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JB Press 2015.12.4(金) 藤 和彦
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45435
「国際金融資本」が中国を見捨てる日は近い
中国は人民元SDR入りの日を無事に迎えられるのか
●中国、偽造困難な新百元札を発行
中国北部・河北省邯鄲の銀行で、新百元札を見せる銀行員(2015年11月12日撮影)。(c)AFP〔AFPBB News〕
国際通貨基金(IMF)は11月30日の理事会で特別引き出し権(SDR)の算定基準となる通貨に中国・人民元を2016年10月から組み入れることを最終決定した。
これにより人民元は米ドル・ユーロ・円・英ポンドと並ぶ5番目の基準通貨に確定し、ドルを基軸とする国際金融の枠組みの中で一段と存在感を増すことになる。
人民元のSDRにおける構成比率は事前の予想に近い10.9%と決まり、米ドル(41.7%)とユーロ(30.9%)に続く第3位になる(円は8.3%で第4位)。
人民元の基準通貨への採用は「通貨の取引の自由度の高さ」が長年障害となっていた。
人民元は現在でも中国共産党の支配下にある中国人民銀行が基準相場を設定し、変動を基準値の上下2%以内に限って許容している。
元の金融資本市場も制限だらけであり、資本取引での利用に厳しい規制が残っている。
為替レートが自由に変動し、公正に開かれた金融市場を基盤とする先進国の通貨の水準にははるかに及ばない。
日本は1964年にIMF8条国(為替規制を撤廃し貿易など経常取引に伴う通貨の交換性を保つ措置を講じることをコミットする)に移行し、
1973年に変動相場制を採用、
1998年に為替取引の完全自由化を実施
した。
これに対し中国は1996年にIMF8条国に移行したが、中国政府はその後、具体的な措置を講じなかった。
「2020年までに元を交換が可能で自由に使える通貨にする」
としているが、具体的な工程表を示していない。
現在の中国は日本が円の国際化を進めた1980~90年代の段階に相当するが、スイフト(国際銀行間通信協会)によれば、世界の貿易投資などの決済に使われる通貨別のシェアで人民元は今年8月に初めて円を上回るなどその存在感を急速に高めている。
■人民元に目をつけ国際化を後押しする国際金融界
国営新華社通信が12月1日「SDR入りは名ばかりではなく、国際金融市場や通貨システムの安定促進を必ず実行する」との論評を発表するなど、中国は「前のめりの高揚感」(12月1日付産経新聞)を隠そうとしない。
それに対して、日本では
「IMFを背後から突き動かしたのは国際金融界である」
とするいささか陰謀めいたコメントが聞こえてくる。
2008年9月のリーマン・ショック後、世界で急激にプレゼンスを高めた中国経済に国際金融資本が目をつけたのは確かである。
最近では英国政府がIMFの最終決定を見越してシティへの元決済機能の誘致を実現しているが、米国でも経済界の首脳が国内での人民元取引・決済の容認に向けて作業部会を設置した(12月1日付ブルームバーグ)。
日本のメガバンクも、積極的な姿勢は示していないものの、
「いったん出遅れれば顧客を奪われてしまう。
元決済ビジネスをやるリスクより
やらないリスクの方が大きい」
として追随の構えを見せている。
産業界でも動きがある。
独自動車大手であるフォルクスワーゲンは中国との取引で獲得する大量の人民元をユーロに両替すると手数料がかかることから、日本の自動車部品メーカーに元決済を持ちかけているという(12月2日付産経新聞)。
2015年9月時点で、中国の現預金総額は21兆ドル超(2015年9月末時点)と巨額である
(日米合計の約20兆ドルを上回るとされている)。
世界最大の通貨発行量を誇る人民元が国際金融資本と結託して国際通貨となれば、「人民元は世界を脅かす現代版悪貨」(田村秀男 産経新聞特別記者)となり、円はその波に呑み込まれてしまうかもしれない。
■儲からなくなれば中国は見捨てられる
『china2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社)は、国際金融資本が拠点を置く米国と中国の戦後の関係を読み解くために有用な本だ。
著者のマイケル・ピルズベリー氏は米国のインテリジェンスサークルの中で長年「パンダハガー(親中派)」の役割を担ってきたが、最近になって中国の「100年マラソン戦略」(米国主導に従うふりをしながら2049年までに米国に代わる覇権国になるという秘密戦略)に気づいたという。
ピルズベリー氏が述べる米中関係をかいつまんで説明すると、
「1970年から米国はソ連に対抗するために中国を育てたが、
ソ連崩壊により米国は中国と組む意味を失ったために
米中関係は一時悪化した。
しかし中国は当初反中色強かったクリントン大統領の取り巻きをロビー活動等により籠絡し、
米中関係を再び好転させることに成功した」
というものである。
1990年代初頭までは安全保障上の要請からだったが、米国(国際金融資本)がクリントン政権以来、
「世界一の人口を誇る巨大市場で儲ける」という経済上の理由で中国に急接近した
のだとすれば、儲からなくなれば見捨てることになる。
中国に進出した欧米の金融機関の撤退の動きが加速していることを以前紹介したが、米国では、中国株上場投資信託(ETF)に対する空売りが5カ月前の中国株バブル絶頂期以来のハイペースで積み上がっているという(12月1日付ブルームバーグ)。
こうした取引が前回急増した6月には中国株が急上昇から急落に転じたため、空売り投資家の見立ての正しさが立証された形となったが、今回も「2匹目のドジョウ」がいるのだろうか。
11月27日、中国株式市場は5.5%安となり、8月25日の下落率7.6%以来3カ月ぶりの大きな下げ幅を記録した。
今回の株価の大幅下落に最も大きな影響を与えたのは、6月の中国株暴落後に政府の救済策の先兵として活躍した「国家隊」と呼ばれる政府系証券会社が、当局から規則違反の疑いで調査を受けていることである。
中信証券や国信証券を始めとする21社で構成された「国家隊」のうち、既に6社はインサイダー取引や取引情報漏洩の疑いをかけられている。
習近平指導部は6月の株価暴落と金融関係者によるインサイダー行為を「経済クーデーター」と断定し、大々的な調査を行うとされている(12月1日付大紀元)。
