2015年9月1日火曜日

崩れゆく中国経済(1):「中国共産党は万能薬などでは決してなく、百戦錬磨の彼らにもできないことがある」

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ダイヤモンドオンライン 2015年9月1日
加藤嘉一 [ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院 客員研究員]
http://diamond.jp/articles/-/77639

中国の株価暴落ショックで見えた
李克強首相の苦悶と葛藤

■政治の論理が経済の倫理を凌駕
自らの思想を執行できない李克強

中国共産党にとっての絶対的・究極的・最終的命題を担保する上で不可欠な経済社会の安定的成長を保証するために、李克強首相がもがき、苦しみ、奔走している

 「経済基礎決定上層建築」

 昨今における中国の経済情勢を眺めながら、私はかつて北京大学で受講したマルクス主義の授業で教わったこの言葉を思い出している。
 担当教官が、この理論が中国の政治、経済、社会情勢に解釈を加える上でいかに重要な哲学であるかを力説していたのを覚えている。

 “経済基礎”とは「生産関係の総和」を、
“上層建築”とは「社会イデオロギーや政治法律制度、組織、実施の総和」
をそれぞれ指し、
 前者が後者の形態を左右、あるいは決定するという関係性を示している。

 昨今の中国情勢に照らし合わせて意訳してみると、
 「経済が成長してこそ政治社会は安定する」
となる。
 そして、習近平総書記率いる中国共産党指導部は
 「その安定を担保する共産党が顕在するからこそ、中国は発展していく」
と言いたいのだろう。

 現体制の国家指導者における分業状況を見てみると、
 経済基礎を直接担当するのが李克強首相であり、
 上層建築を直接担当するのが習近平総書記
であることは明白であるが、後者に属する政治社会の安定という中国共産党にとっての絶対的・究極的・最終的命題を担保する上で不可欠な経済社会の安定的成長を保証するために、李克強首相がもがき、苦しみ、奔走している。

 そして、李克強首相が現状をどのように克服していくかという問題は、本連載が度々テーマとしてきた中国共産党の正統性に直結し、状況次第では、それを揺るがしかねない可能性も否定できない。私は現状をそのように捉えている。

 「李克強は自らの思想を執行できない現状に悩んでいる」

 7月末、国家指導者を親族に持つ共産党関係者が北京の片隅で私にこう語った。
 この人物によれば、“自らの思想”とは、漠然とした経済成長よりも
 持続可能で、健全な経済社会環境を実現するための構造改革を重視し、それを担保していくための市場化や法に依る支配などの制度を構築していくこと、
だと言う。
 「李克強は威勢のいいスローガンに依拠した政治を嫌っている。
 それよりも、淡々と政策を進め、制度改革に取り組むべきだと固く信じてきた」(同関係者)。

 そんな思想を“執行できない現状”とは、習近平総書記が担当する“上層建築”、そしてそれを実現するために習総書記が高度に重視する共産党の威信と政権基盤の安定を確保するために、(構造)改革よりも(経済)成長を優先しなければならない状況、換言すれば、“経済基礎”を構築していく過程において、政治の論理が経済の論理を凌駕し、後者が前者に屈服する局面を指している。
 そんな状況・局面に、李克強首相は“悩んでいる”と言っているのである。

 昨今における中国経済社会の行方を追っていく上で1つのケーススタディになり得るのが、ここ2ヵ月ほど不安定感を拭えないでいる株式市場を巡る動向であろう。

 昨年11月に中国人民銀行が実施した利下げ以降、徐々に上昇していった上海総合株価指数だが、6月12日の5166ポイントをピークに下落の軌道を辿った。
 7月初旬には3500ポイントあたりまで、すなわち約3週間で約3割下落した。
 政府によるなりふり構わない下支え策が功を奏したのか否かに関しては歴史的な検証が必要であろうが、その後、株価は少しだけ持ち直し、7月14日の時点では3900ポイント前後まで“回復”した。

