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現代ビジネス 2015年12月04日(金) 川口マーン惠美
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46708
ドイツはなぜシリア参戦を決めたのか?
テロリストに狙われる危険は急上昇。
それでも軍事行動に出る本当の理由
◆参戦を決めた本当の理由
ドイツ政府は12月1日、シリア参戦を閣議決定した。議会の承認も確実の見込みで、12月上旬中には出動できるという。
まずは、トーネードという戦闘機6機と、空中給油機1機を展開。
そして、地中海にいるフランスの原子力空母シャルル・ドゴールを守るため、護衛艦も出すらしい。
フォン・デア・ライエン国防大臣(女性)は、やけに軍事行動に熱心だ。
この作戦に900人から1200人が投入されるとか。
アフガニスタンから帰ってきたばかりなのに。
もっとも、ドイツ国内ではいつもどおり派兵については賛否両論。
そもそも、作戦が稚拙というか、なさ過ぎるという非難の声も多い。
シリア戦線では、いったい誰が誰と戦っているのかがわからないほど戦況がこんがらがってしまっている。
敵がISだということは一応わかっているが、対ISで共闘しているはずの国々が、実は必ずしも味方ではない。
それどころか、敵であったりする。
すでに米国、ロシア、フランスがシリア空爆を行っている(イギリスはこれまでイラクのみだったが、おそらく来週からはシリアも)が、各国の軍を束ねる総指揮官がいない。
もちろん共同作戦もない。
とくに、ロシアが蚊帳の外に置かれている。
だから、ロシアの戦闘機が味方であるはずのトルコ軍に撃墜されるという事件も起こる。
ISを倒したあと、シリアをどうしたいかについても意見はバラバラだ。
ロシアやイランは、アサド政権を立て直したいと思っているが、フランスや米国は、ISをやっつけたあとはアサド政権を潰すつもりだ。
しかし、そんなに容易くISが駆逐されるだろうか。
アフガニスタンのように、泥沼になってしまう可能性は限りなく大きいのではないか。
しようがないので、ドイツはとりあえず上空から偵察。
ただ、ドイツの参戦には、テロ撲滅やフランスとの連帯などという表向きの理由の他に、実は大きな目的がある。
シリアからとめどなく流れてくる難民の波を止めるために、
ぜひともシリア情勢の沈静化が必要なのだ。
それを知ると、ドイツの昨今の他の動きも、結構わかりやすい。
◆EUの最強国がトルコに擦り寄ったワケ
11月29日、ブリュッセルで、EU首脳がトルコのダウトオール首相を招き、“EU+トルコ”というサミットを持った。
音頭を取ったのはメルケル首相。その6週間前の10月19日にも、メルケル首相はわざわざイスタンブールまで赴いて、これ以上、難民をトルコから出国させないよう頼み込んでいる。
トルコは、難民のハブ国なのだ。
イラクともシリアとも長い国境で接しているため、ISを逃れてトルコで難民として保護されている人たちがすでに250万人。
難民はひっきりなしに、トルコ経由でギリシャに渡り、
バルカン半島を北進してドイツまでやってくる。
「難民受け入れに上限は作らない」と頑と言い張っているメルケル首相は、国内で与野党から、また一般国民からもかなり追い詰められ、打開策を打ち出す必要に迫られている。
そこで出てきたのが、難民の元を断つ作戦。
それが、シリアでの軍事行動であり、また、難民のトルコ封じ込め作戦でもある。
ドイツ政府はこれまでトルコを反民主主義だと非難していたが、もう、そんなことを言っている場合ではない。
どうにかしてトルコの協力を仰いで、出国者を厳しく取り締まってもらわなければならない。
そこで11月29日、トルコを交えたサミットがあわてて設定されたというわけだった。
トルコとEUの関係というのは一筋縄ではいかないが、すでに切っても切れない関係でもある。
特にドイツには、70年代に入った大量のトルコ人労働者が定着し、すでにドイツ国籍を取得している人も含めればその数300万人。
そろそろ四世が生まれ始めている。
トルコがEU加盟候補国となったのは1999年。