証券会社は「恩を仇で返された」ようなものだが、当局の調査による経営の混乱が一段と深刻なものになれば、業界第1位の中信証券が当局主導で競合他社に買収される可能性が出てきている(12月1日付ブルームバーグ)。
反腐敗運動を名目に中国特有の「人治主義」が金融業界全体を覆いつつある現状を鑑みると、「二匹目のドジョウ」どころか「巨大なクジラ」が今後出現するのではないかと思えてくる。
中国政府が12月1日に公表した11月の景況指数によれば、3年3カ月ぶりの低水準に沈む製造業を尻目に金融業界をはじめとする非製造業部門は好調を維持しているが、
「金の卵を産むガチョウ(金融業界)」が権力闘争のために犠牲になるのは時間の問題なのかもしれない。
■深刻な在庫過剰問題、「爆買い」にも陰り
過剰在庫問題もますます深刻になっている。
中国メデイアによれば、在庫過剰が深刻化している
上場企業の在庫額が合わせて7.5兆元(約144.6兆円)に達したようだ。
その業種別内訳を見てみると、
1].不動産分野が2兆8943億元で首位。以下、
2].建築分野(1兆5398億元)、
3].化学分野(3308億元)、
4].機械分野(2918億元)、
5].探鉱分野(2289億元)、
6].鉄鋼分野(1940億元)、
7].自動車分野(1876億元)
と続いている。
このうち不動産・建築分野を合わせた企業数(217社)は上場企業全体の8%に満たないが、在庫額は全体の6割近くを占めており、上海市場に上場しているゼネコン大手の中国建築1社だけでその在庫額は4096億元にも上っている。
今年の在庫伸び率は20%の大台を超えるとされているため、習近平指導部も重い腰を上げざるを得ない状況に追い込まれている。
11月10日に内部の会議で住宅在庫問題の解決を指示したとの憶測が流れ、新しい政策が近いうちに発表されるとの観測が浮上している(11月30日付大紀元)。
遅きに失した感が強いが、仮にこの問題を短期的に解決しようとすれば、経済全体がハードランデイングになるだろう。
中国人の「爆買い」も陰りが見え始めている。
11月30日に発表された中国のサービス貿易統計によれば、10月の海外旅行支出は約190億ドルとなり、9月の250億ドルを大幅に下回った。
米国の不動産に対する中国人の投資意欲の低下が鮮明になっている(12月2日付ロイター)。
中国株の大幅下落などに伴う保有資産の目減りが関係しているとの指摘がもっぱらである。
急速な高齢化の進展も中国の今後の経済成長の大きな足枷になるだろう。
中国政府が12月1日に発表した統計によれば、2014年時点で中国の60歳以上の高齢者の総数は2億1200万人に達し、世界で高齢者人口が最も多い国家となっている(総人口に占める割合は15.5%)。
■未曾有の資金流出が起きるリスクも
人民元の国際化により国内への海外資金の流入を拡大させたい中国だが、来年10月に向け一層の改革を行わない限り「捕らぬ狸の皮算用」に終わってしまう。
一方で、「人民元のSDR採用による国家の威信を高める」という悲願を達成してしまった今、日増しに高まっているのは「株価急落の原因は悪辣な外国資本である」と指弾する保守派勢力の声である。
また、当局の締め付けと外国企業との競争激化を恐れる金融業界からも、
「資本勘定の完全自由化を急ぐことは金融リスク管理にとって好ましくなく非常に慎重に取り組むべきである」
との論調が出てきている。
こうした状況のなか、中国政府が今後も改革を続けていくことができるか予断を許さない状況になっていると言ってよい。
人民元は昨年景気の失速懸念から対ドルで5年ぶりに下落に転じ、今年夏から数度にわたり切り下げ措置がなされたことがあいまって、
「人民元が今後も下落を続ける」とのコンセンサスが出来上がってしまった。
市場関係者のマインドを変えるためには相当の規模の景気刺激策が不可欠である。
しかし、その見込みは薄いと言わざるを得ない。
人民元の国際化を進めること自体は正しい政策だが、経済が急減速した状況下で人民元の自由な交換を認める踏み込んだ改革を実施すれば、未曾有の規模の資金流出が起きるリスクがある。
最悪のタイミングで人民元改革を始めた中国政府にとって「進むも地獄、戻るも地獄」なのである。
儲からなくなった中国に対して、国際金融資本が手のひらを返して見捨てる日が近づいているとするのは言い過ぎだろうか。
2016年7月に任期(1期5年)切れを迎えるIMFのラガルト専務理事は、人民元のSDR採用により再任のチャンスを固めたようだが(12月1日付ブルームバーグ)、人民元が晴れてSDR入りするまでには一波乱も二波乱もあるのではないだろうか。
』
『
ニューズウイーク 2015年12月2日(水)16時30分 遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/12/sdr.php
人民元をSDR構成通貨にさせた習近平の戦略
習近平の賭け:
SDR構成通貨入りを果たした人民元は円を抜き世界3位に
11月30日のIMF理事会は人民元の国際通貨入りを決定。
構成比率は日本円を凌駕し第3位に。
習政権の反腐敗運動の目的の一つは「金融の透明化」だが、今般の決定を自国の国有企業改革の外的圧力にするつもりだ。
◆円を上回った人民元
IMF(国際通貨基金)は、11月30日に開かれた理事会で、外貨不足に陥った加盟国に外貨を融通する「特別引き出し権(Special Drawing Rights:SDR)」の構成通貨に、人民元を採用することを決定した。
11月1日付けの本コラム「南シナ海、米中心理戦を読み解く――焦っているのはどちらか?」
でも述べたように、ドル、ユーロ、ポンド、日本円に次ぐ、第5の国際通貨(準備通貨)として人民元を認めたのである。
そればかりではない。
SDR構成比率において、人民元は10.92%と、ドル(41.73%)、ユーロ(30.93%)に次ぐ3番目の構成通貨として、日本円(8.33%)を凌駕した。
この構成比率は貿易と金融取引の度合いをベースに算出される。
つまり国際社会における貿易と金融取引において、中国が日本を抜いたということである。
◆反腐敗運動は「金融の透明化」をアピールするため
筆者は、胡錦濤政権時代のチャイナ・ナインにおいては激しい権力闘争が起きていたことを『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で描いた。
一方、習近平政権のチャイナ・セブンにおいては、習近平総書記&国家主席自身が江沢民の推薦によってのし上がってきた男であるため、反腐敗運動は権力闘争ではないと主張し続けてきた。
