注)で支持率の低下が見られるとしても、40%台である。
 記事の悪影響は既になくなっている。
 さらに加藤前支局長を起訴し、裁判に処したことにはマスメディアを中心に国際的な批判がある。

 他方、加藤前支局長を裁判所が無罪にすることは、これまでの韓国政府の対応を全面否定しかねず、加藤氏の記事を快く思わない人々から厳しく糾弾される恐れもあった。
 また、記事の信憑性について認めたような印象を与えたくもない。できれば判決自体を避け、産経側の反省と謝罪を取り付けて、恩を売る形で収めたかったと考えても不思議ではないだろう。

 判決を3週間遅らせたのは、国際的な事例を研究するためとしているが、実際には、その間に双方が受けられる案で取引し、宣告猶予としようとしたのではないか、と憶測することは不見識であろうか(マスコミ関係者もそのような噂があると述べている)。
 しかし、産経新聞側はこれに応じなかった。
 産経新聞にしてみれば、あくまでも報道の自由の原則は曲げられず、韓国側の取引に応じ、自らの非を認めることはできないと考えたのであろう。

(注)現在の韓国の教科書は検定制度を取っているが、従来の教科書には、朝鮮戦争は北朝鮮が仕掛けたものであることを認めないなど北朝鮮寄りの記述をし、事実誤認を修正しないなど、思想的偏向があることが問題とされてきた。
 しかし、こうした状況を是正するためとはいえ、国定教科書としたことで、朴槿恵大統領が父である朴正熙大統領の独裁政治を正当化しようとする意図であるとの疑念が広がっている。

■大統領府が助け船を出した? 日韓関係改善を望んでいる証左

 裁判所は、単に無罪判決を出すことには抵抗があったことであろう。
 韓国の裁判所はこれまでの日本関連の判決を見ても、世論の動向を気にしている。
 しかし、外交部が検察に出した要請を受けてのことであれば、あくまでも大局的観点からの判決と言うことができよう。
 裁判所は判決の中で、「被告は噂が虚偽であることを知っていた」として被告にも非があるとしている。
 その上で、
 「誹謗が目的であったと見ることはできない。
 言論の自由は憲法で保障されており、公職者に対する批判は可能な限り許容されるべき」
 「公人としての大統領の業務遂行については公的関心事」
としている。

 外交部の要請は、当然大統領府と協議したうえであろう。
 韓国では、大統領に絡む案件について、外交部独自の判断で検察に善処を求めることはできない。
 そこには大統領府の意向が反映されていると見ることが自然である。
 大統領が善処を望んだのであれば、裁判所としても、
 「公人としての大統領の業務遂行については公的関心事」
として無罪判決を出しても誰からもとがめられないであろう。

大統領府、外交部がこのような形で本件を収めようとしたことは、日韓関係の改善を真剣に望んでいる証左である。
 12月15日にも日韓の局長協議が行われ、そこでこの問題が提起されたと報じられている。
 今後、慰安婦問題で協議していくにあたっても、この問題は早く片付けたかったのであろう。

 もちろん、加藤前支局長の問題と慰安婦問題はまったく別個の問題である。
 しかし、日韓関係を難しくしているのは国民感情である。
 これまでは、韓国の反日感情が大きな障害であった。
 現在は日本の嫌韓感情も大きな障害となりつつある。
 日韓関係の改善は一気に進むものではないかもしれないが、加藤前支局長の問題への韓国側の対応のように、一つ一つ問題を解決して雰囲気を改善することが全体の雰囲気を改善し、他のより難しい問題の解決に資するのである。

 韓国側としても、今回の問題で雰囲気が改善することにより慰安婦問題の話し合いも進んでいくことを期待しているのであろう。

■完全に白黒をつけようとすれば問題の解決が遠くなる

 判決を受ける側としては、外交部が、「善処」を望んだから無罪としたのではなく、そもそも無罪であったとの判決を期待したであろう。
 しかし、なかなかそうはいかないのが日韓関係である。
 日韓関係を左右するのは国民感情であると申し上げた。
 したがって、完全に白黒をつけようとすると国民感情が対立し、問題の解決がつかない。

 白黒をつけようとして、出口がなくなったのが、慰安婦問題である。
 日本はこの問題の解決のため、国民全体から募金活動を行い、「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)を通じて、総理直筆の署名が入ったお詫びの書簡と償い金を元慰安婦にお渡しした。
 韓国を除いた国々では、これにより解決している。

 しかし、韓国では「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)が、日本政府が「国としての責任」を認めることと、政府が直接補償を払うことを求め、元慰安婦にアジア女性基金からの書簡と償い金の受け取りを拒否させた。
 そもそも、日本政府はこの問題は解決済みであるとの立場であり、韓国政府が挺対協の求めることを要求しても、受け入れるはずはない。
 日本は、既に解決済みの問題ではあるが、人道的見地から、対応してきたのである。
 韓国政府が、この解決済みの問題を再提起したことが問題を拗らせたもとであり、韓国側の主張をとことん通そうとすれば、行き場がなくなる。

 加藤前支局長の問題に対応したように、完全に白黒をつけない形で知恵を出すことが日韓両国政府に求められている。

■韓国が報道や表現の自由を尊重する契機となることを望む

 韓国では、加藤前支局長に対する名誉棄損罪の後、朴裕河教授の著書「帝国の慰安婦」に慰安婦に対する名誉を毀損する内容があるとして、同教授が刑事告訴されている。

 この本は、慰安婦の実態について、詳細に研究し、客観的に記述したものであり、こうした告訴の根拠はない。
 慰安婦に同情的な日本の進歩的有識者も刑事告訴を批判している。
 そもそも、韓国の慰安婦団体は慰安婦の実態に関し、自分たちが主張する事実関係以外認めないとする活動をしてきている。
 これは、学問の自由、表現の自由の侵害である。

 加藤前支局長に対する判決は、韓国的バランスの結果である。
 本来であれば、加藤前支局長が名誉棄損罪などで訴えられなかったことが望ましい。
 しかし、今回の判決で最悪の事態は免れた。
 日韓間ではこうしたグレーゾーンの解決は避けられない面がある。

 ただ、こうした報道の自由、学問の自由、表現の自由への干渉は、害こそあれ、意味のないものである。
 判決文にも、「言論の自由は韓国の憲法で保障されている」と明言している。
 これを機に、韓国でも報道の自由、学問の自由、表現の自由に対する認識が高まってほしいものである。







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