 ところが、そんな回復は一時的なもので、政府による下支え策は空を切る。
 直近の株価を振り返ってみると、8月24日(月)、上海総合株価指数はマイナス8.49%となり3209ポイントまで下落、その後、一時的に3000ポイントをも下回った。
 8月28日(金)、世界的な株安に見舞われた同週の上海株式市場は、3232ポイント(前日比プラス4.82%)で幕を閉じた。
 8月31日(月)は3206ポイント(前営業日マイナス0.82%)となっている。

■中国共産党にもできないことがある
“上海ショック”から見えた教訓

 私が今回の“上海ショック”を巡る一連の動きのなかで、最も切実に得た教訓はまさに
 「中国共産党は万能薬などでは決してなく、
 百戦錬磨の彼らにもできないことがある」
という、一見すれば当たり前の常理であった。

 振り返って見れば、7月上旬以来、中国政府は信用取引(の手続き)を緩和したり、金融・証券会社に流動性を提供したり、国有企業を中心に約半分の銘柄を取引停止にしたりと、ありとあらゆる方法を使って株価の下落を止めようと奔走してきた。
 少なくとも、以下7つの政府機関が株価下支えに関与している。

・ 中央人民銀行
・ 中国証券管理監督委員会
・ 中国銀行管理監督委員会
・ 中国保険管理監督委員会
・ 国有資産管理監督委員会
・ 財政部
・ 公安部

 国有資産管理監督委員会が自らの管轄下にある中央企業に対して株式売却を禁止したり、財政部が、自らが所有する上場企業の株式を売却しない旨を“承諾”したりすることは予想の範囲内であったが、
★.公安部が出てきた
ことには正直驚いた。
 私が知る限り、1990年に上海証券取引所が再設立されて以来、
★.公安部が株式市場に介入したのは初めてのこと
であったからだ。

 中国社会において、公安は単なる警察ではない。
 国家と政治の安定、共産党の権威と威信を死守するためには手段を選ばず、「我々がやらないことは何もない」(公安部関係者)というのが公安という組織であり、権力である。
 そんな
★.公安が株式市場に介入した事実は、
 中国共産党指導部が、今回の株価乱高下という経済情勢が、政治の安定を脅かす“政敵”になり得ると判断した
ために他ならない。

 公安部は北京、上海、広東省をはじめ、全国各地で“悪質な空売り”をしているヘッジファンドなどを締め上げるべく、総力を挙げて捜査・摘発に乗り出している。
 私が共産党関係者らと話をしている限りにおいて、
 公安部は米国の“政治勢力”が
 中国の株式市場を混乱させることを通じて中国共産党に圧力をかけ、
 その求心力を脅かそうとしているという“仮説”に基づいた行動と作戦を展開している。

 話が若干それたが、実際問題として、中国政府がなりふり構わず強行した下支え策にもかかわらず、株式市場は依然として安定せず、乱高下の渦から脱出できていない。
 前述のように、本格的な下支え策を実施する前の7月初旬で3500ポイント前後、そして下支え策を出し続けた後、あるいはその最中における8月下旬には3000ポイントまで下落したのである。

 「本当に実施する意味があったのかと疑問視されたリーマンショック後の財政刺激策4兆元の2倍以上の額に及ぶ株価救済策が実質的に無駄に終わったことに対するショックのほうが、株価暴落というショックよりも数倍大きい」
 中国政府の経済政策ブレーンを長年務めてきた北京大学某教授は、私にこう語る。

■“ここぞ”とばかりに救済策を主張した李克強の意外

 複数の共産党関係者によると、7月3日(金)、李克強首相は、欧州訪問から帰国してからの2日間、週末にもかかわらず、中国人民銀行や財政部の幹部たちと乱高下する株式市場にどう対処するかを話し合うべく、会議を収集した。

  「フランス滞在中も、李首相は国内経済状況のことばかり考えており、国内の各部門に指示を出していました。
 一刻も早く帰国すべく、スケジュールを前倒しにしようと必死でした」(同関係者)

 週末会議において、参加者の多くは、安易な救済策は回避するべきだと主張したという。
 「そもそも李首相は経済の規律や市場の原理に背くような政策に後ろ向きな指導者ですから、
 そんな李首相の気を察するように、参加者たちはそのように主張したのでしょう」(会議参加者の同僚)。