しかし日本のメディアや中国研究者は、筆者が植え付けてしまったチャイナ・ナインの権力闘争という概念から抜け出すことができず、習近平政権になってもなお、この「権力闘争説」で中国を分析しようとして、日本人を喜ばせた。
その方が面白いし、「ああ、習近平政権はダメだなぁ」と思うことができるので、痛快になるからであろう。
これがいかに間違っているかは、今般のIMFが出した結果を見ても明らかだ。
これまで何度も随所で書いてきたが、反腐敗運動は権力闘争ではなく、その第一の目的は共産党一党支配体制をなんとか崩壊させないようにするためだが、もう一つの大きな目的は、腐敗を撲滅しようとする姿勢を見せることによって「金融の透明性」を国際社会にアピールしようとしたことにある。
「金融の透明性」がなければ、AIIB(アジアインフラ投資銀行)は成立しない。
北京や上海が金融の中心地になることなど、夢のまた夢となる。
習近平政権は、その「中国の金融の夢」に一歩でも近づくためにも、反腐敗運動を展開したのである。
さらに、人民元ができるだけ多くの国で使われるように戦略を練り、シンガポールやオーストラリアなど華人華僑の多い国だけでなく、イギリスのシティを中心にして人民元の国際化に力を入れてきた。
イギリスが動けば競争心の強いフランスやドイツも動く。
結果、これら多くの国々と人民元建ての債券発行や人民元で取引できる銀行の設置など、金融協力を着々と進めていった。
それはイギリスのAIIB加盟により一気に進み、G7を切り崩していったことは記憶に新しい。
今般の国際通貨入りは、いよいよAIIBにより日米などを除いた圧倒的多数の国を人民元取引に惹きつけ、これまでのドルを基軸とした国際金融体制を、人民元を基軸とした国際金融体制へと移行させていこうという戦略だ。
こうしてこそ習近平政権が描く「中華民族の偉大なる復興」への夢へと近づく。
しかし、その阻害要因が実は中国の国内にある。
それはあまりに激しい一党支配体制が生んだ強固な国有企業の構造基盤であり、そこが生み出す腐敗天国だ。
そのためすでに30万人近い大小の「虎やハエ」を退治してきたが、それでも本格的な構造改革はできていない。
習近平政権は、今般のIMF決定を、国内の構造改革への外的圧力にして、「構造改革を徹底できなければ、世界金融の王者はめざせない」とハッパをかけるつもりなのだ。
銀行を含めた国有企業が金融の透明性を阻んでいるからである。
SDR構成通貨決定を受けて、パリのCOP21に参加していた習近平国家主席も、中国人民銀行もまた「(中国の)金融改革と対外開放を促進する」と強調したのは、そのためだ。
◆日本の課題――日本が出遅れた原因
こういった世界の動きに日本が乗り遅れた感は否めない。
日本がAIIBに加盟しないことは評価するが、今般、人民元のSDR構成比率が日本円を抜いた原因の一つには、中国の反腐敗運動を「金融の透明化」と「人民元の国際化」への序章であることに気づかない日本のツケがあると言っていいだろう。
もしあの激しい反腐敗運動を、「人民元の国際化のため」と見る目を持っていたら、日本政府はもっとその方向の戦略を考えたのではないだろうか。
反腐敗運動を権力闘争だと主張して、日本人を喜ばせた中国研究者やメディアの罪は小さくない。
もっとも、胡錦濤政権のチャイナ・ナインに対してではあるものの、共青団や太子党あるいは上海閥(江沢民派)などの「権力闘争」という概念を日本に強く植え付けたのは筆者自身なのだから、自分を責める以外にないのかもしれないが。
もう一つの原因は、なんといっても根本的には険悪な日中関係にあるだろう。
習近平政権が、あれだけ声高に歴史カードを日本に突き付けてくれば、日本人の嫌中感情は高まる一方だ。
それは当然、日本企業の中国との取引を手控える重しになっている。
それでいながら、このたび『毛沢東 日本軍と共謀した男』を出版してみて、いかに(一部の)日本人が中宣部のプロパガンダに洗脳されてしまっているかを知った。
「毛沢東が日中戦争時代、日本軍と共謀していたなんて、そんなことを言っていいのだろうか」
という「自制心」を持っている日本人が多いのだ。
中にはこの厳然たる事実を「デマ」だと誹謗する者もいるのには驚いた。
左であれ右であれ、日本人はもっと自分自身の思想的殻を抜け出し、自由な思考を発展させなければならないだろう。
客観的事実を日本人自身が認め、中国にも堂々と歴史を直視することを求め、それを国際社会に知らしめていくことは喫緊の課題だ。
やがてアメリカを抜いて世界のナンバー1に昇りつめたい中国は、戦後のドル基軸体制から、「人民元基軸体制」へと国際金融界を持っていこうとしている。
今はまだ世界一であるドルの価値を低下させるために、何とかアメリカのプレゼンスを低下させようとしている。
そのためにアメリカとの日米同盟を強固にさせている日本を標的にしている。
中国はアメリカを凌駕するために、強固な同盟国である日本を叩こうとしているのだ。
それは武力という手段でなく、歴史認識問題を国際社会の共通認識に持っていくことによって日本を卑しめ、アメリカのプレゼンスを低めることに真の目的があることを見逃してはならない。
だから日本は「毛沢東が日本軍と共謀していた事実」を堂々と発信していき、国際社会の共通認識に持っていくことによって、日本の存在を矮小化させないよう全力を注がなければならない。
このまま放置しておけば、アジアにおける貿易や投資で人民元が優勢になり、日本は形勢不利となっていく。
歴史カードと人民元の国際化がリンクしているなど、想像はつかないかもしれないが、中国の遠大な戦略を、あなどらない方がいい。
アメリカは少なくとも、IMFで人民元がSDR構成通貨入りを拒否はしなかった。
それでいながら南シナ海で対立しているようなパフォーマンスを演じている。
こちらも、なかなかにしたたかだ。
人民元の国際的信用がどこまでいくかには疑問が残るものの、日本はせめてこれを契機に、反腐敗運動を権力闘争などと言って日本人を喜ばせるのは、やめた方がいいだろう。
中国を見まちがえて、これ以上出遅れるのは日本にとって好ましくない。
また形式上、どんなに日中友好といった交流をしても、中国の歴史認識に関する戦略は変わらないことを肝に銘じるべきだ。
』
『
ダイヤモンドオンライン 2015年12月7日 陳言 [在北京ジャーナリスト]
http://diamond.jp/articles/-/82699
中国銀行業の不良債権額は2兆元!
