2015年9月29日火曜日

日本を「お詫びと反省の国」から新常態すなわち「普通の国」へ導いたのは中国なのだが

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 日本を「お詫びと反省の国」から新常態すなわち「普通の国」へ導いたのは中国である。
 このことからすると日本は中国にもっと感謝しないといけない。
 アメリカは日本を「お詫びと反省の国」に留めることを国是にして、日本の安全保障をコントロールしてきた。
 これを大きく変えてくれたのは中国である。
 中国が作用し、その反作用で日本は新常態に移行
できた。
 「中国さまさま」である。


JB Press 2015.9.29(火) 柯 隆
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44846

日中首脳の対立は似た者同士だから?
根っからの反日ではない習近平、日中関係の新常態は築けるか

 筆者は初めて日本に留学したとき(1988年)から数えれば、日本在住は27年になる。
 生まれ育ったのは南京だが、日本での生活の中で南京出身だからといって不愉快な経験をしたことはない。

 一方、数年前にあれだけ反日を露わにした中国人の若者たちは、今、大挙して日本に観光にやって来ている。そ
 して日本製品のボイコットを呼びかけた中国人たちが日本で日本製品を爆買いしている。
 彼らの言動から反日など見られない。

 近年、日中関係が悪化した背景には複雑な要因があるが、そもそも日中両民族の相性は悪くない。
 歴史的に見ても日本人と中国人は補完性が強いから共存してきた事実がある。

 近代になってから中国のエリートたちは欧米よりも日本に留学していた。
 例えば蒋介石や魯迅、郭沫若などに加えて、周恩来も一時期日本に来たことがあるといわれている。
 特に孫文は清王朝を倒すために日本で幅広く募金をした。

 むろん、近代の日中関係史は不幸の連続だった。
 それは両国の補完性を凌駕した野心的な政治家の暴挙による結果だった。

 日本が中国を侵略した狙いは別として、軍部の暴走により民間人を含む多くの中国人が殺されてしまった。
 このことについては、安倍総理が戦後70年談話の中でも認めている。

 残念ながら、日本と中国は戦争の負の遺産を十分に清算できていない。
 中国政府は特に日本に対して戦争賠償を求めているわけではないが、日本の政治家の歴史観を繰り返して正そうとしている。
 しかし日本人にしてみると、何回も謝ったのに中国政府がなぜそれを許さないのか理解できない。

■習主席と安倍総理の使命感

 日中関係悪化の原因についてはすでに多くの分析や考察がなされているが、ここでは異なる視点からその背景を探ることにしたい。

 筆者は、
★.日中関係悪化の遠因の1つは、
 両国の指導者が自国の国益について強い使命感をもっている
ことにある
と考えている。

 習近平国家主席は「太子党」に分類されているが、日本流でいえば「世襲の政治家」である。
 習主席と同じように安倍総理も世襲議員であり、まさに日本の太子党の1人と言えよう。
 往々にして太子党・世襲議員は自分の民族や国益について特別な使命感を持っている。
 すなわち、習主席も安倍総理も、親の世代から引き継いだ天下を失ってはならないという強い危機感を持っているのである。

 それゆえ、習主席は国民に対して中華民族の復興を唱えた。
 これこそが習主席がみる「中国の夢」である。

 これまでの30余年、中国は経済こそ奇跡的な発展を成し遂げたが、国際社会における影響力は十分に強化されていない。
 習主席の夢は、中国という大国を「強国」に育てるということ
のようだ。

 かつて中国の歴史教科書に必ず書かれていた言葉がある。
 それは、中国が西洋列強に「東亜病夫」と罵られていたということだった。
 東アジアの病人と言われて軽蔑されていたというのだ。
 本当に西洋人が中国をそう呼んでいたのかは分からないが、国民の愛国心を喚起するのには十分な記述である。

 同様に安倍総理も、強い日本を取り戻すことを口癖のように国民に呼びかけている。
 これまでの20年間、日本は「失われた20年」を喫した。
 安倍総理は日本の国力を取り戻そうとしているのだろう。
 経済力を強化し、外交戦略も強くする。
 これこそが安部総理の夢ではないだろうか。