 しかしながら、である。

 李克強は“ここぞ”とばかりに救済策の実施を主張した。
 自分が帰ってきたからにはあらゆる対策を投じて株式市場を安定させ、市場や民意を落ち着かせなければならないという口調だった。
 2013年11月の三中全会で掲げた「資源配置のなかで市場が決定的な役割を果たす」という、おそらく李克強の“思想”に基づいた原理はどこへ行ってしまったのだろうか。

 中銀や国務院傘下にある政府機関の同僚たちと意見交換をする前に、李首相が権力の中枢である中南海の片隅で習近平総書記と意思疎通を図ったのか否か、仮に図ったとしたら、どれだけの、どのような過程・内容だったのかを確認する術を、私は持たない。

 一方で、図ったのか否かはここではそれほど重要ではないように思われる。
 結果的に、李首相は習総書記が至上命令として掲げる“上層建築”、
 そこを取り巻く政治・イデオロギー・民意の安定、および中国社会における“最後の砦”
だと当事者たちが自覚する共産党の威信と権力の絶対性を、最優先する措置を取ったのだから。
 李克強発言を巡って肝心なのは、究極的にはこのファクトだけだ。

 自らの思想を執行できていないだけでなく、それに背いた政策決定が功を奏していない現状を、一時は胡錦濤前国家主席の後継者としてこの国を宰っていくことを期待され、囁かれたこともある李克強は、どのような心境で“傍観”しているのだろうか。

■株式市場の調整に対する「市場化への順応」は本当か?

 2015年7月の輸出がマイナス8.3%という、事前の予想を大きく下回った統計が世に問われてまもない8月11日、中国人民銀行は人民元の売買基準となる対ドルレート基準値を変更すると発表し、人民元が2%切り下がった。
 それから3日間で計4.5%下がり、約4年ぶりに元安ドル高水準となった(14日の基準値は、前日と比べて0.05%の元高ドル安水準となった)。

 中国政府は今回の調整に関して
 「金融改革の一環」
 「市場化への一層の順応」
といった説明をしていたし、政府の代弁者的な役割を担う専門家たちは
 「人民元が国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)に採用されるための布石」
といった角度から解釈を加えた。
 一方で、中国経済の成長率が低迷する中、元安に誘導して輸出を促したいという当局の下心も透けて見えた。

 また、上海総合株価指数が8.49%下がった翌日の8月25日(火)、中国人民銀行は政策金利である銀行の貸し出しと預金準備率を同時に0.25%下げることを発表した。
 “同時引き下げ”は2008年のリーマンショック以来の措置であり、当局がそれだけ景気低迷を懸念している現状の裏返し、と見ることができる。

 公平を期して言えば、対ドルレートの基準値変更には金融政策の市場化・国際化という側面はなきにしもあらずであろうし、“同時引き下げ”に連動する形でこれから金利の自由化も実施される見込みではある。
 よって、上記で紹介した最近の2つの景気対応策を、ただ一概に「漠然と成長を追い求める、改革を無視した暴挙」とみなすことはできないだろう。

 私から見て、プラグマティック(実利的)な中国共産党の政策決定は、常に一石二鳥、あるいはそれ以上の成果・効果を狙って行われているし、本稿の文脈からすれば、常に「成長」と「改革」という両輪を意識し、双方を担保、あるいは推進するような折衷案としての政策を実施すべく、政策決定者たちは考え、行動しようと心がけているはずである。

■習近平と李克強の「合理的な役割分担」は可能か?