広がる社債発行停止と償還不履行
中国が11月30日に国際通貨基金(IMF)執行理事会で、人民元を特別引き出し権(SDR)の貨幣バスケットに組み入れると決定したことについては、12月4日までの一週間でかなり報道された。
30日午前に行われたブリーフィングで、中国人民銀行(中央銀行)の易綱副総裁はSDRに組み入れたからといって、元安を心配する必要はなく、基本為替レートは今後も変化しないと述べ、一般市民がもっとも関心を寄せている問題に答えた。
その日に、易綱氏は具体的に
「人民元のSDR入りに対するIMFの評価に元安の問題は言及されなかった。
中国経済は中高速で成長し、その成長の勢いには変わりがなく、貨物の貿易にも比較的大きな黒字が存在するうえ、海外からの直接投資及び中国の対外直接投資も増加しつつ、外貨準備も非常に充実している。
こうした要素は、人民元が継続的に安値になる基盤が存在していないことを決定づけている」
と語った。
これに先立って同氏は、人民元のSDR入りで資本流出が加速されるという市場の懸念について、人民元の国際準備貨幣地位の引き上げは越境資金流動の増加を必ず導きだすが、このような越境資金流動は双方向で、流出の要素があるなら、流入の要素もあるに相違ないと応じた。
「その流入と流出の効果を十分に考慮しなければならない。
もし政策がきちんと設計されれば、流入(を導く)と流出(を導く)の政策をバランス良く打ち出し、流出と流入をほぼ帳消しにし、少なくとも大部分を帳消しできる」
易綱氏は
「可能な限り」、中国は市場供給関係の決定的な役割を尊重するが、仮に人民元の為替レートの変化が一定の幅を超えた場合や、国際収支に異常が起こった場合には、中国中央銀行がやはり適時に介入すると説明した。
人民元のSDR通貨バスケット構成比率が10.92%で、ドル41.73%、ユーロ30.93%につぎ第3位にあり、人民元の後は、円8.33%、ポンド8.09%となることは日本のメディアにも報道されているが、
「人民元のSDR加入を歓迎し、中国が金融システムの改革に努力するよう希望する」
という麻生太郎財務大臣によるコメントも中国メディアは注目した。
■銀行全体の不良債権額は2兆元弱
金融の安全性は低下したが制御は可能
SDRのほかに、中国メディアが力を入れて報道したのが、金融の安全性であり、企業の債権放棄のニュースである。
「財新ネット」は、9月末時点の全金融機関の不良債権額が2兆元近くに達し、年初から5000億元以上増加したと報じた。
不良債権比率は2%を超え、年初に比べ0.35ポイント上昇した。
「財新ネット」の数字は政府の公式データを大きく上回っている。
中国銀行監督管理委員会の情報では、9月末時点の商業銀行の不良債権比率は1.59%に過ぎない。
ただ、財新網は公表したデータの出典を明らかにはしていない。
同記事によると、2011年第4四半期以降、銀行業界の不良資産額及び不良資産率はともに4年間上昇し続けている。
多くの銀行経営者は、現在は不良債権が点から面に拡散している状態だとし、その範囲も製造業と卸・小売業に集中しているとしている。
そして、それらは加工貿易型の企業や生産能力過剰な製造業の問題の深刻さを反映しており、一部の企業グループでは集団で債務逃れを画策するような状況も発生しているという。
また、記事によれば不良債権は各地で爆発的な勢いを見せている。
各地の監督管理局の情報によれば、6月末時点で黒竜江の不良債権比率は3.6%、雲南では2%、浙江省では不良債権額は1600億元を超え、不良率は2.23%となっている。
記事は、
「10、11月のマクロ経済データは非常に悪く、来年も深刻な調整が続くだろう。
銀行の不良債権はさらに増加し続ける可能性がある」
とする大手銀行部門総経理のコメントを紹介している。
現在、中国の銀行業の貸倒引当金に対する規定は非常に厳しいもので、不良率3%は何とかできるが、今後も経済情勢に変化がなければ大きな困難に直面することになりかねない。
光大証券の徐高・首席エコノミストは
「安定成長は下半期の経済政策の基調」
と述べ、経済減速圧力とリスクに対する指導層の関心が高まり、安定成長に対する欲求が高まっていることを指摘した。
「財経ネット」の記事が公表されてから、「新華ネット」は11月29日、次のように報じた。
「金融安全協力イノベーションセンターが同日発表した『中国金融安全レポート2015』によると、経済成長率の鈍化と前期刺激政策による高いレバレッジ率の影響で、2012年以来、中国の金融安全性は悪化傾向に遭遇したが、総体的にはリスクコントロールは可能範囲にある。
南西財経大学中国金融研究センターの王擎主任の話によると、同レポートは金融機関、金融市場、経済運営、金融自主権から、2001年から2014年までの金融安全状態に対する評価である。
出された結論では、2012年から今まで、安全指数は絶えず低下し、銀行業と証券業の安定性、健全性ともに下降に転じた。
『銀行の不良債権率と貸倒準備金率が持続的に上昇し、大規模な貸付は増加を経て返済ピークが訪れるに伴って、前期刺激政策にもたらしたリスクも次第に際立った。
一方、証券会社の負債率とレバレッジ率が次第に向上し、市場の変動も激しくなり、特に一部の業務イノベーションのリスクは十分に認識され、有効管理されていないために、業界の安全性に不利な影響をもたらしている』と王擎氏は語った。」
同レポートは、銀行業の安全状態、中国の実体経済部門のレバレッジ率の過大、地方政府の債務などの問題に対して関心を寄せなければならないと分析している。
金融安全協力イノベーションセンターについて一言付け加える。
同センターは、2012年に南西財経済大学をはじめ、中国審計署(会計検査院に相当)、中国人民銀行(中央銀行)、中国銀行業監督管理委員会、中国人民大学などが共同で発足させたものである。
同センターは定期、不定期に『中国金融安全レポート』『グローバルシステムの金融リスクに関するレポート』を公表している。
■社債発行の取りやめが相次ぎ
償還不履行も目立ってきた
金融の安全性が低下したなか、企業はどんな対応をしているか。「中国貨幣ネット」(chinamoney.com)は、11月5日から23日までの20日余りのあいだに45企業が債券発行計画を取り消し、その総額が500億元にも達していることを明らかにした。
昨年4月から今年7月までの1年間に発行がキャンセルされた債券が約370億元だったのと比較すると、その異常ぶりがわかる。
今回発行を取りやめた45企業は、鉄鋼、石炭、セメント、建設、インフラ設備、交通などの分野に集中している。