 習主席と安倍総理は、いずれも戦争を引き起こそうなどと考えていないはずだ。
 だが、民族復興と国益の強化が全面的に打ち出されているため、両国においてナショナリズムが日増しに台頭している。

 日本の保守派の政治家の多くは、現在の憲法について不自由を感じている。
 しかし憲法改正は手続き上難しいため、解釈を変更することで突破口を作ろうとしている。
 だ問題は、安倍総理自身が法解釈変更の目的達成へと急ぐあまり、国民の多くは心の準備がまだできていないことである。
 そのため日本の世論は二分化してしまっている。

 一方、中国では、胡錦濤政権の10年間(2003~2012年)が中国にとっての失われた10年だった。
 ほとんどの改革が先送りされた結果、問題は山積するようになった。
 そうした状況で、習主席は胡錦濤前国家主席から政権を引き継いだ。
 しかし共産党幹部の腐敗、格差の拡大、環境汚染の深刻化など、いずれの問題も簡単に解決できないものばかりである。
 なによりも、共産党の求心力がかつてないほど低下しており、国民の支持を失っていることは習近平政権にとって危機的な状況と言えよう。

■2人の類似した経歴と世界観

 改めて習主席と安倍総理を比較してみよう。

 習主席は1953年生まれの62歳であるのに対して、安倍総理は1954年生まれの61歳であり、ほぼ同い年と言える。
 2人とも戦争のことは知らない。
 また、勉強に熱心に励むタイプというよりも、どちらかといえば実践派である。

 習主席の父である習仲勲氏は副首相まで務めたことがある。
 習仲勲氏は性格が温厚で、政界での人脈が広くて深かった。
 このことは息子の習近平が党総書記になったことと深く関係している。
 同じように、安倍総理も政治家ファミリーの出である。

 このように日中両首脳は非常に類似した経歴と世界観を持っている。
 逆に、そのおかげで補完性が弱く、対立しがちである。


●安倍総理と習主席の類似性(筆者作成)

 2人の相違点といえば、習主席は文革のとき、父の習仲勲が打倒されたことを受けて陝西省の辺鄙な農山村に下放された。
 このことは習主席にとって忍耐強さを鍛える重要な経験となった。
 それに対して、安倍総理は一貫して恵まれた環境で育てられた。強いて安倍政権の不安要因を挙げれば、最近、安倍総理の健康問題についての報道が見られることだろう。

 習近平国家主席の種々の言動から推察するに、実は根っから反日的な人物ではない。
 国家副主席の時代に一度日本を訪問し、天皇陛下に表敬訪問もしている。
 ただし、安倍総理との相性はそれほどよくないため、日中関係の改善にてこずっている。

■中国経済の再生に欠かせない日本企業の協力

 それでも、習近平国家主席は政権を安定させるために経済成長を押し上げていく必要がある。
 それには日本企業の協力、貢献が欠かせない。

 中国経済は、安い労働力を大量に投入し、安い中国製品を大量に輸出して経済成長を実現する時代が終わった。
 今、求められているのは産業構造を高度化し、イノベーションの実現に取り組むことである。
 中国企業のイノベーションに協力できる企業といえば、日本企業しかない。
 そこで習主席は日本の財界とのパイプを構築しようとしている。
 2015年5月、自民党の二階総務会長が3000人の日本人観光客を率いて訪中したときに、習近平国家主席との会見を実現した。
 これは従来の中国では、まずあり得ないことである。

 日中の古い政治家は「日中友好」を掲げてさまざまな演出をしてきたが、これからの政治家は是是非非で付き合うことになる。
 このような「新常態」は決して悪いことではない。
 表面的な日中友好の仮面を脱ぎ捨てて、本音で付き合うべきである。
 もちろんその際は戦略的な視野が求められる。
 政治指導者は子どもではないのだから、個人的な好き嫌いで物事の判断をすべきではない。