 8月28日(金)、李克強首相は国務院会議を主催し、国際経済金融情勢の新たな変化が中国経済に与える影響と、その対策に関する談話を発表した。

 「最近の国際市場の混乱は世界経済の回復に新たな不確定要素を与えている。
 我が国の金融市場や輸出入などに与える影響も深くなっており、経済運営に新たな圧力が加わっている」

 「人民元が持続的に安くなるファンダメンタルズは存在しない。
 合理的でバランスのとれた水準で基本的な安定を保持することが可能だ。
 中国が最近行った人民元為替レート基準値の変更は
 国際金融市場の変化に順応するものであり、調整と改革を推し進めるものだ」

 「制度改革を加速し、公開透明で、長期的に安定し、健康に発展する資本市場を育まなければならない。
 金融の安定は経済の大局に関わる。
 金融市場の安定的な運営を守り、実体経済のキャパシティに資するような金融改革を継続的に推し進めなければならない。
 リスクマネジメントを強化し、地域的、システム的なリスク発生のボトムラインを死守しなければならない」

 李克強をはじめ、政治エリートとして育成された共産主義青年団出身の国家指導者たちは往々にしてスピーチが上手で、理論武装に長けているように映る。
 国内外における経済や法律の理論に精通した李克強の知識と経験は、昨今の中国経済を“救済”するために適切に活用されるべきであろうことに関して、疑う余地はさほどない。

 問題は、習近平総書記との合理的な役割分担の下、その思想を存分に執行できるか否か、換言すれば、昨今の中国共産党システムにおいて、その思想が適切に活かされるような自浄作用が働くかどうかにかかっているように、私には思えるのである。



現代ビジネス 2015/9/1 06:02 週刊現代編集次長 近藤大介
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150901-00044967-biz_gendai-nb

【現地ルポ】もはや打つ手なし~中国経済
 絶望の現場から

■未完の超高級マンション

 2日間で株価(上海総合指数)が10%以上も大暴落した直後の7月31日午後6時、クアラルンプールで開かれていたIOC総会で、2022年冬のオリンピックの開催地が決まった。

 私はその時間、「北京の銀座通り」こと、王府井(ワンフージン)のホコ天を歩いていた。
 6時前になると、広告用の巨大な電光掲示板が中国中央テレビのニュース画面に切り替わり、クアラルンプールの会場から生中継となった。道行く若者たちが立ち止まり、固唾を飲んでスクリーンを見守っている。

 「Beijing!」

 バッハ会長がそう告げた瞬間、クアラルンプールの中国代表団が、歓喜を爆発させた。
 中央テレビのアナウンサーも「われわれはついに勝ち取りました!」と、興奮気味に伝えている。
 だが王府井のホコ天は、いたって静かなものだった。
 人々はポケットからスマホを取り出し、パチパチとスクリーンを撮って、その場から「微信(ウェイシン)」(WeChat)で友人たちに送るだけ。
 それは彼らが普段、レストランで好物の「麻辣火鍋」を食べた時に写真を撮って送るのと、何ら変わらない行為だった。
 撮影が終わると、三々五々散った。

 「自分の故郷に再度、オリンピックを誘致する」
という習近平主席肝煎りの「国家事業」を成功させたにしては、何とも寂しい光景だった。
 隣に立っていた若い女性に聞いたら、こう答えた。
 「別に招致を成功させたからって、経済がよくなるわけでもないでしょう。
 嬉しいのはオリンピック期間中、大気汚染がなくなることと、臨時の祝日ができることくらい」

 彼女は、「いまからユニクロのタイムセールがあるから」と言って、走り去ってしまった。
 続いて30代の男性に聞くと、ややくぐもった声で回答した。
 「冬に雪も降らない北京で、どうやって冬季オリンピックをやるの? 
 それに招致費用や開催にかかる費用は、われわれの税金で賄うわけでしょう。
 政府にそんな余裕があるなら、減税するか株価を上げる対策にでも使ってもらいたい」

 思えば株価が暴落を始めたのは、習近平主席の62回目の誕生日(6月15日)だった。
 そのため人は習近平暴落と呼ぶ。
 上海総合指数はこの日から約3週間で34%も下落。
 7月27日、28日にも2日間で10%以上も下落し、直近では8月18日に6・1%も暴落した。