ほとんどが産業エネルギーのだぶつきに苦しむ業界に属し、経営体質に問題を孕む企業もあった。
5人の業界筋は、債券の発行取り消しが相次いで市場リスクが増し、このため投資家にはリスクヘッジの雰囲気が濃厚なことから、高リスク業界の債券融資に悪影響がひろがり、高リスク企業の発債コストが一層高まると見ている。
関連の報道によれば、最近の発行取消の頻発は債券の大量放棄の一因になる恐れがある。
今月5日、山東山水は国内債務の償還に不確実性があることを明らかにした。
同社が抱える未償還国内債券は6件71億元で、そのうちの20億元超の短期融資の償還が不履行になる見込みで、その他の債務も償還不履行の危機に瀕している。
またこれより以前、中鋼集団、英利集団などの企業も債券の償還で契約違反(デフォルト)を犯しているという。
経済の減速に伴い、金融の安定は低下したが、まだ大きな問題に直面したという状況ではない。
企業が積極的に資本市場から資金調達するのを止めていることは、安定性のさらなる低下を食い止めたと考えていいだろう。
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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2015年12月31日(Thu) 平野 聡 (東京大学大学院法学政治学研究科教授)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5801
開かれたアジア太平洋を目指す
「100年マラソン」の幕開け
中国の「統一戦線工作」とピルズベリー氏『China 2049』の教訓を中心に
年々世界情勢が目まぐるしく思える中、中国を取り巻く昨年の動きも本当に多岐にわたった。
中国の国際的存在感は確かに高まったが、中共の一党支配のもとで蓄積された矛盾が、ここに来てますます同時多発的に深刻化しているのも確かである。
そんな中国は、果たして今後どうなるのか。
日本としては、従来にも増して中国の意図を正確に見極めて適切に対応する必要があろう。
しかし筆者が思うに、このような状況にもかかわらず、多くのメディアや国内世論が中国の現状を形容する際に、些か冷静さを欠いてはいまいか。
もちろんその理由として、ここ数年来日本が中国から蒙ったハラスメントの反動ということはあろう。
あるいは中国がリーマン・ショック以来、世界各国の大型インフラ投資に激しく食い込み、日中両国が角逐する場面が増えているためであろう(ひとつの象徴的事例はインドネシア新幹線をめぐる問題であろうか)。
とはいえ日本も、バブルが崩壊したからといって日本社会全体が消えてなくなったわけではなく、長らくの低迷を経て再浮上が図られてきた。
これと同様に
中国も、たとえ多くの現代日本人から見て途方もない問題を抱えているとしても、
中国社会の基本的なあり方や国際的なイメージが致命的にダメージを蒙っているわけではない。
むしろ、30〜40年前には片鱗すらなかった大量消費社会は確実に根付いている。
ついこの間まで世界最貧国並みであった国が、課題山積ながらも経済力を上げたこと自体の重みは無視できない。
そして、経済は減速しつつもそれなりに活力がある中国だからこそ、国際社会は様々な「期待」を中国に向けていることは過小評価できない。
例えば英国やドイツはその代表例であろうが、中国との距離が極めて遠ければ、安全保障上の脅威として中国を見なす必要がなく、単純に経済的利害に基づいて中国との関係を重視するのであろう (もちろんそれは、各国の国内世論が一様に中国との関係強化を歓迎していることを意味しない)。
ゆえに、そんな世界の動向を睨む中共が考える次の一手も、日中関係が基準ではありえない。
生々しい弱肉強食外交そのものと言ってしまえばそれまでだが、中国はかりに某国(例えば日本)との関係が悪くとも、他の国との関係で利益を得られるならば、ますます某国との外交戦に打って出て妥協を勝ち取り、あるいは完全に力を削ぐことで、自国の利益を一方的に増やせば良いと考えている
(毛沢東流の「敵と我の矛盾」論は今も生きている。
敵は、中共に勝ち目がなければ完膚なきまで打倒するべきであるし、あるいは勝ち目がなくとも想定外の強い態度を見せて相手を怯ませるという方法もある。
その具体的な一例は、「第二次大戦後の世界秩序を守らない日本」という、昨年も中国の国連大使が繰り返した根拠なき非難であろうか)。
◆中華民族の偉大な復興
そもそも、中ソ関係が極限的に悪ければ、当面の生き残り策として日米に接近したものの、ソ連が崩壊し中国が発展すれば対日米妥協の必要もない。
そこで、長期にわたり「韜光養晦(能ある鷹は爪を隠す)」の態度で先進国から資金と技術を獲得し、やがて「中国夢」の名において西太平洋における日米の存在感を削ごうとしてきた。
これこそが、中共の言うところの
「世界民族の林の中で屹立する」
「多極化した世界の中で成功者の位置を勝ち取る」行為であり、
「中華民族の偉大な復興」の姿である。
このような世界観に即して言えば、
中共のいう平和は、あくまで中共の立場に理解を示した外国との、
二国間関係の積み重ねとして成立する。
中共が既存の(したがって中共にとって外在的な)国際秩序の模範的な一員に生まれ変わることによって実現するものではない。
一見すると「平和的崛起・台頭」というスローガンとともに進められてきた「新思考」外交にしても、後発組として国際秩序に参入して成功を収めた中国が、中国の台頭という国際秩序の新しい現実にふさわしいように、既存の秩序を改変するのを当然のものとみなす
(しかも、その代表的論者として知られる時殷弘氏の議論の端々に現れているのは、「本来中国が国際社会において得るべき座を占め続ける」米国への激しい敵意である。
彼らからは「対日新思考」と称して日本との接近が語られたこともあったが、それはあくまで日米を離間させるためであった)。
したがって、どれほど
日本の側が相互主義的な発想で「日本が譲歩すれば中国も譲歩する」と思い込み譲歩するとしても、
それは基本的に意味がない。
しかも、この類いの譲歩を引き出すためにも、中共はかねてから「統一戦線工作」を展開してきた。
統一戦線工作とは、中共が国内外で不利な情勢を跳ね返して主導権を得るため、
中共の外側にいる人々と広く連帯する、あるいは有り体に言えば、様々な利益と引き換えに抱き込むことを指す。
外交関係についていえば、まず
「中国こそが平和的で友好的であり、諸外国の立場は間違っている。