トルコ政府は6年という年月をその準備に費やし、正式なEU加盟交渉が始まったのは2005年のことだった。
当時のドイツの政権は社民党と緑の党の連立で、シュレーダー首相がトルコのEU加盟にとりわけ熱心だった。
最初のうち、トルコは加盟を目指して様々な改革に励んだが、そのうち「EUは本気でトルコの加盟など望んでいない」ということに気づき、バカバカしくなったようだ。
エルドアン大統領も、EU加盟より、中東の盟主になるほうに舵を切った。
これまでEUとトルコが同じ目線で話し合ってきたかというと、そうとも言えない。
シェンゲン圏(ヨーロッパの26ヵ国)の国民はトルコにビザなしで入れるが、トルコ国民はビザが要るという不平等条約(?)の存在もある。
ここ数年は、難民が急増して困りきったトルコが、何度も援助を求めていたが、EUはずっと無視し続けた。
多くのEU国は、トルコをしばしば上から目線で見ていることも、周知の事実だ。
ところが今、EUの最強国ドイツがトルコに擦り寄っているのである。
サミットで、
「多くの難民を保護しているトルコは、これまで誰からも援助を受けていなかった。
彼らにはEUから援助を受ける権利がある」
とメルケル首相。
トルコのダウトオール首相は満面の笑みをうかべて、
「今日は歴史的な日である。
我々の大陸の将来の運命がかかっている。
我々はヨーロッパという家族の一員となった」
と返礼した。
あれは演技だったのだろうか、それとも本当に嬉しかったのだろうか。
トルコに戻ってから、「もっとクールにやれなかったのか?」とエルドアン大統領に文句の一つも言われるのではないかと心配になるほどの舞い上がり方だった。
◆メルケル首相の政治生命がかかった「取引」
このサミットで、EUがトルコに提案したのは、難民庇護に対する30億ユーロ(約4,000億円)の援助と、シェンゲン圏でのビザ義務の停止(16年10月から、トルコ国民は短期滞在ならビザは要らなくなる)。
さらに、トルコのEU加盟交渉の本格再開。
また、トルコに溜まってしまっている難民のうち、40万人をEUが引き受けるという話も出ているようだが、これはまだ検討中。
その見返りとして、トルコはシリアとイラク国境の監視を強化し、難民がこれ以上トルコに入ってこないようにする。
すでに入っている難民に対しては労働の許可を与え、子供は学校に行かせる(難民をトルコに定着させることが目的)。
また、難民が勝手にギリシャへ移動することのないよう、ギリシャ国境をしっかり監視することなどが求められている。
またEUは、これからEUで庇護申請をする難民が、もしもトルコからやって来たということがわかれば、その難民をトルコへ送り返すことができるようにもしたい意向だ。
つまり、一言で言うなら、EU、とくにドイツが「民主的に」難民を減らすための、トルコとの「取引」だ。
ただ、よくよく聞いてみると、中身がかなりいい加減で、トルコに渡す30億ユーロの出所は不明。つまり、誰が出すかが決まっていない。
早くもEUの中で、「お金は出さない」と申し出た国もある。
しかも、どの期間に30億ユーロを渡すのかも不明だというから(トルコは毎年30億と解釈しているらしい)、トルコのぬか喜びに終わる可能性もある(あるいは、もっと増える?)。
問題は、トルコがこの取引にどう応じるかだ。
現在、戦闘機撃墜でロシアと仲違いしてしまっているので、これを機にEUに接近を図るか。
それとも、「お金の力で難民をトルコに押し付けるとは何事か!」と反発するか。
あるいは、良いとこ取りを試みるか。
いずれにしても、冬になったら減るだろうと言われていた難民は、一向に減らない。
11月の終わり、ドイツに入った難民はついに100万人を突破した。
この波を止められるかどうかに、メルケル首相の政治生命がかかってきた。
だからこそ、軍事行動に出たり、トルコを懐柔したり、いろいろ試みているのだが、あらゆることが不確実な中で、一つだけ確かなことがある。
シリア参戦によって、ドイツ国内におけるテロの危険は急激に増すだろう。
憂鬱なクリスマスである。
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