 2億人の「股民(グーミン)」(個人株主)も、大損こいて「愚民」と化した。
 いまや自分の財産をいくら失ったかを、互いに自嘲気味に告白し合うのが挨拶代わりになっている。
 今回、北京で一番驚いたのが、かつて「爆買い」で人が溢れかえっていたデパートの凋落だった。
 どこに行っても閑古鳥が鳴いているのだ。
 『新世界』という庶民的な大型デパートが、朝陽区建国路の目抜き通り沿いにある。
 一週間で一番の書き入れ時のはずの日曜日夕刻に行ったにもかかわらず、見渡す限り私しか客がいないではないか。
 2階、3階……と上がってみたが、やはり客は皆無だった。
 店員たちは「歓迎光臨! (いらっしゃいませ)」と声をかける気力も、とうに失っているようだった。
 店員同士でおしゃべりしていたり、中には店の電源に自分のスマホをつなげて、ゲームに興じている女性店員もいた。

 7階のレストラン街に行って、ようやく客を見つけた。
 だが10軒ほどある中でも、大入り満員なのは、日本のしゃぶしゃぶ屋だけだった。
 習近平政権は「抗日戦争勝利70周年」ばかり唱えているが、折からの日本旅行ブームに伴って、いま北京では和食ブームが起こっているのだ。

 まさにゴーストタウンならぬゴーストデパートである。
 ちなみにこのデパートの斜向かいで工事中の超高級マンション『長安8号』は、北京初の1m210万元(約190万円)超え物件として話題を呼んだ。
 だが、すでに着工から6年以上が経つというのに、不動産バブル崩壊の影響を受けて、いまだに未完成だ。

■職にあぶれた若者たち

 ゴーストデパートは、『新世界』だけではなかった。
 同じく別の日の夕刻に訪れた朝陽区のCBD(中央商業地区)に建つ高級デパート『財富ショッピングセンター』も、だだっ広い1階と2階の高級ブランドショップは、シーン。
 3階のレストラン街まで上がって行って、ようやく人間と遭遇した。
 だがまたもや、千客万来なのは日本料理店だけだ。

 一緒に歩いていた中国人経済学者に正直な感想を告げたらこう答えた。
 「もはやこうした光景には慣れっこになってしまったから、驚かないよ」
 私が
 「中国の上半期のGDP成長率は7%に達し、消費も10・6%も伸びている」
と反駁すると、自嘲気味に漏らした。
 「李克強首相だって、『中国の経済統計なんか信用できない』と嘯(うそぶ)いているではないか。本当のGDP成長率なんか、おそらく4%くらいだろう」
 確かにGDPの粉飾疑惑については、中国を代表する経済誌『財経』(8月3日号)も指摘している。

 経済学者は、統計粉飾の例まで教えてくれた。
 「先日、ある地方に視察に行ったら、街にブラブラした若者が溢れているのに、就業率が異常に高かった。
 そこで地元の大学に聞いたら、なんと共産党の命令で、企業の内定証明を取ってこない学生は、卒業させなかったのだそうだ」
 GDPが上がらないと、就業率も上がらないのである。
 この夏に790万人もの大学生が卒業したが、就職は大変だ。
 ある卒業生は就職先がなくて、時給18・9元(約370円)でセブンイレブンでバイトしていた。

 中国のGDPは、輸出、投資、消費の「三輪馬車」から成っている。
 だが、政府は投資を減らし、国民は消費を減らし、企業は輸出を減らす。
 その輸出を少しでも増やそうと、8月11日から13日にかけて、中国人民銀行(中央銀行)は人民元を米ドルレートで約4・5%も切り下げた。
 ただアメリカも利上げを控えており、中国で楽観論はまったく聞こえてこない。

 「週刊現代」2015年9月5日号より



ロイター 2015年 08月 31日 19:18 JST 竹中正治龍谷大学経済学部教授
http://jp.reuters.com/article/2015/08/31/column-masaharutakenaka-idJPKCN0R00K720150831?sp=true

コラム:中国ショックは「世界不況」招くか

[東京 31日] -
 8月21日に発表された中国製造業購買担当者景気指数(PMI)速報値が47.1と6年5カ月ぶりの低さに落ち込んだことを契機に、
 「やはり中国経済の失速は政府公表の国内総生産(GDP)値よりずっと深刻だ」
という認識が広がった。