外国は歴史上、中国の利益を吸って発展したが、いつかこのような不均衡な関係は清算されるべきである」
と強調する。
そして、
「良心の呵責」を感じた外国・外国人が自らの立場を正し、
中国の発展に心から賛同し協力するのであれば、
中国も胸襟を開いてそのような国家・組織・人物を抱擁し、
中国との関係における便宜と利益を提供する
ということである。
◆世界に蔓延する「統一戦線工作」的手法
総じて、ある国家・組織・人物の「友好度」を判断するのは、「弱者」と称する中共の側であり、決して相互的なものではない。
それゆえ、中共の都合次第で「弱者」と「強者」の関係が変わったとみれば、「友好国・友好人士」は呆気なく切られる運命にある。
それは例えば、人民共和国の建国当初、台湾に逃げずに中共に協力した民族資本家や少数民族エリートがたどった悲惨な粛清の運命然り、鄧小平の「熱意」に応えて中国に莫大な協力を惜しまなかった日本政府や日本企業然りである。
「東アジア共同体」を掲げて国会議員の大使節団を北京に送った民主党が、その後尖閣問題で見事に足下をすくわれたのも、結局のところこのような「統一戦線工作」の枠組みにはめ込まれていたことを示すに過ぎない。
筆者の見るところ、このような世界観と手法による中国の台頭は、確かにここまで戦火に及ばず「平和的」に進んだかも知れない。
しかし、究極のところそれは決して平和的ではなく、中国が台頭すればするほど国際社会に軋轢を生じるものであった。
その結果、日本との関係にとどまらず、世界各国との関係においても、いつの間にか中共の「統一戦線工作」的手法が蔓延し、各国が翻弄される状況が一般化している。
その中で個々の国・アクターは、中国が所詮遠くにあることを幸いとして、短期的な利益に基づいて中国の立場に理解を示して接近するのかも知れないし、あるいは中国が繰り広げるゲームの構図に乗るまいとして抵抗し (例えばベトナム・フィリピン)、中国から激しい非難と実力行使に晒される。
これこそが、イスラーム原理主義の問題と並び、2015年の末までに明らかになったグローバルな国際関係の一大問題ということになろう。
●『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社、2015年)
この問題を考える上で、マイケル・ピルズベリー氏(野中香方子訳)による『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社、2015年)は実に示唆に富む。
ピルズベリー氏は長年CIAをはじめとした米国の情報・研究機関で働き、外交アドバイザーとしての役割を果たしてきた人物である。
とりわけ、米ソ冷戦を米国有利に進めるためにも対中関係を劇的に転換し強化してきたキッシンジャー外交の立役者であり、米国有数のPanda Hugger (パンダを抱く者=親中派) のひとりであった。
しかし本書は、米中関係の強化によって中国を米国流の自由で民主的で豊かな社会へと引き入れ、国際社会において米国と協調して主導的な役割を担うようにさせるという戦略が、完全なる誤りであったことを「懺悔」する。
ピルズベリー氏が強調するのは、1949年の中華人民共和国建国以来、どれほど凄まじい政治的混乱が繰り返されながらも、中国は総じて、欧米日によって19世紀以来壊されてきた歴史の栄光を取り戻すため、春秋戦国時代以来の戦略論に即して国際情勢の「勢」を慎重に読み、着々と手を打ってきた、ということである。
とりわけ、中国が先進国から受けた莫大な援助による発展は、中国が既存の国際関係の良き参加者となるためではなく、当面目的は一切ひた隠しにしたうえで、いつか既存の先進国と国際関係を完全に凌駕するためであると説く。
この結果、中国の息の長い「100年マラソン」(2049年=人民共和国100周年を、「中華民族の偉大な復興」達成のタイミングと位置づけ、意図をなるべく外界に知られず息長く走り続けること)に対する米国の対応は、既に手遅れの域に達したという。
◆中国に対する米国の大きな誤解
では、何故こうなるまで米国は中国の意図を見抜けなかったのか。
ピルズベリー氏は以下の誤った認識を列挙する。
(1) :中国とつながりを持ちさえすれば、米国は世界レベルの問題で中国の協力を得られる。
(2) :中国は民主化に向かいつつある。
(3) :中国は、「常に危機に直面している」という中国側の認識に基づいて、救いの手を差し伸べるべきである。
(4) :中国は米国のようになることを望み、実際その道を歩んでいる。
(5) :中国の極端なナショナリストの立場は弱く、改革派の方が強いと思い込む。
以上を換言すれば、米国は中国について
「古く雄大な歴史を持つにもかかわらず衰退してしまった哀れな国家であり、
しかもソ連の脅威にあえぐ中で心から救いを求め、
《西側》と同じような価値観を共有する国家に生まれ変わりたいと願っている。
したがって米国は、責任ある超大国として彼らを助けなければならない。
ゆくゆくは、米中両国が日本などとの関係よりも圧倒的に強力なパートナーシップを結び、
世界の秩序を新たな段階へ進ませることができる」
と見ていたことになる。
確かに、中国の一部の改革派は自由で開かれた国際社会の一員となることを願ってきたし、筆者(平野)も、そのような声には心から共感する。
しかし、ピルズベリー氏が苦々しくも告白しているように、少なくとも胡耀邦氏と趙紫陽氏の失脚以来、それが中共の願望であったことは一度もない。
このことは、中共の機関紙『人民日報』や、その子会社の極右国際情報紙である『環球時報』を昔から日々観察すれば一目瞭然である。
筆者(平野)は80年代、世界史を学ぶ高校生だった頃からチベット問題の深刻さに気付き、さらに1989年の大学入学直後に六四天安門事件を見聞したことで、中国ナショナリズムの言説に根本的な疑問を抱いた。そこで学部生の頃から日々大学図書館で『人民日報』を読み続け、さらに研究者となったものである。
このため、中共が「韜光養晦」の低姿勢から「中国夢」の高圧的姿勢に移行しても全く驚かないどころか、むしろ思いのほか早く彼らの思想的本質を露わにしたものだと思った。
このため筆者としては、ピルズベリー氏の議論には完全に同意しつつも、同時に
「情報機関の莫大な予算とマンパワーがあれば、これくらいのことは容易く知り得たのに、何を今さら」
の感を否めない。
しかし、米国人のほとんどは漢語の微妙な含意を正確に判断できず、華やかな、あるいは親密な雰囲気の会合で
「中国は弱く多難である。
中国の平和的台頭と中米の共存に向けた協力を望む」
と言われれば、それが裏表なき中国の願望だと判断し、以来、米中両国は裏で膨大な軍事協力を積み重ねてしまったのだという。
確かに米国は、尖閣問題が中共の挑発により先鋭化する中でも、日米安保に即して尖閣を防衛する旨をなかなか明確に示さなかった。
しかし今や米国が急速に中国と距離を置き、とりわけ今年の米中首脳会談において南シナ海問題などをめぐる中国の主張を一蹴するに至ったのは、米国が中国について明確に、望ましい国際秩序とその方法を共有していない存在であると確信したためであろう。
このように昨年は、中国の台頭が一定の大台に達し、経済力の裏付けによって明確に国際的影響力を増した反面、ますます深まる国内外の軋轢やアジア太平洋諸国の態度変更もあって「100年マラソン」の実相が明るみにされた一年であった。
したがって2016年は、そのような中共のやり方に従属することを望まない国々(そして、中共のやり方が望ましいとは思わない中国の人々)が広く連帯し、自由で開かれたアジア太平洋地域、そして世界を創造するための、新たな「100年マラソン」を堂々と始めたタイミングとして将来記憶されるようにならなければならない。
◆「統一戦線工作」的手法は中共の致命的な弱みや悩みと表裏一体
この過程では、例えば『人民日報』や『環球時報』に現れる、およそグローバルな国際関係を保つ上で有益ではない自己中心的な発想について、決して
「極端すぎる。それが平和的台頭を掲げる中国の主流の考え方ではない」
と見なすべきではない。
ピルズベリー氏によると、米国は情報部門からして、最近までこのような議論を、翻訳しようものなら米中関係を乱すとして、自発的に無視していたのだという (!)。
しかし長い眼で見れば中国外交はあくまで、共産党機関紙やその過激で極右な子会社紙に現れた言説の通りに進められている。
たとえ個々の中国の人が穏健な意見を持つとしても、中共中央宣伝部がメディアを支配し、この二紙をとりわけ「党の喉と舌」と位置づけている限り、そこに現れる言説(とりわけ「本報評論員」という肩書きや「国紀平」などの偉ぶったペンネームによる文章)は、中共中央における戦略を反映したものなのである。
いっぽう、日本は開かれた国際秩序を尊ぶ立場である以上、中国との相互尊重的な関係は重視するべきであろう。
中国との取引は、双方の需要と信義則にのっとって妨げなく展開されることが望ましいし、公正な条件での国際競争は受けて立つべきである。
しかし、中共の「統一戦線工作」的言説によって一方的に「友好」を表明させられたり、利益を供与させられたり、あるいは一方的に名誉を毀損されるような状況があれば、自信を持って堂々と拒否するべきである。
なぜなら、中共が「統一戦線工作」的手法に訴えるときは、中共自身の致命的な弱みや悩みと表裏一体だからである。
(ちなみに、中国との具体的なビジネスにおいて、何が公正な取引で、何が「統一戦線工作」的な陥穽であるのか。
昨年の新刊書で強い興味を引いた一冊として、
松原邦久氏の『チャイナハラスメント 中国にむしられる日本企業』(新潮新書)
をお薦めしたい)。
』
『
意見をつなぐ、日本が変わる。BLOGOS 2015年03月02日 00:00
http://blogos.com/article/106786/
【読書感想】チャイナハラスメント: 中国にむしられる日本企業
チャイナハラスメント: 中国にむしられる日本企業 (新潮新書) チャイナハラスメント: 中国にむしられる日本企業 (新潮新書)
作者: 松原邦久
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発売日: 2015/01/16
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◆ 内容紹介
詐欺的な契約、デタラメな規制、利用される「反日」……。
「無法国家」でのビジネスに未来はない! 改革開放以来30年の変遷を見てきたスズキの元中国代表が、中国人ビジネスマンの頭の中と共産党の思考回路を徹底解説。
◆ 内容(「BOOK」データベースより)
世界シェアトップのトヨタの販売台数が、なぜ中国ではGMの三分の一なのか。
そこには「チャイナハラスメント」とでも呼ぶべき巧妙な嫌がらせが関係している。
反日に傾く世論を気にする共産党にとって、中国に進出した日本企業は格好の標的なのだ。
改革開放以来三十年の変遷を見てきた著者が、中国人ビジネスマンの頭の中と共産党の思考回路を徹底解説。
中国ビジネスに求められる「冷徹な戦略」も詳述する。
この新書を書店で見かけたときの率直な印象は
「内容に興味はあるのだけれど、こういう『嫌中・嫌韓』系のタイトルの本って、偏見に満ちあふれているような感じがするし、引きずられないように注意すべきなんだろうなあ……」
だったんですよ。
一度は手にとったあと書架に返したのですが、やっぱり気になったので、後日読んでみました。
>>>>> 私はこれまで多くの講演会に招かれ、中国に関する話をしてきました。
講演を聴かれた企業幹部と話をすると、その多くの方が「中国ビジネスを行う上での基礎的な知識を欠いていた」と吐露されました。
本書では、こうした心情にお応えするため、日本企業が中国ビジネスを展開するに際して知っておくべきポイントを具体的に指摘してあります。
事前に一言だけ申し上げるとすれば、
「日本人と中国人は、あまりにも違った人たちであり、
もし関わろうとするのならば相当な覚悟を持って臨むべきである」
ということです。
その覚悟がないのならば、中国と関わるべきではありません。
中国は人口が多くて市場がありそうだとか、人件費が安そうだ、日本企業が多く進出しているから何とかなりそうだなどの単純な理由で進出するのはもってのほかです。
<<<<<
この新書、中国で30年来仕事をし、自動車メーカー・スズキの元中国代表なども歴任してきた著者による、
「中国で日本人が仕事をしていくことの難しさと、著者なりのノウハウについて述べたもの」
なんですよね。
中国人ビジネスマンや役人たちが「一筋縄ではいかない人達」であることが赤裸々に描かれているのですが、相手を不当に貶めているというよりは、
「相手の術中にハマって泣き寝入りする羽目に陥らないための貴重なアドバイス集」
です。
あまりにも日本の商習慣とは違いすぎる中国でのエピソードを読むと、「この国で仕事をするのは大変そうだなあ」と思わずにはいられないのですけど。
>>>>>
中国人ビジネスマンは二つの倫理観を持っています。
★.一つは自分が所属する内組織のなかでの倫理で、