 12日に起こった天津港の爆発事故で、中国のガバナンスや管理運営能力全般への懐疑と不信感が広がっていた矢先だった。
 その結果、リスク回避に走る投資家の売りで中国株をはじめ世界的な株価急落と乱高下が起こったが、その相場面での波乱はとりあえず短期的には収束しつつあるようだ。

 しかし以下の4つの事情で、中国経済の成長率は深刻な下方屈折を起こしている。
 構造的な変化に適応しなくてはならない中国の苦しい過程は始まったばかりだ。
 他の国々も程度の違いこそあれ中国経済の失速から受ける実体経済面の負のインパクトに備える必要がある。
 また、新興国投資全般は当分の間、高リスク・低リターンの「冬の時代」に入るだろう。順番に説明しよう。

■<中国の構造的4重苦>

整理すると、中国経済の成長率下方屈折の要因は以下の4つだ。

第1は、固定資本形成(住宅、工場設備、インフラ建設などの設備投資)依存度の高過ぎる経済成長がついに限界にぶつかったことだ。
 一時期、実質GDP成長率で10%を超えていた中国の高度成長は、GDPに占める固定資本形成の比率が50%前後にも及び、成長率の寄与度でも固定資本形成が約70%を占めていた。
 これは固定資本形成が前年と同じ規模を維持しても、その増加率が前年比フラットになっただけで成長率は3%(=10%-10%×0.7)に低下することを意味する。

 こうした中国の成長パターンが早晩限界にぶつかることは、私が知る限り2000年代前半から経済協力開発機構(OECD)などのエコノミストのレポートで強調されていた。
 ところが、中国全土に空室率の著しく低いゴーストタウン同然の集合住宅群や商業ビル群が建設され、鉄鋼業や自動車業界に代表される莫大な過剰設備が累積するまでスローダウンしなかった。
★.稼働率が著しく低い過剰な固定資本は、
 ファイナンスの面から見れば銀行や投資家の不良債権であり、
 莫大な不良債権が本格的に顕現化する
のはこれからだろう。

 もちろん中国政府は民間個人消費主導型の経済成長への転換を唱えている。
 しかし、年金から医療まで社会保障制度が脆弱な状況で国民の貯蓄率は高止まりしており、同様の転換の必要が強調された1970年代や80年代の日本以上に構造転換は困難を極めるだろう。

第2は、人口動態が経済成長の促進要因からブレーキ要因になる転換点に中国が入ったことだ。

 一般に15―64歳の生産年齢人口に対する14歳以下と65歳以上の従属人口の割合を「従属人口比率」と呼ぶ。
 実質経済成長率は、労働者数の増加率と労働生産性(1人当たり労働者の生産する付加価値)の伸び率の和である。
 したがって他の条件が同じならば、従属人口比率の低下は経済成長を押し上げる(人口ボーナス)。
 逆に同比率の上昇は経済成長を押し下げる(人口オーナス)。

 日本はこの人口ボーナス(成長加速)からオーナス(成長抑制)への転換点を1990年に超えた。
 米国は2007―08年、
 韓国は2010年頃、
 中国は2015年前後
が転換点になっている。
 そして転換点通過後の中国の従属人口比率の上昇速度は、これまでの「一人っ子政策」の結果、日本よりも急である。
 一方、今でも人口が年率1%弱で増加している米国では、その変化は日本よりもずっと緩やかだ。

第3は、「ルイス転換点」に中国が至った可能性だ。
 途上国がテイクオフする急速な工業化の過程では、低付加価値産業である伝統的な農業部門から、都市部の高付加価値産業の工業部門などに大規模な余剰労働力の移動が起こり、高度成長が実現されやすい。
 戦前の日本はすでに途上国ではなかったが、戦後の急速な工業化の過程で同じ仕組みが働き、戦後復興期に続いて約20年に及ぶ高度成長期を実現した。

 そして
★.農業部門の余剰労働力の底を突いた時が高成長の終焉時であり、
 ルイス転換点と呼ばれる。
 中国の農村部には依然、余剰労働力があり、ルイス転換点に至っていないという見方もあるが、現代的な産業では労働力の量のみならず質も問題となる。
 近年の中国都市部での賃金の高騰は現代的な産業部門で実際に使える労働力がひっ迫する段階に達したことを示唆している。

最後の第4の問題は、指令経済的な体質を色濃く残し「開発独裁体制」と位置づけられる中国共産党一党独裁の政治体制と改革開放政策で導入された市場経済メカニズムの間の軋轢、矛盾が拡大していることだろう。

 「開発独裁(Developmental autocrat)」という用語は、もともとファシズムと経済政策を対象にした研究で使われたものだ(Anthony James Gregorによる1979年の著作「Italian Fascism and Developmental Dictatorship」に詳しい)。
 それは経済発展を優先するために、権力の強権的な行使や政治的な安定性を維持する目的で、国民の参政権などの制限を正当化する体制だ。
 このような政治体制でも、途上国経済がテイクオフし、急速なキャッチアップ過程をたどる一定の発展段階(あるいは戦時経済下)では有効性を持ち得ることを示したのが、おそらく過去30年間の中国かもしれない。

  しかし、消費財やサービスが高度に多様化し、新しい経済成長の源泉として先端的なイノベーションが求められる経済発展段階には、開発独裁体制はおそらく全く不適合なのだ。
 また、指令経済的体制と不安定性を内在する金融・資本市場の最も悪い側面が合体した結果が、今年の中国株式市場で短期間に起こったバブルとその崩壊だったとも言えよう。

 「社会の物質的生産諸力は、
 その発展がある段階に達すると、
 今までそれがその中で動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。
 これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏(しっこく)へと一変する。
 このとき社会革命の時期がはじまるのである」(「経済学批判」序言)。
 これはカール・マルクスの有名な一節であるが、そうした事態に今の中国が立ち至っているのは、歴史の痛烈な皮肉だろうか。
 経済成長の失速は、民主主義国家ならば選挙での政権交代をもたらす
だけだが、
★.中国の場合は中国共産党の一党独裁体制自体の不安定化につながる
だろう。

 以上の諸問題の成長制約効果は、1番目の問題が短期・中期、2番目から4番目の問題が長期・超長期であるが、その4つの制約が重なっている点に今の中国が直面している状況の深刻さがある。

■<中国ショック後の世界経済>

 では、今後の中国のすう勢的な実質GDP成長率はどれほどになるのか。
 筆者を含めた多くのエコノミストは
★.中国公表の直近2四半期の実質GDP成長率の数字(前年比7.0%)は信頼性が乏しい
と考えている。

 かつて李克強首相は自国のGDP統計を信頼しておらず、代わりに3つの統計データ(発電量、貨物輸送量、銀行貸出)を見ていると語ったという。
 この3つの統計データから推計すると、
★.過去2四半期の実質GDP成長率はすでに「5%台」まで下がっている
と日本経済研究センター(JCER)は報告している(JCER「2015年8月四半期経済予測」)。
 また、2015年1―7月の中国の輸入が前年同期比でマイナス14.6%となったことから、
★.マイナスあるいはゼロ%近傍の成長率を推測する意見もあるが、真相はやぶの中だ。

 中国のすう勢的なGDP1%ポイントの低下で、他国と世界全体のGDP成長率はどの程度下押しされるか。
 これについてはOECDの推計として、
★.中国の国内需要伸び率2%ポイントの低下が世界全体のGDP成長率を0.4%ポイント(2015年)、0.5%ポイント(2016年)押し下げる
という試算を英エコノミスト誌が報じている(The Impact of a China slowdown、2014年11月29日)。

 また、中国の今年1―7月の輸入減少、対前年比14.6%が1年間続いた場合、主要貿易相手国の対中輸出がどれだけ減少するかを、実額とGDP比率で示した推計を英ガーディアン紙は報じている(How China's economic slowdown could weigh on the rest of the world、2015年8月26日)。
 これによると、
★.輸出減少が実額で最も大きいのが日本で181億ドル(約2.2兆円、GDP比率0.4%)
★.第2がドイツで142億ドル(同0.4%)
である。
 また、GDP比率で見て最も減少が大きいのは、
★.ニュージーランド1.9%、
★.オーストラリア1.7%、
★.韓国1.0%
と続く。
 一方、
★.米国の場合は同0.1%に過ぎない。