これは「人を騙してはいけない」とか「約束を守る」といった、我々と同じ倫理です。
★.もう一つは、外組織の人間に対する倫理で、
この倫理が適用される相手には、約束を守らなかったり契約を反故にしたりすることも悪いことだと考えません。
それも「交渉の一部」だと考えるのです。
いうまでもなく、日本人ビジネスマンはすべて「外組織」の人間ですから、中国人ビジネスマンと交渉する際には「交渉の手段として相手はウソをついてくることもある」ということを片時も忘れるべきではありません。
中国では、交渉相手に気持ちよく接して親切にする一方で、商品にとんでもなく高い値段をつけたり、客に黙って欠陥商品を売りつけたりすることは、倫理に反することにはならないのです。
交渉相手や客は「外組織」の人間だからです。
中国のデパートの電気製品売り場などで、客がその電気製品を実際に通電させて、機能を確認して購入する姿をよく見かけるのは、そういう事情があるからです。
中国で生活していると、偽札が非常にたくさん出回っていることに気づきます。
なぜ偽札が多く出回っているかと言えば、
偽札と分かっても、中国人はそれを警察に届けずに使ってしまうからです。
警察に届け出れば偽札が没収され自分が損をします。
自分が騙されたのなら、誰かを騙し返すわけです。
偽札を掴まされたのなら、掴まされたほうが悪いのです。
車を購入するときも同じような光景に出くわします。
あるとき、地方の販売店を訪問していたら、販売店の社員が展示台に陳列してあった車を陳列台から下していました。
展示品の入れ替えをするのかなと思っていたら、なんと「この車が売れたから展示台から下している」というのです。
同色で同じ仕様の車が倉庫にあるのだからそれを渡せばよいのにと思いましたが、中国ではそれが通用しないのです。
お客さんは販売店を信用していないので、倉庫の車を購入すれば何かの部品を変更されるだろうと考えているのです。
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日本では「展示車」といえば、少し値引きされるのが通例だと思います(すごく品薄の車であれば別かもしれませんが)。
いろんな人が触ってきているから、と。
ところが、中国人は、「目の前にあるものしか、信じられない」
実際のところ、それは民族性というより、共産党一党支配のもと、さまざまな不正行為がまかり通ってきた歴史を経ての人々の生活の知恵、みたいなものだとは思うのですが、
「騙されるほうが悪い」という相手との交渉は、「性善説」的な商取引を理想とする日本人にとっては、かなりストレスがかかるのです。
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中国のある地方の会社を訪問したときの事です。
我々の一行6名がソファーに座り、その会社の幹部と商談をしていると、女性が飲み物を運んで来てくれました。
彼女が、お盆に乗せた飲み物のコップの一つを渡そうと腰をかがめた時、お盆の上に載っていた他のコップが滑り落ちてしまいました。
それらのコップは、正面に座っていた我々訪問団の団長の太腿の上に落ち、ズボンがびしょ濡れになりました。
そのとき、彼女は何と言ったと思いますか?
当然、「すみません」とは言いませんでした。
「すみません」の代わりに
「私が悪いのではありません。
足元の絨毯が少しずれて高くなっていました。
それに足がかかりつまづいて、コップがずれでこぼれたのです。
床を掃除する係が悪いのです」
と、スラスラと言い訳をしたのです。
中国では、彼女の対応が正しいのです。
日本人であれば開口一番「すみません」と言ったことでしょうが、
中国人の「すみません」は「責任を取ります」と同義語ですから簡単には口に出せないのです。
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この新書を読んでいると、中国人のビジネスの世界での
「とにかく自分の側が良ければいい」という考え方に、うんざりしてくる
のです。
本を読んでいるだけの僕でさえそうなのですから、現場でやっている日本人ビジネスマンは、たまらないだろうなあ、と。
ただ、彼らが悪人というわけではなくて、いまの中国の制度上、結果を出さないと、すぐに引きずりおろされてしまうので、なりふり構ってはいられない、という面もあるのです。
みんながエゴイスティックに自分の利益を追求しているなかで、それに逆らうのは難しい。
単に「できない人」と見なされてしまうだけだから。
著者は、「中国人ビジネスマンとの交渉術二十箇条」をこの本の第六章で紹介しています。
そのなかには、こんなものもあるのです。
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第十四条 サインするときには文章を確認すること
中国側が最も得意とする、文章の改竄や挿入、付け足しが起こっているかもしれませんので、必ずサインをする前に確認してください。読み合わせの確認を怠って、泣き寝入りした企業は数えきれません。
一旦サインしてしまえば、訂正はききませんので念には念を入れて文章を確かめてください。
2~3か所の改竄や挿入、付け足しは普通にあるものです。
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「普通にあるものです」って……
なんだかもう、これを読んでいるだけで、うんざりしてきます。
そもそも、日本企業にとっては、反日デモや共産党との関係など、中国で仕事をすることのリスクが大きく、中国の経済成長に伴って賃金などのコストも上がってきているので、生産拠点を置くことのメリットは少なくなってきています。
日本企業にとっては、
「これから中国で新しく何かをはじめる」時代ではなくなってきている
のです。
とはいえ、いくら政治的にはギクシャクしているとはいえ、経済的には切っても切れない関係ではあるんですよね。
日本の、とくに九州の観光業にとっては、中国からの観光客というのは、大きな割合を占めてもいます。
正直、この新書を読んでいると、
「生半可な気持ちで、中国で日本企業がやっていくのは難しいよなあ、というか、
そこまでして、中国に行く必要は無いのでは……」
と思えてくるのです。
これから中国で働くかもしれない人は、一度目を通しておいたほうが良い新書じゃないかな。
「実際はこんなにひどくない」のなら、それに越したことはないのだから。
』
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