 したがって、もし中国ショックによる需要減を財政政策などで補うのであれば、
★.日本は年間2.2兆円ほどの需要増加が生じる政策を実施すれば良い
ということになる。
 これは小さくはないが、対応可能な範囲だろう。

■<大型新興国投資の不振は長期化へ>

 最後に中国ショック後の世界のマネーの流れと金融市場はどのようになるか考えてみよう。
 下の掲載図は世界の途上国株価の合成指数であるMSCIエマージング指数に連動した上場投資信託(EFT)価格(ドル建て、以下MSCIエマージング)とOECDが公表している合成景気動向指数(Composite Leading Indicators)の推移である。



 合成景気動向指数は国別に公表されているが、ここではブラジル、中国、インド、ロシア、南アフリカのBRICS5カ国にインドネシアを加えた6カ国の指数の加重平均値を示した(加重ウェイトはドル換算GDP)。
 景気動向指数の性質として景気がすう勢的な水準より上がっている時は100を超え、下がっている時は100を下回るように作成されている。

 正確な分析結果は省略するが、MSCIエマージングの変化と加重平均された新興国6カ国の景気動向指数の相関度はかなり高い。
 まず注目すべき点は、合成景気動向指数がリーマンショック後に急反発し、2011年前半にはピークをつけてゆっくりと下げのトレンドに入っていることだ。
 これは中国のみならず大型新興国6カ国の景気がすう勢的な鈍化傾向にあったことを示している。

 その一方で、MSCIエマージングはやはり2011年前半にピークを付けた後、上下動をしながらも、すう勢的にはほぼ横ばいのトレンドだった。
 そして今年の6月以降下げ足を速め、7月31日の引け値から8月24日の最安値まで約15.6%もの急落となった。
 実体経済の鈍化傾向を遅れ遅れに反映してきたMSCIエマージングが、8月の中国ショックで最後に損切りなどを誘発しながら急落したように見える。

 もうひとつ今回気づいた点は、中国と他の大型途上国の実質GDP成長率の相関度は1990年代には低かったが、2000年代に入ってから目立って上昇していることだ。
 興味深いことに貿易面では中国との比率がそれほど高くないインドと中国の経済成長率の相関度も2000年以降に上昇している。
 なぜだろうか。

 ご承知の通りBRICSという呼称は2001年にゴールドマン・サックスが使い始め、大型新興国投資ブームに火をつけた。
 これら大型新興国の経済成長率の相関関係の上昇は、貿易などの実体経済面の相互依存というよりは、世界的なBRICS投資ブームという金融・投資面の変化によってもたらされた可能性がある。

 こうしたブーム時の動きが今や逆向きになっている。
 今回の中国ショックは投資家層が中国の経済成長率の将来期待(予想)を下方シフトさせた結果であると同時に、BRICSブームに代表される大型新興国投資の「冬の時代」の到来を示唆していると思われる。

 これら諸国の株価や対ドル為替相場も、アジア通貨危機時のような激発性の暴落は回避されるかもしれないが、軟調基調が続き、高リスク・低リターンを余儀なくされる期間が長期化しよう。
 新興国への株式投資をするのであれば、これからが買い場なのかもしれない。
 ただし、リターンを上げるまでに相当長い期間の辛抱が必要になりそうだ。

 一方で、米国で9月に利上げが行われるかどうか、今回の事態で微妙になったと言われるが、2008年の金融危機から7年を経て、
 今では米国経済に目立った金融的な不均衡や脆弱性は見られない。

 記述の通り中国の内需低迷、輸入減少の負の影響度も米国は最も軽微である。
 また、日本は追加的な経済対策がなければ対中輸出減少による負の影響をある程度免れない。
 米国経済全般の相対的な優位が持続することになろう。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。






【輝ける時のあと】


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